インド仏跡巡礼(34)聖地ベナレス③/ガトーの夜明け | 創業280年★京都の石屋イシモの伝言

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ベナレスの朝は早い。朝5時、まだ空は暗く、ゾクっと、冷たい。

私は、聖なるガンガーで毎日、夜明けに行われる沐浴を観る為、
ホテルを出て、生あくびを噛みしめながら、バスへ乗った。

沐浴ツアーは人気があり、年間100万人の観光客が来ると云う。

バスは15分ほど走り、ガトーへ進む道路脇で停まり、降りた。
ここにきて、長旅の疲れがでたのか、目覚めが悪く、足取りも重い。

                        ◆

ベナレスは、長い歴史の中で幾度も、戦火にまみれ、様々な王朝
に支配されながら、破戒と再生を繰り返してきた、聖地である。

その為、狭い路地が迷路みたいで、要塞都市を思わせる、独特の
街風景で有名。だが、今の時間は、表通りでもシャッターを閉じた
店が多く、路地の奥を覗いても、不気味に暗いだけである。

朽ちた中高層のビルが、被さる道路では、黄白色の灯が眩しく、
怪しい光を浴びせながら、河へ急ぐ人々を浮きだしている。

頭の芯がボーっとして、まだ夢の中ような、不思議な感覚で、
目に映るものに、あまり現実味がない。

 

黄白色の画面の中で、断片的な映像が脳裏に焼きつくようだ。

屋台に群がる人、路上でしゃがむ人、横たわる人。痩せた野良犬、
ジッと見つめる野良牛。此処では、人と動物の目の高さが同じだ。

道端の焚火に踊る炎、建物の中で揺れる、長い人の影。
意味不明なヒンドゥー語のざわめき、酸味の強い街の臭い。

 

嫌でも、聖地ベナレスの躍動感が高まり、押し寄せてくる。
あらがえぬ衝撃に、押し出されるように、ガトーへ走った。




ガトーとは、河沿いに続く、大きな階段状の沐浴場である。

が、そのまま舟の乗り入れ場でもあり、水浴びの階段でもあり、
衣服や身体の洗濯場でもあり、火葬場と遺灰の流し場でもある。

言わばガトーは、ヒンドゥー教徒の生活の「場」、そのものだが、
ガンジス河の西岸沿い、約6.4kmの間に、84箇所もある。

このガトー際いっぱいに、巨大な歴史的建築物の寺院や宿泊施設
が犇めき、人が蠢き、混沌かつ、特異な聖地が構築されている。

ヒンドゥー教の寺院数だけで、大小1500近くあると云うから驚きだ。



此処では毎朝、インド内外から集まったヒンドゥー教の巡礼者が、
夜明けと共にガトーから下り、河に入って、沐浴が行われている。

聖なるガンガーで沐浴すると、全ての罪業は浄化し消滅する。

 

沐浴は朝日に向けて、聖水であるガンガーの水を両手でかかげ、
祈りながら、身体にかけて浄めるのが、最良とされている。

それ故に、ベナレスの朝は、沐浴と共に始まるのである。

また、ベナレスで死に、ガトーで焼かれ、遺灰をガンガーに流せば、
何度も苦しい人生を繰り返す「輪廻」の輪から逃れ(解脱)られる。

と信じられて、ベナレスに移り、最期の時を待つ人も多い、と聞く。



ガトーでは、沐浴に集まった巡礼者と共に、日の出を船の上で
見学する目的で集まった観光客で、ごった返していた。

上半身は裸、白い布を腰に巻き、入水をはじめる、褐色の男達。
女は長いサリーを纏い、膝まで浸かり、手を合わせ、祈っている。

長い髪と髭、全身に白い灰を塗した、サドゥーと云われる修行者。
金を貰い、レンズの前でポーズをとる、似非サドゥーもいる。

水上では、客を乗せた幾艘もの、木製の手漕ぎ舟が浮かび、
ぼんやり開け始めた空色に、急かされるよう、一斉に岸を離れた。

私が腰かけた、二十人乗りほどの舟も、ゆるりと上流へ向う。

 

途中、花売りの舟が近づく。錆色の花びらと蝋燭を飾った、
小さな器を、乗客の何人かが買い求め、火が灯された。

舟から川に手を伸ばし、放たれた花の器は、精霊流しの様に、
鼠色の水面をスーッと、ほのかに照らし、下流へと消えた。

やがて東の空が、雲の間に、青く赤い光を導くと、対岸の霞んだ
森から、大きな茜色の陽が浮上し、みるみる周りを染めていった。

  

ガトーで、河の中で、船上で、建物の中で、男も女も、老人も
子供も、人種も超え、祈る人々の、無数の視線を釘づけにして…

聖地ベナレスは、荘厳で美しい、光に満たされ、明けていった。

 


インド仏跡巡礼(35)へ、続く

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