彼女の回想 | kyupinの日記 気が向けば更新

彼女の回想

今日のエントリの女性患者さんは、統合失調症と診断され、10回以上入退院を繰り返している。20歳頃初めて精神科病院に受診し、のべの入院期間が長く、退院している時期より長かったような人である。

彼女はある理由で、うちに初診し同じ日に入院した。以下は数ヶ月治療した後、退院し、ある日の診察時の彼女の回想の形式になっている。

なお、前回「器質性荒廃」と言うエントリをアップしているが、彼女はかなり病状が悪いものの荒廃にまでは至っていない。基礎疾患は統合失調症ではなく、広汎性発達障害である。

(家庭内暴力について)
両親の首を絞めていた。キレると誰にも止められない。前の病院では、困り果てて家族がよく病院に電話をしていましたね。

3歳の時から幻聴のような体験をした。まるで友人と話すように話していた。(中学校時代は特に幻聴が活発だったらしい。)幻聴を幻聴だと知らなかった。だから親にも話さなかった。

中学校時代、友人に幻聴のことを話したらこう言われた。

「それは精神病院に行った方が良い」と。

彼女の精神科受診は大学時代である。幻視や幻聴が出現する時は、まぼろしのように自分の中に入り支配するという。

支配されると自分が何が何やらわからなくなりますね。突然、関係ない人に電話してみたり。喧嘩は全て自分が原因です。

誰かニコニコしていると、自分に気があるのかなと思う。ベタベタして、それがいけないんですけど。(うまく距離が取れない所見)

最近は、自分は相手の表情がよくわからないので、ひょっとしたら悪いことをやったかなと思うと、先に相手に謝ったり、その場で考えて対応することにしている。そうしないと、後でずっと気にするから。

春ウコンとロナセンを飲み出して良くなったですね。私は性格が悪いんですよ。失礼なことを言って注意されると、「自分は悪くない」とか言い張り、謝らずに、結局、相手をいじめてしまった。そういうのを繰り返していて、仕事がなくなったですね。

今の薬は副作用が全然ない。飲んでいる感じが全然ないですね。以前の病院は、薬を飲んでいると違和感があったんですけど・・

うちの家族は全員発達障害なので、コミュニケーションが取れない。まるで狂人の館ですよ。(笑)お互い顔を見ていると、腹が立って来る感じでした。

ちょっと離れて住んでいると、仲が良くなりましたね。最近は聖書を毎日、通して読めるようになった。テレビでニュースを見ることができるようになった。外の世界に目を向けられるようになったですね。

今は普段、幻聴や幻視みたいなものが全然ない。普通の人ができることができるようになった。良い方向に行っていますね。

相手の表情が曇っていて、それなのに言葉は良い感じの時は、どうして良いか迷う。そういう時は、表情を取り消しすることに決めた。(このように機械的に考えた方が本人は楽。)

自分の中にいる多重人格というか、ファンタジーの友人は全員発達障害なんですよ。健康な人など1人もいない(笑)。だからいつも喧嘩になる。調子は良いです。今までこんなに長い間、良かったことはない。

いつも早めに謝ったり、お礼を言ったりして気を遣うようにしている。今でも、相手の顔が引きつっているのに、言葉が優しい時は混乱する。

自分の中で、2人の人が喧嘩するのがほとんどなくなったので、独り言が随分減ったですね。ど忘れなどは自分で確認できるようになった。今でも相手の考えていることはあまり掴めないですね。

趣味で音楽とか始めた。ピアノとかです。そういえば、高校の時、友人から急にバンドに入ってくれと言われた。ヴォーカルは上手かったので。だいぶん前の話ですね。

今はあまり悩みはないです。コミュニケーションはあまり良くないですけど、自分の中で交通整理をしている(笑)。

最近、普通くらいの体調の時は、人が疲れた時に気が配れるようになった。前はトンチンカンな時に気を配っていたので、空気を読める自分になってきた感じです。ちょっとですけど。

私と私の別人格がけんかしている。100人以上いる。プライドが高い人がいるので、自分をバカにする。3歳の時に最初の幻聴があり、その後、10歳くらいからお互いに喧嘩するようになった。28歳頃から人が多くなり過ぎて収拾がつかなくなった。

空想と妄想の区別がつかない。男の人も子供もいる。老人もいる。20人が実は1人のこともあります。でも100人のうちで、邪悪な人は一部ですね。

多重人格については、問題があると言えばありますけど、今は表面に出てこないですね。時々家に帰っているけど、自分が落ち着いているので家族とは仲良くできるみたいです。調子が悪いと八つ当たりする。

調子は良いです。眠れている。睡眠、食事は問題ない。幻覚、多重人格も良いみたいです。家族とは元々喧嘩する理由はないので今は喧嘩はないです。最近、お父さんの誕生日にプレゼントを渡した。今は家族との仲は良いですね。今は家庭内暴力もない。

今は何が効いているのかわからないんですけど、精神の波がなくなって安定している。ここに来るまでも、いろいろ薬やら漢方を試していたけど、良くなったことはなかったですね。

それにしても・・
こんなに元気になるとは思わなかった。
先生、凄いですよ。

退院時の処方
ツムラ71及び60
ロナセン8mg
ルーラン 2mg
レンドルミン 1T
ロヒプノール 1mg
リボトリール  0.5mg
他、春ウコン。


(ただし、その後、春ウコンは中止している。ツムラも服用してない。なお、彼女は副作用でデパケンが服用できない。)

補足と解説
彼女は3歳頃に既に幻覚を経験している。多重人格といった表現があるが、よく聴いてみると、いわゆるシュナイダーの言うダイアログ形式の幻聴である。過去ログでは、シュナイダーの1級症状はむしろ「非定型精神病によく見られる」と記載している。(参考1参考2

幻聴があるからと言って統合失調症と診断するなら、彼女は3歳時に既に発病していることになる。

彼女は昏迷、精神運動興奮などの緊張病症候群を呈しやすく、その際には誰も受付けなくなる。入院していたある日、僕と当時勉強に来ていた若手医師と一緒に訪室した際、大変な剣幕で怒鳴られ退散した。

しかし、病状が改善すると彼女の対人接触性は統合失調症とは異なるのである。(つまり統合失調症ではない)。

彼女の今の状態は、まだ不安定であるし種々の症状が残遺しているので寛解とは言わない。しかし長い病歴でありながら、器質性荒廃にまでは至っていない。彼女は広汎性発達障害でも比較的、積極的なタイプなので、荒廃に至らなかったような気がする。

彼女はリスパダールを主体に処方されていた上、入院時の病状があまりにも酷かったため、リスパダールからの薬物変更の布石としてリスパダールコンスタを開始した。一時トロペロンやセレネースを筋注している。

今までリスパダール液をよく使っていたため、本人が希望したが禁止し、セレネース液を服用するように指導した。リスパダールに併用したのはトピナである。

トピナは不思議なことに器質性幻覚を次第に減少させ、表情をはっきりさせた。次第によどんだ表情が溌剌としてきたのである。しかし、3ヶ月を超えて使っていると、賦活し過ぎて病状が不安定になるため、結局中止している。(重大事件。このレベルの人に抗てんかん薬を含まない処方は不安である。将来の不安定要因を残した。)

リスパダールコンスタはリスパダールよりはプロラクチンへの影響が少ないと言われるが、いったんこのタイプの薬を止めないと月経は来ないと思われた。彼女は10年以上、月経がないらしいのである。

リスパダールコンスタは中止しても体の中からすぐにウオッシュ・アウトされない。リスパダールの代替薬はロナセンとルーランを選んだ。今の処方はロナセンが主剤である。ある時期、ロナセン単剤にしたところ、幻覚やこだわりが悪化した。どうも、彼女にはロナセン単剤では難しく、ルーラン少量の併用が必要なようなのである。

その後、それこそ10年ぶりに月経が訪れた。

彼女には統合失調症とも広汎性発達障害とも告知していない。彼女は「統合失調症」と前の病院で告知されているが、自分の病気に疑問を持ち、書籍で広汎性発達障害なる概念を知ったらしい。春ウコンは、なぜ買ってきたのか知らないが広汎性発達障害と関連付けて服用してはいなかった。僕は病状が重すぎたことや当初、トピナが良かったので春ウコンは薦めていない。

彼女は「自分は統合失調症と広汎性発達障害が同時にある」という理解をしているようである。

あるいは・・
彼女はクリスチャンなので、自分は宗教的に守られたという考え方をしているのかもしれない。

普通、統合失調症は3歳では発病しない。

長期にわたり病状が悪かったのに、この臨床経過や回想記録はやはり器質性疾患と考えた方が理解しやすい。(珍しい経過ではあろうが)。

また、上の回想の記録だが、あの重さの統合失調症の人では、彼女のように、こんな風に症状が変化したとか、こういう風に工夫したらこうなったなど、症状に対処できないと思う(症状と同じ目線で洞察できない)。一般にはそうである。あの回想の記録こそ、彼女が統合失調症でないことを概ね証明している。

参考
内因性幻聴と器質性幻聴