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どれもまばゆいばかりに輝いている
その輝きが、心に光をもたらしているのも本当だ
だが、その光のせいで、心に影が出来てしまうことも
紛れもない結果かもしれない
星の数を増やせば、影が無くなると
そう思って増やしてはみるものの
光の数だけ、影の部分が増えてしまったり
なかなか、思うようにいかないなぁ・・・・・・
ただ単に、そこに聳え立っている、それ
何故、どうして、なんてことは
それ、には関係のないことだし
確かに言えることは、間違いなく
そこに、それが存在しているということだ
大切なもの、それが、そこに
存在しているということだけを
素直に見つめることが出来たなら
かなり楽になるのだろうけど
そんな単純なことが、
単純だからこそ、難しい
だから、地球上のどことも
繋がっている
そこに浮かぶ雲は
自由に、好きなところに飛んでいける
地上では、さまざまなものが邪魔をして
自由でない二人でも・・・・・・
空の上では・・・・・自由に、なにものに縛られること無く、単純な存在として、そこにいられる
成し遂げられないはずのないものも
成し遂げてしまうだけの力がある
手段が何も無くなったと思って
悲観にくれる必要はないのかなぁ
最終手段の時というものが
必ず残っているから
それが有効かどうなのかは
時が過ぎ去ってみないとわからないし
だから、おとなしく時に身をゆだねることにしようかなぁ
思ってなかった
でも、しらないうちに、自分が
がんじがらめになってきてた
どの段階でなら、後戻り出来たんだろうか
今となったら、もうわからないし
もう、どうでもいいことだ
今は、ただ、からまった糸をどうしたらいいのか
ゆっくりと、考えていようかな
どれだけ心を焦がしてきたのだろう
只、待つ、それは時間なのかもしれないし
人なのかもしれない
物事なのかもしれない
これほど、受動的な行為が他にあるだろうか
ただただ、何かに自分をゆだねるという
その行為が、こんなにも自分を支配してしまうなんて
出来れば、喜びを待ち続けたいものですね・・・・・
また新しい風景が見える
覗いている窓も、ひとつの風景なのに
その向こう側にある風景は
窓とは関係なく、そこに広がっている
自分の心のありかたによって
みえ方が違う風景
だけど、本当は何も違わない風景
どちらが、その風景だといえるのか
いつも迷うときが多い
今日は昨日と違った一日であって欲しいと
何度思いながら、朝を迎えたことだろう
でも、今日も、いつもと変わらぬ夕日をみつめている
そうして、一日一日が重ねられていって
より深い彩りになっていく
それが人生であり
それが自分なんだろう・・・・・・・
世界の足元に一輪の花が
世界という単語がついている建物の傍らに
世界などという単語とは無縁な花が咲いている
スケールが違いすぎる、この二つのものが
ごくごく、そこにそうやって寄り添っているのが
あたりまえであるがのように
調和して存在している
何と何の間に、何があるのか
いったい、その壁だとか距離だとかは
誰が決めているのか・・・・・・・・・
ありもしないそれらの影におびえているのか
誰が何も思わなくても、やはりそこに
その壁が横たわっているのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







