統合失調症と妊娠、出産 | kyupinの日記 気が向けば更新

統合失調症と妊娠、出産

彼女はある時期、はっきりしない理由で精神に変調を来たした。当時、自分には「悪霊がついている」と言っていたらしい。当時、内科も精神科も診るようなクリニック(実質、内科医院)にかかり、投薬を受け自然に良くなったようである。当時、何を投与されていたのか不明である。

彼女は大学卒業後5~6年は働いていたようであり、生来健康、特に大きな病気はかかったことがなく、結婚の際も寿退社だったらしい。彼女はまもなく妊娠するが、それによる精神状態の悪化はなかった。少なくとも妊娠中は特に問題がなかったようである。

過去ログで、妊娠中はエストロゲンが上昇するためこれが精神に好影響を与えると記載している。つまりエストロゲンは種々の精神疾患に有効である。エストロゲンが精神科での治療に滅多に使われないのは、発癌性などのデメリットの方が大きいからであろう。

彼女は出産後半年位して、突然、緊張病症候群を来たした。激しい幻覚妄想と興奮である。当時、育児どころではなく、かといって家族も入院治療に積極的ではなかったため、実家に戻り抗精神病薬のみ服用し静養していた。ところが、病識がないため、母乳に悪いと言いすぐに服薬を中断し、更に病状が悪化。夜中でも車で外に飛び出したり、公的機関に辻褄の合わない苦情を言いに言ったりし、家族の手に負えない状態に至った。

実は、なぜ彼女がうちに受診したのかその経緯を思い出せない。彼女の家はうちの病院からかなり遠方であり、簡単には通院できない距離だった。紹介されるにしても、うちに来る必然性が低かったと思う。

初診日は入院ができず、彼女はかつてリスパダールを投与されていたためリスパダールコンスタを25mg筋注し今後の入院に備えることにした。

過去ログに、1日に4人入院した日がありヘトヘトになったと言う記事が出てくる。彼女は、その日ではないが、1日3人も入院した1人だったのである、その3人のうちで彼女が最も大人しい、治療しやすいタイプの患者さんと思った。

他の2人は激しい躁状態(ともに非定型)で、外来も病棟も修羅場であった。彼女はといえば、診察室でチョコンと座っていたような感じで、すぐに開放病棟でも治療できそうに思われた。

彼女は、全く病識がないのに入院に対し拒絶がなく、また服薬も特別なもの以外は嫌がらなかった。統合失調症の人でもこのような人ばかりなら精神科医は楽である。統合失調症は薬物治療の方法が確立されており、彼女こそ、薬だけ出して放っておけば自然に良くなるタイプと言えた。他の2人の病状が酷かっただけに、看護者には軽く見えたと思う。

入院日にリスパダールコンスタ37.5mgを筋注している(初診後2週間が経過していたため)。リスパダールコンスタは効果が出るまで3~4週間はかかるので、初診入院の際に筋注の場合、最初から少なくとも1ヶ月以上の入院を想定している。理論的に言えば、最初は何らかの他の薬を併用しないといけないのである。

入院日、周囲に圧倒されてか、わりあい落ち着いているので内服薬はロヒプノール1mgのみとした。最初の筋注後半月しか経っていないが初診日に比べ穏やかになっていた。

入院2日目、少し顔色が良くなっており「何か聴こえてきますか」と尋ねた。すると最初「先生の声が聴こえます」と答える。しかしその直後、「夫の声が聴こえます」という。リスパダールコンスタの効果の発現が遅いこともあり、2日目にセレネース液2ccを追加する。併用薬としてはセレネースを選んだ。

入院3日目
時々顔をしかめており表情が硬い。幻聴があるようであるが、ふらつきもでているため、セレネースを1ccに減量した。(注;セレネース液1ccはセレネース2mg相当である。)

4日目
ふらつくが、幻聴は減っているという。

7日
夫のお父さんがベッドの横に立ち、「切腹、切腹」と言った。その声を聞いて自分のお腹が急に痛くなったという。リスパダールコンスタはなんとなく彼女には合っていないように思われるため、次回から中止することにした(リスパダールコンスタはなだらかに血中濃度が低下するため、たとえ50mgアンプルを実施していても、急に中断してもほぼ問題がない)。そしてデパケンR200mgを併用することにした。

9日
義理の父親が良く出てくるという(幻視)。現在、セレネース液1cc、デパケンR200mg、ロヒプノール1mgおよびリスパダールコンスタ37.5mg。コンスタはひょとしたら良いのかもしれないが、継続していてこれなので、他の薬、ロナセンやインヴェガを検討する。入院後、約10日間で、疎通性や表情がかなり良くなっている。

入院後14日
幻覚が激しい。病棟から警察署に電話して、子供に会いたいと言ったらしい。(警察署から電話連絡がある)。義理の父親が自分の子供を殺すのではないか?と不安がる。(幻聴が持続)。デパケンRは本人が嫌うため、ロナセンを使ってみる。6mgから開始。他はそのまま併用。ところが、ロナセンは非常に眠かったらしく、継続は無理と判断し翌日中止。リスパダールコンスタは初回筋注してほぼ1ヶ月なのでそろそろ効果が出てもおかしくない。(1ヶ月目はコンスタは実施しない予定なのであるが)。

16日目
エビリファイ液を試みる。彼女は薬に弱いため3ccから。セレネース液は1cc併用。

セレネース液 1cc
エビリファイ液 3cc
ロヒプノール  1mg
(他、コンスタの効果も今はまだある)。


18日目
エビリファイに変更し、眠さが減少したという。「スキっとしますね」という。表情は良い。

23日目
夜中に2回ほど目が覚める。人の顔がわっと出てくることがある。(イメージなのか幻視なのか不明)それでも見えたり、聴こえたりは大分良くなっていると言う。エビリファイは良いようなので6ccまで増量。

1ヶ月目
家族に病状と経過を説明する。まだ少し異常体験が残っていること。しかし表情の硬さがとれて、かなり良くなっていること。とても優しい顔つきになっている。(彼女は前医で統合失調症と告知されているようであるが、本人、家族には実感がないようである)

35日目
見えたり、聴こえたりはわずかにあります。妙な夢を見ます。夢見が悪いらしい。元々の性格を聴いてみた。
① 大人しい
② 内向的
③ 恥ずかしがりや
④ 凝り性ではない
⑤ 人と話したり自分の家に遊びに来るのは好き。


家族同伴外出は許可した。一度、法事があり外泊させたところ、親戚の人への挨拶や食事の手伝いなどテキパキできて母親がびっくりしたらしい。母親がかなり良くなっているととても喜んでいた。

50日目
少しボーっとするらしい。ちょっと外出しようかな?と思うようになった。少し立ちくらみがある。異常感覚、幻覚などはかなり減少している。リボトリール0.5mgとラミクタール12.5mgを併用する。

(ラミクタール処方後4日目)
口唇の周囲に小さな発疹がみられ、ラミクタール中止。

ラミクタール中止後3日
頭の中が痒いという。ザイザルを併用する。湿疹自体は軽いのでやがて消失しそうである。「気持ちはさえない感じはありますね。」という。

2ヶ月目頃
幻覚はなくなった。夢はよく変なのがある。変な夢を見て目が覚める。エビリファイは少し明るくなりますね。リボトリールも良いようである。「気持ちが楽になっている」らしい。表情はかなり良くなってるが、少し体が硬い印象。姿勢が悪い。セレネース液は0.5ccに減量。

セレネース液 0.5cc
エビリファイ液 6cc
リボトリール  0.5mg
ロヒプノール  1mg


70日目
外泊した際に、赤ちゃんの世話はできるようである。少し体がだるいらしい。何回か外泊させ、良いようであれば退院させることにした。セレネース液は錠剤に変更する。

セレネース   1.5mg
エビリファイ液 6cc
リボトリール  0.5mg
ロヒプノール  1mg


退院数日前
家は静かでした。掃除をしましたという。育児は可能。料理は簡単なのは作っていたが、夫も料理はできるらしい。笑顔もあるが、少し体が硬い印象。

80日で退院。(退院後、ロヒプノールは中止、アローゼンを追加している)

退院後初回の外来
家では良く眠れた。逆に眠りすぎるという。母によると、入院する前に比べるととてもよいという。見違えるように家事もできる。育児もできるという。退院後、ロヒプノールはいらなくなったらしい。

退院後1ヶ月
夜は早く眠るので、朝は5時頃目が覚める。あまりにも早く眠るので、夜間の育児に多少支障があり、母親に手伝ってもらうと言う。家事はほとんど問題なくできる。昼間の集中力も良い。母によると、病気になってから最も良い状態らしい。幻覚は全くない。プレコックス感は残遺するが、日常生活はほとんどできる状態にある。エビリファイを飲むと疲れが取れるような気がする(という本人の話)。

退院2ヶ月
子供がようやく歩くようになったという。言動は自然。幻覚もない。もともとポヤンとしている印象であるが、おっとりしている。法事があり、手伝いが結構大変だったという話をしていた。

退院3ヶ月
表面的には動作のぎくしゃくした印象がなくなり、他覚的な服用感もほとんどない。彼女の性格を聴くと、

元々穏やかです。あまり気を遣わないが、どちらかというと物事に動じる方という。(一同爆笑)。


退院4ヶ月目
家が広いので、廊下の拭き掃除が大変。夜中にたまに目が覚めるが、大丈夫です。育児は、運動会があったのでその準備などでバタバタだった、お弁当も作りました、という。1日の中で「この時間は悪くなる」というのはない。少し運動不足かもしれない。便秘の薬も必要ない。目がぱっちり開いてきた。

前はすぐにかっときていた。今は「ありがとう」と自然に言える。

退院5ヶ月目
プレコックス感は残遺するが、表情はかなり穏やかでやわらかくなっている。

家族によると、入院前は家族に対し攻撃的で、いつもあれこれ言っていた。チリ箱を蹴ったり、テーブルをひっくり返したりしていたので、今の状態は夢のようですと言う。今は話し方も変わって、イライラした話し方もしないし、感謝の言葉も出る。80日程度入院したが、家族は1年くらいかかるのでは?と思っていたらしい。幻覚、妄想は今は全くない。

半年
彼女は、「私は悪くなった時期のことは微かにしか憶えてないという。」出産は安産(統合失調症の人は安産が多い)。今は子供は昼間は保育園に預けているので、家事をすれば良いのでかなり楽ですという。(精神疾患などで十分に育児ができない場合、診断書を出せば働いていなくても保育所に子供を預けられる。)

セレネース   1.5mg
エビリファイ液 6cc
リボトリール  0.5mg
他下剤。


その後、セレネースを0.75mgまで減量しているが、今のところ大丈夫のようである。エビリファイ単剤はこの量だと僕には怖くできない。しかし、ラミクタール25mg、エビリファイ6ccならそこまで不安がなくトライできる。ラミクタールが中毒疹が出て使えなかったのは惜しいが、セレネースの量が少ないので、この量で寛解状態なら十分である。

この人は入院した当日が大変な日だったこともあり、常に主役でないというか、病棟内で目立たず穏やかに療養していた。診察回数も、他の新患の人に比べ少なく、当初1ヶ月くらいは2日に1回くらいだった。それでも関係なく良くなっていったのである。

彼女は大変な犠牲を払い出産したといえるが、これは当事者は想定してなかったわけで、そう思うのは精神科医だけである(と改めて思った)。

後に、うちの病院の女医さんと話していたら、偶然、彼女の話題が出たことがある。女医さんによると、彼女は「ありえないほどの癒し系」だという。しかも不思議系でもある。

「あのような癒し系の患者さんは滅多にいない」という話には、なるほどと思ったものである。(参考

参考
統合失調症の寛解、就労、予後の謎
エストロゲンと精神疾患
リスパダールコンスタを試みるポイント
おとぎばなしの世界