躁うつ病のうつ状態が容認されるわけ | kyupinの日記 気が向けば更新

躁うつ病のうつ状態が容認されるわけ

これは「躁うつ病の躁状態が放置できないわけ」の後編である。本当は「躁うつ病のうつ状態が放置されるわけ」としたかったのだが、それだと精神科医が何もしていないように見える。だから「容認」か「受容」にした方が良いと思った。

双極性障害のうつ状態は、今までこのブログでも度々出てきているが、治療の考え方が根本的に異なる。躁転するリスクを考慮して治療が行われるからだ。このブログでも「双極2型の激鬱とECT」などで、うつ状態の治療についてその難しさを紹介している。

治療者側の視点からは、うつ状態の治療の難しさから、少々のうつ状態ならそのまま経過観察するというスタンスも十分に選択肢となる。乱暴にうつ状態の治療を行って躁転させてしまったら元も子もない。患者さん、その家族、自分および看護者に多大な負担がかかるからだ。

躁うつ病のうつ状態に対し、躁転させやすい抗うつ剤とそうでない抗うつ剤がある。一般には躁転を避けるにはSSRIやSNRIが推奨されている。躁うつ病のうつ状態への抗うつ剤投与は、そのリスクを考えるとメリットが少ないと言う意見があるが、病状次第ではそうも言っておれない。患者さん本人が辛すぎるからだ。

抗うつ剤の使用は急速交代になりやすいと言う人もいるが、僕は今では抗うつ剤もやり方次第で、柔軟に対応した方が良いと思うようになった。しかし、基本的には抗うつ剤を避け、気分安定化薬、甲状腺剤、その他サプリメント系の薬物でなんとかしたいという気持ちはある。

治療の難しい躁うつ病のうつ状態でジョーカー的な治療法はECTなんだと思う。これは不連続にその位置を変えることができる。局面をワープするわけだ。

僕がまだ研修医1年目だった時、大変な躁状態で入院してきた男性患者さんが、たった1日でうつ転するのを目撃した。なぜここまで変化したのかその主治医(助手Dr)に聞いたら、セレネース液を使ったからと言う簡単な答えだった。セレネース液は躁状態に非常に有効で、なおかつ効果の出現も最速なのである。ただ、この人に限れば、うつ状態になるタイマーの時期だったような気もする。

そのうつ状態がまた深刻なもので、抑うつ、悲哀感、自責感が強くいかにも自殺しそうで非常に危険な状態であった。彼は躁うつとも症状がはっきりしていた。そこで彼の主治医はECTをかけたのだが、たった1回のECTで躁転してしまった。しかし、今回は1型ではなく、2型躁転と言えるくらいのマイルドな躁状態であった。その後はリーマスなどの治療で緩やかに良くなっていった。(注:僕はこの程度ではたぶんECTはかけない。焦燥感がそこまで酷くなかったので)

このようなデジタルな病状変化は、ECTのような飛び道具を使わないとありえない。

普通、著しい躁状態にもECTは有効である。しかし、うつ状態の治療とは異なり、やや回数を要することの方が多い。ECTは基本的には元気を出させる治療法だからだ。しかし回数を重ねると、ECTは脳の働きを整流させる面があるのでもちろん有効である。(上の患者さんで2型躁転にとどまったのはそういう面がある)

著しい躁状態の時にECTで治療するメリットだが、大爆撃のように抗精神病薬を使わないで済むということに尽きる。こういう時に無理な薬物治療をすると、突然死や悪性症候群のリスクが高まるからである。また、ECTは悪性症候群を起しにくくし、妙な薬物性のジスキネジアやジストニアなどの副産物を残さないことも見逃せない。(現在、躁状態の治療でECTはあまり行われない)

躁うつ病でべったりとしたうつ状態が遷延し、地底を這っている状態が続いている時、「1回、躁転してみる?」というのも1つの選択肢なんだと思う。もちろんリスクはあるけどね。下から上って行くより、上から降りてきた方がちょうど良い場所が選びやすい面があるからである。(下から行った場合、あと1段がなかなか上れない)

躁うつ病の人たちは、時間が経ってくると「うつ状態」に悩む人が多くなる。躁状態がいつまでも治らないで困っている人なんて見たことがない。躁状態は長く続けるには大変なエネルギーが必要だし、本来時間が経てば自然に落ちていくような病気だから。まして薬物治療すればなおさらである。中世の躁状態の人たちは自然にうつ転して見かけ上治っていたのだと思う。

そういうこともあり、躁うつ病では明らかに躁状態よりうつ状態の治療の方が難しい。結局、かなりの3環系抗うつ剤を併用してもまだ躁転できないような人は稀ではない。こういう人はなんとか1回躁転してみると新しい局面が訪れるような気がする。その方法はECTくらいしかない。

このように治療者からみると、躁転のリスクとその治療の難しさから、うつ状態が容認されることになる。

家族からの視点では少し状況が変わってくる。家族はそれまでの躁状態で心身ともに傷ついており、あの躁状態だけは避けたいと思っている。過去に、そのために大金を失ったとか、会社で不祥事を起したとか、他人に被害を及ぼして措置入院になっているケースもあるからだ。

だから、少々のうつ状態で元気がないくらいなら、その方が手がかからなくて良いくらいに思っていることも稀ではない。

患者さんが男性の場合、就労年齢(学生含む)とそうでない場合ではスタンスが異なる。就労年齢の場合、うつ状態のために働けないのはもちろん困る。家族はいくらうつ状態でも、せめて働ける程度には元気になってほしいと思っているし、そうならないと生活ができない。この世代ではギリギリ働ける程度に浮上し、ヘトヘトになりながらなんとか仕事をしている人たちが世の中にはたくさんいるのである。

就労年齢ではない男性と女性(主婦)ではまたスタンスが違う。就労年齢でない男性とは、たいていの場合、おじちゃんである。この年齢だとうつ状態が遷延しても家族はそこまでは困らない。うつ状態で苦しんでいるのは本人だけで家族には伝わりにくいからだ。この方が手がかからないのももちろんある。女性でも概ね同じである。女性の場合、必ずしも働かなくて良い人もいるし、家事さえこなせれば家族としては良いくらいに思われていることもある。うつ状態の不快さや辛さは結局は本人しかわからない。

このように見てくると、躁うつ病のうつ状態の容認は、医師、家族の妥協の産物なのがよくわかる。

医師と家族で示談が成立しているのである。


参考
育児ストレスによる精神病状態
(これはよく見るとアモキサンによるプチ躁転から治療がスタートしている)