「聖護院門跡の名宝」開幕しました。弊社も協賛です^^ | 創業280年★京都の石屋イシモの伝言

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◆京都の石屋 石茂 芳村石材店◆部録/石のセレナーデ
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弊社芳村石材店も協賛している、「聖護院門跡の名宝」展が、
昨日、3月21日に開幕した。その内覧会へ一昨日、行ってきた。

内覧会などあまり行った事が無く、よくあるメーカーの社内販売
くらいのつもりで、気楽に普段着で行こうかと思ってたが、
お呼ばれでもあり、一応、ジャケットにネクタイは絞めて行った。

スプリングコートをひっかけ、原付でバタバタ、西本願寺前の
龍谷ミュージアムへ向った。すっかり春めいて、風もヌクヌクイ。

                                       

聖護院さんとは、昨秋に行われた「開山・増誉大僧正900年遠忌」
の為、岩倉に新しく山林を切り開き、大僧正の聖地を再興する事業に
呼ばれて、私が基本設計し、完工させて頂いてからのご縁である。

叩きのプランは、6年以上前にプレゼンしていたが、ゼロからの
スタートだったので、無論、話は二転三転し、プランも練り直した。

旧聖地の現状調査、新聖地候補地の調査、基本プラン設計、地域の
方々との話し合い、コンサルタントとの協議、役所の許可に関わる
一連の相談と大量の書類提出等の準備段階から、実際の石材加工、
土木施工、そして各種の石建築工事の施工管理と、検査、等々…

一つずつの課題をお寺の指示を仰ぎながら調整し、組立、乗り越えて
きたが、このような本山修験宗総本山の歴史に残る、石建築工事に、
深く関わり、ご信頼を頂いた事に、今も心から感謝していて…

そんな思いが強く、今回、この展覧会に喜び、ご協力させて頂いた。



会場では既に、多くの一般見学の人々やプレスが集まっていた。

受付で参加証代りの封筒を渡すと、大きな赤い花の来賓用リボンを
胸につけられ、正面のひな壇の席に、ズラッと並ばされる事となった。

自分は大勢の見学者に紛れ、後ろに立つ気、だったので、慌てた。

共催、後援、協賛会社の代表者、15人程の列の端にチョコっと座り、
他人と同じ様に、スーツを着て来なかった事を、後悔している。

約30分程で、テープカットと共に、式典も終わり、いざ、会場へ。
1階から3階までの階段を。少し荒くなる息を抑えながら、移動した。


                   ◆

此処、龍谷ミュージアムは、社会に開かれた大学の実現を目指す、
龍谷大学が創立370周年事業の一環として、約4年前に開館した
仏教総合博物館である。と、広報されているが、なるほど、

展示品も、大谷探検隊やチベット仏教を特集したり、関連の館長
セミナーを行ったりと、私も好きで何回も通っている博物館だ。

今回の「聖護院門跡の名宝」の展示は、3階が不動明王、役行者
などの木像が主となり、2階では聖護院の襖絵が展示されている。

私の関心は3階の木像だが、役行者は過去に、不動明王は現在進行
で石造彫刻の仕事に関わっていて、目の保養に大変、良い。

さらに今回は、珍しい三宝荒神の立像が展示されていたが、お姿の
素晴らしさをじっくり拝見し、心は、春爛漫のヌクヌクイさである。

そして、2階は聖護院で、今も使われている襖の障壁画を展示。

聖護院は江戸期に何度かの大火に合い、建て替えや移築がされて、
1676年に、現在の場所へ、寺院を構えることになった。

その後、1788年の大火では災難を免れたお陰で、内裏の焼けた
光格天皇が三年程、門跡寺院である聖護院に住まわれたと聞く。

その縁もあり、聖護院では、江戸期に豪華な障壁画が多数描かれ、
今も、色彩と勢いの美しさを遺した、作品を拝見できるのである。

 

百聞は一見にしかず。何より門外不出の聖護院門跡の名宝の数々
を、ご自身の目に、とくと、保養して頂く事をお薦めしたい。

                  ▼
「聖護院門跡の名宝」修験道と華麗なる障壁画
場所は、龍谷ミュージアム。会期は2015年5月10日(日)
詳しくは、以下のホームページをご覧ください。
http://museum.ryukoku.ac.jp/exhibition/sp.html

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