経過中、突如、うつになるのは脳が生きている証拠 | kyupinの日記 気が向けば更新

経過中、突如、うつになるのは脳が生きている証拠

ある時期、非定型精神病の患者さんのコントロールがうまくいかず、ドロドロの状態が続いていた。

あれは今考えても不思議な病態で、高速で躁うつおよび意識障害を繰り返していた。朝はあたかも統合失調症のような妄想を語り、同じ日の夜にはうつ状態になり悲哀感から泣いたり、大量服薬や自殺企図もありえる状況だった。

双極性障害で、いわゆる急速交代型の亜型であり、よくもまあ入院させずに外来治療したと思う。(どう考えても入院レベル)入院させなかった理由は、本人の強い希望と、家族も本人の意思に沿ったことが大きい。それでも入院しか選択肢がないと思われたなら、強く勧めたであろう。

その女性患者はちょうどお昼くらいには中間、つまり比較的安定している時間が僅かにあり、その時は、今後の治療内容などや見通しなども話すことができた。しかし幻聴がかなり活発だったこともあり、昼に話したことも夕方には忘れていた。

この人、どうすんの?

と言ったところである。彼女は、リーマスは副作用のために処方できない他、不適切な薬物が比較的多かったが、それでも中毒疹まで生じる薬はわずかだった。気分安定化薬ではデパケンRは比較的治療的だった。セロクエルも有効だが、この2剤で十分なコントロールはできないのである。

ラミクタールは3度くらいデパケンR投与下での最高量、200㎎まで使ったが、良いのか悪いのか、病状が動きすぎてなかなか見極めがつかなかった。ラミクタールを3度も漸増で最高量まで増量する試みは、大変な時間と労力を要する仕事である。

最終的に、ラミクタールはむしろ使わない方が良いという結論に至った。結局中止してしまったのである。

ラミクタールは、なまじ中毒疹以外の副作用と言うか、精神症状に対し不調和な関与が不明瞭なので、合わないまま高用量が使われ続ける傾向がある。(極めて重要)

ラミクタールを3度最高量まで試みた結果、結局中止したとしても、それが治療の流れとして間違っていたとは思わない。それも治療の1つの結果なんだと思う。(そのような説明は時々患者さんにはしている)

抗うつ剤は微妙であり、サインバルタやレクサプロも何度か使ったが、結果的には芳しくなかった。

なぜ「結果的に」かと言えば、サインバルタやSSRIも比較的良い時期もあるからである。しかし、半年間くらいウソみたいに改善したとしても、急速交代という病態はとてもじゃないがコントロールできなかった。

唯一、リフレックスだけはそう悪くないように見えるが、悪影響を与えないだけで、有効かどうかは疑わしかった。

つまり、この人は、一般的な気分安定化薬と抗うつ剤およびセロクエルでなんとかしようとしてもコントロールは難しいのである。

本来、急速交代型には抗うつ剤は推奨されていない。しかし、いろいろな病態改善の試みの1つとして、抗うつ剤を試みるのはありだと思う。だいたい、そのようなことまで規制されていると、精神科医としてやることがなくなる。

モーズレイのガイドラインでは、急速交代型の双極性障害について、やや悲観的な内容が記載されている。

一般に非急速交代型双極性疾患より薬物治療に反応しないと考えられており、うつ病罹患率と自殺の危険が高い。英国立医療技術評価機構(NICE)ガイドラインでは,第一選択治療としてリチウムとバルプロ酸の併用を推奨しているが、以下の戦略もその大枠に沿っている。双極性障害や急速交代型における活性が証明されている抗精神病薬の追加は、次の段階とすべきである。実際には治療への反応は個人によって異なり、ある1 つか2 つの薬剤にのみよく反応することがある。自然とまたは治療により急速交代型の約3 分の1 が寛解に至る。薬物以外の治療法も検討しなければいけない。

また、最初の試みとして、抗うつ剤を中止せよと言っている。また、自然治癒もありうると言及していることに注意したい。

ステップ1
全ての患者で抗うつ剤を中止。

ステップ2
考えられる因子の評価。
(アルコールなどの薬物、甲状腺機能低下などの身体要因、外的ストレス)

ステップ3
気分安定化薬治療を最適化。
気分安定化薬の併用を考慮(例:リーマスとデパケンの併用)。
リチウムは比較的効果が弱いかもしれないが、明らかではない。

ステップ4
他の治療選択肢を考慮する。以下の薬物を挙げているが、いずれも支持するデータが弱い。唯一、セロクエルだけは支持するデータが最良で、(ステップ4では)最適かもしれないと指摘している。

望ましい治療選択肢(ステップ4)
エビリファイ
ラミクタール
ジプレキサ
セロクエル
リスパダール


可能性のあるもの(ステップ4、ただし支持するデータは限られている)
クロザリル
イーケプラ
トピナ
ニモジピン(カルシウム拮抗剤)
サイロキシン(チラージンS(T4)、これは定番、過去ログ参照)



一般に、急速交代型を診たら、気分安定化薬を主体にし、抗うつ剤は控えるのが普通だが、それでもうまくいかないことも多いため、次第に気分安定化薬と抗てんかん薬の併用になりやすい。モーズレイのステップ4では、イーケプラやトピナまで挙げられているのは特筆される。

また、セロクエルを主体に治療するのが推奨されている上、副作用的にも無難なことがわかる。

このようなことから、難治性の急速交代型を治療する際、気分安定化薬のコンビネーションか、それに抗てんかん薬あるいは、非定型抗精神病薬を試みるしかない。精神症状が極めて悪く、また薬物反応性が悪い場合、滅茶苦茶な処方になるのは必至と言えよう。

また、急速交代型のように極めて現代的で、アレルギーや広汎性発達障害など身体的要素が大きい精神疾患は、時に薬物的にたいして関与しないケースも自然回復することもありうる。これは全てが自然治癒ではなく、バイオリズム的に自然に快方に向かうこともあると言う意味である。

過去ログには、双極性障害を治療をする場合、薬効に疑念を持ちやすいといった記事もある。

最初に挙げた患者さんには、あまりに治療がうまくいっていなかったため、ある時、彼女に僕はこのように言った。

経過中、突如、うつになるのは脳が生きている証拠だから。

この「突如うつになる」と言うのが重要で、このようなパターンは急速交代型だからこそ、指摘しやすい。それは本人にも理解できる範囲だからである。また、そう見えないかもしれないが、これは激励のメッセージでもある。

過去ログには、重度の統合失調症の患者さん(宇宙語で書かれたノートを持ってくるような人)は、うつ状態がないと指摘している。(ただし、アパシーはある)。なお、うつ状態とアパシーは真の精神科医でないと、鑑別は難しいとよく言われる。

そして、抗うつ剤のサインバルタと気分安定化薬のラミクタールを漸減中止し、気分安定化薬はデパケンRの1200㎎だけとした。また、セロクエルは比較的良いように思われるため、600㎎まで増量している。

問題は、気分安定化薬の併用薬または、補助薬である。すでに色々な薬物を試みていた。たとえば、

イーケプラ
トピナ
エクセグラン
バルドキサン
ブプロピオン
ベンラファキシン
マイスタン
リリカ
いわゆる神田橋処方( 四物湯+ 桂枝加芍薬湯)
抑肝散ないし抑肝散陳皮半夏
水素(メガハイドレートのこと)
メマリー


ぱっと思いつくだけでこれだけだが、もう記憶にも残っていないものもある。上記で明らかに悪いのは、トピナ、ブプロピオン、バルドキサンだけで、他は効果がないか乏しいだけである。

このような流れで、1つだけ、あまり使ったことがないが、効果が期待できるかもしれない抗てんかん薬があった。それはガバペンである。

ガバペンは、GABA誘導体の抗てんかん薬で、日本では抗てんかん薬しか適応がないが、疼痛系に有用なのはよく知られている。また不安系の疾患に試みる価値がある薬でもある。新規抗てんかん薬の中では、イーケプラやラミクタールに比べ、インパクトはやや薄い薬だと思う。効果はともかく、副作用の点で比較的使いやすい薬の1つである。

彼女には、400㎎程度から開始し、漸増して、一時は2400㎎まで使った。その後、副作用のバランスを考慮し、1600㎎まで減薬している。

結果だが、ガバペンは良かったのである。意識障害が霧が晴れるように清明になり、急速交代型の忙しすぎる病状変化も完全に消失し就労できるまでになった。

しかし、それでもなお100%は信用できない。過去に、少なくとも半年くらいは改善した薬はあるからである。

そのタイミングで、家族にある疾患が発生したこともあり、急激に普通の人になった。つまり、心理的状況は、このような生物学的要素が大きい疾患でさえ関与しうるのであろう。

今や、完全復活している。

ほらね、突然、うつになるのは脳が生きている証拠と言ったでしょ。

というと、彼女は笑っていた。彼女はその言葉はほとんど憶えていないらしい。

このような経過をみると、精神症状に支配されて、うっかり自殺してしまうことが、いかにもったいないことかがわかる。(なぜ自殺が良くないのか

今回の記事は、ガバペンが急速交代型双極性障害に極めて有用といったものではない。上記に挙げた、エビデンスの乏しい薬物群(ステップ4)の中には、ガバペンのような一風変わった抗てんかん薬も並列して扱われて良いという意味である。

いずれも成功率が低いと思われるが、無策よりは100倍マシだと思う。

精神科の医療とはそういうものだ。

参考
双極性障害を治療する際、薬効に疑念を持ちやすい話
統合失調症にうつはあるのか?
不安という精神所見とガバペン
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