専門性について | kyupinの日記 気が向けば更新

専門性について

医学部は卒業すればどの科の医師にもなれるが、唯一、歯科だけはできない。これは歯学部を卒業した人がなれる。もちろん医者にならなくてもよい。医学部は卒業した時点で検査技師かなにかの資格がついているらしいが、それになった人を聞いたことがない。

僕の卒業当時の国家試験は、内科、外科、産婦人科、小児科、公衆衛生の5科目の必修と選択2科目の計7科目であった。選択2科目は年毎に決められており自分では選べない。もちろん内科、外科の2科目の点数的なウエートは大きい。選択科目が妙な科目になったりすると、受験生は頭を抱えた。例えば選択科目が整形外科とかになってしまうと、別に憶えなくてはならないことが多すぎるのである。逆に放射線科などになると、造影剤や放射線療法など特殊なものを除き、内科、外科に相当かぶっているので勉強が楽であった。現在ではいわゆるマイナーな科も普通に試験に出されているらしい。そういえば、僕の時もドサクサにまぎれて緑内障などが出題されていた。マイナーな科目を学生が全然勉強しないということがないよう、出題を工夫し始めていた時期と言えよう。基本的に60%取れれば合格なので、ましてマークシートだし落ちる方がどうかしている。でも各年の合格率が発表されており、自分の大学ではちょっと易しめの学士試験なみに落ちていたのでいくらか不安は感じていたものだ。6年生の12月頃までは。僕は6年の11月か12月頃から受験勉強を始めたのだが、これは遅すぎると言うほどであった。しかし実際に受験勉強を始めると、あんがい問題が解けるので、ちょっと安心した。僕たちはやはりマークシートの世代なのであった。自信が持てるようになったのは模擬試験など受けて、ある程度メドがつくようになってからだ。

ところで、医学部は6年だけど学生に6年生という考え方はあまりない。専門の4年生なのである。最初の2年は教養の2年あるいは進学過程の2年と言われる。僕は医師国家試験は医学部の入試に比べるとはるかに楽だと思う。センター試験で70%取れる学力があり、一通り勉強すれば合格できる。だからそんなことはありえないが、医師国家試験が司法試験のようにオープン化されたら大変なことになると思う。一般の人がたくさん合格してしまうだろう。国立大の卒業生でも落ちてしまうのは、やはり勉強していないからだろう。高校生が大学入試を受ける際、目標以外の雑念が入りにくいのに対し、国家試験の時はいろいろ悪い遊びを覚えてしまっているので集中しにくい面はある。

ちょっと横道にそれてしまった。専門性のことについて書こうと思っていたのだ。 一般の人には、医学部は入学時にもう専門の科が決まっているのではないかと思われているところがある。例えば精神科は(医学部のなかで)易しそうだから選んだんじゃないか?とか。卒業までは皆、同じことを一通り勉強させられているのだ。だから卒業時点では稀な病気のみ詳しいある意味使えないタイプの医者ができあがっている。北野武の「ほっておくと大変なことになりますよ」という番組があるが、これは、医師国家試験のC問題に似ている。これを嫁さんが観ているときに、僕が答えをあまりにも当てるので嫁さんがびっくりするのだが、僕はこれでも医師だって。

また話が逸れたが、卒業後にそれぞれの科に行って専門の勉強をする。だから、数年経てば専門外のことは本当にほとんど知らない状態になってしまう。そんな専門バカはやはり困るということで、近年、スーパーローテートの制度ができている。これは数ヶ月ごとに研修医として各科を廻っていくのである。ある期間ローテートを廻り、最終的に希望の科に入る。こんなことはやはり時代の要請なんだと思う。精神科医は精神科ばかりしていると、本当に他の科を知らないという事態に陥る。しかし思うのだが、卒業直後の何もわからない時期に、数ヶ月ずつ各科を廻ることがそれほどメリットになるのだろうか?という疑問はある。

僕は24歳でいきなり精神科に入り、それ以後ずっと精神科のみやってきた。他科で勉強した経験が全くない。総合病院にいた時はリエゾンやコンサルテーションで他科と連携して治療を行ったことがあるが、これもやっていることは精神科なのである。僕はずっと精神科を志望していたわけではないが、卒業の前に精神科を選択した。精神科を選ぶ必然性がなかったのにもかかわらず精神科を選んだのである。高校時代から北杜夫の書物をよく読んでいたのが大きかったが、精神科治療のイメージは全然なく、入局してどのように診療していくかもよくわかっていなかった。当時、精神疾患で苦しんでいる人を助けようとかそんな気概もなく、純粋に学問的な興味で引き寄せられた感じであった。

さて、医学生が卒業して精神科に入ってしまうと、なんとなくテンポが精神科になってしまうのでツブシがきかなくなる。だから、そういうことを心配する人は最初に2~3年内科に入局し、それから精神科に来ようとする。実は、その方法は良くないのである。精神科の診断、治療には独特の感覚があり、これは最初から精神科に来ないと身につかない。何が違うかと言われても、うまく説明できない。卒業後、最初に他の科で診療しているのが傷になってしまう感じなのである。だから僕の大学の医局では、特に助教授が最初から精神科に来なさいとアドバイスしていたらしい。(同期の友人がそう言っていた) 僕は最初から他科に行き勉強しようなどとは思わなかったのでそんな質問はしなかった。僕はこのようなセンスは診断の時に影響するような気がしている。心理学的要因と生物学的要因の評価というか、バランスをとり診断する面で少し違うのである。

現在、医療観察法の鑑定を行うことがあるが、このような鑑定は鑑定書の書き方も含め、きわめて精神科の専門性が出るものだと思う。精神鑑定はとても精神科医らしい仕事なのである。精神医学について素人の裁判官でもある程度理解できる鑑定書が書けるかどうかはセンスがかなり影響すると思っている。まあこれは精神科治療にはあまり関係ないのだけど。鑑定書などはそうなのだが、日常臨床の治療ではどういう経緯で精神科になったかはあまり関係ないのではないかとずっと思っていたが、最近はそうは思わなくなった。精神科診断、治療は平凡に見えて、実は精神科医としての全的な能力が要求されるようなのである。

(これは2000年頃にアップしたログを加筆したものです。)