双極性障害を治療する際、薬効に疑念を持ちやすい話 | kyupinの日記 気が向けば更新

双極性障害を治療する際、薬効に疑念を持ちやすい話

今日の話は、やや難しいかもしれない。

一般に双極性障害に限らず、精神疾患の薬物治療の際に、治療者が「あれっ?」と思うようなことが起こる。

例えばだが、双極性障害の躁状態の治療の際に、初回はリーマスが効いたのに、2回目は効かないなどである。その後、3回目の増悪にはなぜかリーマスが効いたりする。

双極性のうつ状態でも同様である。初回の増悪には、平凡にトリプタノールが効いたのに、2回目はそう効かず、なぜかサインバルタが良かったりするのである。

これはこのように簡単に書くと、そういうこともありそうと思うかもしれない。しかし、事態はもう少し複雑である。なぜなら、現在の精神医療では、初回の増悪に最初にトリプタノールなど使ったりしないから。

つまり、「双極性のうつエピソードにトリプタノールが非常に有効だった」と言うことは、それまでに種々の試行錯誤の末、トリプタノールが有効だったという意味である。即ち、初回ではサンバルタは失敗している。

もう少し別の考え方をすると、長いバイオリスムの経過中、その増悪ではサインバルタが良かったと考えると少しだけ辻褄が合う。個々のバイオリズムの増悪は、いくらか質的なものが異なると考えるのである。

このようなことを度々経験していると、患者さんおよびその家族と治療者には、それぞれ異なった経験に基づく確信が生まれる。

それは、

①患者さん
向精神薬は効かないことも多く、薬効はアテにならない。「向精神薬は意味がない」など。

②精神科の治療者
患者さんを治療する際に、「抗うつ剤の薬理的作用の相違など大きな問題ではないのではないか?」つまり、どれを選んでも良くなる時は良くなる。

といった感じである。患者さんの見解はともかく、治療者の錯覚は重大である。その理由は、明らかに間違っているからである。

精神科の治療者が経験を積み、このようなある種の達観に至ることを、個人的に「初段」状態と呼んでいる。

その理由だが、このような経験は下手な精神科医では生じないからである。少なくとも、患者さんが何らかの薬物投与で良くなることが頻繁に起こらないと、「どんな薬でも同じように良くなる」なんて思わない。

将棋では、初段になると自分は強くなったと思うものだ。従って、患者さんから見ると、このような初段クラス以上の精神科医に受診することが望ましい。

つまり、「抗うつ剤はどのようなものでもあまり大差はない」などと、アホみたいなことを言う精神科医は、優れた医師と見なされるのである。

これは私見だが、このような経過になるのは、いくつかの理由がある。

やはり双極性障害はバイオリズムがあり、正常への導きという点で薬物は手助けをしている。ただし、既に寛解に近く、トリガー的なもので十分な時期にあることも良くある。その際タイミングでは、少し背中を押してやるだけで十分なのである。極端なことを言えば、そういう時は薬を止めても良くなる。(つまり、薬を中止することがトリガー。実は薬が無効だったと思う医師はあまり深く考えていない)。

また、精神科医でもベテランになると、薬の効き方が全然違う。これは過去ログにもあるが、リエゾンで、他科のドクターが向精神薬を扱うとほとんど効かないように見えることと関係が深い。つまり精神科医として経験を積み、使い慣れないと薬なんて効かないのである。

薬が効かないと、すぐにジェイゾロフト100mgとかデプロメール300mgといった処方になる。僕はジェイゾロフトを50mg以上使っている人はいない。(転院したばかりの人は別)ジェイゾロフトが合う人は12.5mgか25mgで十分なことが多い。

だから、患者さんが転居などの際に、遠方に行く際に、どのような精神科医にかかったら良いですか?と尋ねられたら、

重要なことは、薬が効く精神科医にかかること。

と笑い話風に答えている。笑って言っているが、これは真実である。しかしながら、患者さんが薬が切れる精神科医を探すのは難しいと思う。

昨年だが、ベンラファキシンが日本で治験に失敗し、発売される可能性が今のところなくなった。

治験では精神科医は使ったことがない薬を使うため、予想より効かないこともあり、またプラセボはけっこう効果が出ることや、既発売の薬は(使い慣れているので)相対的に効くことなど、種々の要因で、新薬の薬効を確かめるのは難しいのである。

ベンラファキシンは、世界的には効果の点で、かなり上位に入っている。

有効性の指標による抗うつ剤の世界ランキング(最も良い治療である可能性(%))
①ミルタザピン(レメロン)     24.4
②エスシタロプラム(レクサプロ)  23.7
③ベンラファキシン(エフェクサー) 22.3
④セルトラリン(ジェイゾロフト)  20.3
⑤シタロプラム(セレクサ)     3.4
⑥ミルナシプラン(トレドミン)   2.7
⑦ブプロピオン(ウエルブトリン)  2.0
⑧デュロキセチン(サインバルタ)   0.9
⑨フルボキサミン(デプロメール)  0.7
⑩パロキセチン(パキシル)     0.1
⑪フルオキセチン(プロザック)   0.0
⑫レボキセチン(Davedax)      0.0

受容率(忍容性)の指標による抗うつ剤の世界ランキング(最も良い治療である可能性(%))
①エスシタロプラム(レクサプロ)  27.6
②セルトラリン(ジェイゾロフト)  21.3
③ブプロピオン(ウエルブトリン)  19.3
④シタロプラム(セレクサ)     18.7
⑤ミルナシプラン(トレドミン)   7.1
⑥ミルタザピン(レメロン)     4.4
⑦フルオキセチン(プロザック)   3.4
⑧ベンラファキシン(エフェクサー) 0.9
⑨デュロキセチン(サインバルタ)   0.7
⑩フルボキサミン(デプロメール)  0.4
⑪パロキセチン(パキシル)     0.2
⑫レボキセチン(Davedax)      0.1

ジェイゾロフトは上記の表のように、有効性、忍容性ともに上位にあるが、日本の治験では効果が出ずに相当に苦戦している。その理由は、パキシルなどに比べ、穏和な効き方をすることもありそうである。個人的に、ジェイゾロフトが苦戦し、ベンラファキシンの治験が失敗したことを考えると、当時、デプロメールがうつ病、うつ状態の治験に成功したことは謎である。

その理由は、デプロメールが発売当初、日本では、

SSRIは良いと期待していたが全然効かない。これではアモキサンの方が遥かに良いじゃないか!

と言ったような感想が多くあったからである。これは実際に、アメリカでデプロメールはうつ病、うつ状態の治験に失敗していることでもわかる。アメリカでは主に強迫性障害の薬であり、うつ病には処方できない。

ベンラファキシンだが、現在、ファイザーはベンラファキシンの活性代謝物、デスベンラファキシンの治験を進めている。これはプリスティーク(Pristiq)と言う商品名で海外では既に発売されている。

このプリスティークだが、ベンラファキシンの治験を実施した施設で同じように治験されるので、その経験的「時間効果」もあり、今回は成功する確率が高いと思う。

ベンラファキシンを使った個人的感想だが、最初3~4名連続で失敗し、失望のあまり使わないでいた。ところが、1年後くらいに使ったら、今度はうまくいき、その後12連勝くらいしたので、おそらく良い薬なんだと思う。

同じSNRIのサインバルタのような切れ味がないが、じわじわ効く印象で、そのような特性のために治験に失敗したのかもしれない。少なくともだが、発売しなくても良いと言うほど、ダメな薬ではないことは確かである。

なお、ベンラファキシンで治療していた人は時間が経つと、比較的、サインバルタでも十分になる人が増える。従って、自分の患者さんでベンラファキンを現在使っている人は1名だけである。

今回の記事は、同じ患者さんでも縦断的な経過中、薬の効き方がまちまちになることも稀ではないことに言及している。

それが、患者さんには向精神薬の不信感を生み、治療者には、「どのような薬でも大差はないのではないか?」と言う錯覚を起こさせるのである。

精神科の薬物治療は、いくらかオカルト的な要素も孕んでおり、信頼性に疑いを持たれやすい面があると思う。

参考
医療関係者の治療とネットワーク
精神科医と薬、エイジング
待合室の若い女性患者