朝、いつもの砧公園で走っていると
多少のアップダウンがあるのだけれど
自分のペースで走っていると
自分のそれとは明らかに異なる
テンポと勢いが
後ろから迫ってきては
あっさりと
横を通り過ぎていきます。
ぼくは、いかなるタイミングだったとしても
イイ気がしません。
追い越していったのがオリンピック代表選手だったとしてもです。
絶対にかなわないとわかっていてもです。
これは
負けず嫌いという性格とは少し違う
自分にとっては
子どもの頃から鍛えられてきた
闘争心の名残りみたいなもので
期間の長短に関係なく
ストイックに勝つことに向かって
スポーツなどをやった経験がある人なら理解してもらえると思います。
たまには
その闘争心のおもむくままに
ムキになって追いかけてみたりしますが
追いかけて振り切られた日には
それがじゅうにぶんに予想された結果だったとしても
現状を突きつけられるのでキツかったりするので
無謀な勝負をしないことのほうが圧倒的な多いのですが
その考え方がまた
イヤだったりもします。
そして
そんな中
最も重要視しているのが
どのようなヒトに追い抜かれたかってことです。
小学校四年生くらいの男の子
スポーツウェアがバッチリ似合っていてメタボとは無縁の身軽さ
まるでゴムボールが弾むような軽々しさです。
オヤジの意地を見せつけたいところですが
それじゃぁ大人げない(笑)
いや、それ以前に勢いが違い過ぎます。
次に横を通り過ぎたのは女性のランナー
たぶん、ぼくよりもかなり先輩のようです。
でも走り方やウェアのチョイスと着こなしで
にわかランナーではないことはわかります。
このような方に追い抜かれるのは、悔しいのですが、ありがたいです。
それは、自分のペースのものさしになるからです。
普段自分が刻んでいるリズムとテンポの検証になります。
歯を食いしばって加速しようとするときに発生する負荷への
肉体的、精神的な対応能力がわかるからです。
悔しさをポジティブに変換してモチベーションをプラス方向に積み上げるのです。
しかし
まれに
ココロがポキリと音をたてそうになることがあります。
たいへんふくよかで、いかにもにわかランナーさんに
アッサリと追い抜かれたりするときです。(笑)
こんな風に
ややもするとつまらなくなる可能性ぁある
単純な繰り返しであるルーティンを楽しんでいます。
そして
マイペースは
それを検証するすべを持っていなければ
ただの
自己満足になってしまう
可能性があるということです。
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