京都検定ファンBLOG

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詳しくは、3月6日 の記事をご覧くださいお・ね・が・い
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テーマ:

ペンネーム:京田辺のアラ古稀一休

 

今年は、新町通り四条上ルにある放下鉾を中心として、「鉾建て」で釘などを使わず荒縄を使って固定する「縄がらみ」といわれる工法による鉾建て現場を見に行きました目
 山鉾巡行の4日前では、組み立ても終盤で、「鉾建て」と「曳き初め」の準備が行われていましたが、早くも多くの人出があり、鉾の周辺は老若男女でごった返していました人(オレンジ)人(イエロー)人(パープル)

 

 

放下鉾は、下記のとおり真木の天王座に放下僧(僧形の雑芸者)の像が祀られていることに由来しているようですが、かなり高い場所にあるため今まで気が付きませんでした電球


 

 

鉾の各部にはいろんな名称があることが、配布されたパンフレットで説明していました無

 

破風と天水引

 

下水引

 

胴懸と「縄がらみ」の作業中

 

伝統の「縄がらみ」の縄と結び目の見事な美しさにしばし見とれました目


 

 

こちらはエビの形の結び目のようですエビ

 

 
美しい「縄がらみ」に見とれていますと、そばの売店から「ビールどうですか」と声がかかり、若い美人の売り子に勧められたため年甲斐も無く気が変わり、買ってしまいました小判しかし、暑い中でのビールは最高でしたビール
新町通りを四条まで下がっていくと、船鉾が見えてきましたが、周囲の若い女性の「カッコいい」の声につられて船鉾を見に行きました船正面から見ると一層の勇壮さに驚きましたびっくりすでに船の上や周囲には大勢の人が集まり、近づくことができませんでしたざんねん

最後は、「くじ取らず」で巡行では常に先頭を行く長刀鉾を見に行きました長刀

 

船鉾(左)と長刀鉾(右)

 

 

長刀鉾の破風前部
 

 

破風後部
 

 

なお、鉾頭の長刀は刃が八坂神社と御所の方には向かないように取り付けてられているようです神社
 今回は、「縄がらみ」や「曳き初め」を見たくて巡行の4日前に見学に行きましたが、時間の制約から「曳き初め」は見られなかったものの、作業中の「縄がらみ」の一端を見ることができましたテンション高↑↑↑それにしても4日前にもかかわらず、人の多さに改めて驚きました!さすがは祇園祭ですはっぴそして、鉾の細部までじっくりと観察できたのはこの時期だからこそでした。
しかし、周辺の気温は34度、やはり祇園祭は「暑おすなー」の挨拶が似合うようでした太陽

 


テーマ:

ペンネーム:京田辺のアラ古稀 一休

 

今年の「京の夏の旅」の中から、御室にある旧邸御室を見学してきました目昭和12年に建てられた500坪の敷地に立つ数寄屋造りの邸宅だそうです。現在は国の登録有形文化財に指定されています日本
 ちなみにこの邸宅は、現オーナーの父である山三製作所社長の山本三夫氏が大手酒造会社役員の四代目阿部喜兵衛氏から購入されたとのことです買い
 そして二代目阿部喜兵衛氏は、連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなった竹嶋政孝氏をスコットランドへ送り出した人だそうですスコットランド

 

 仁和寺前で市バスを降り、仁和寺の三門を背に京福電鉄御室駅まで下がっていくと、駅前には案内看板がありました道しるべ
 
 

 

御室駅を南に過ぎて3つ目を西に行くと目指す「旧邸御室」がありましたはっ

 

 

大広間では、「庭鏡」ともいわれる、座卓に庭の木々が写り込む風景の美しさに圧倒されました木

 


日本庭園が檜の座卓にまるで鏡のように映っていました手鏡

 


庭に降りて階段を登って行くと茶室「双庵」があり、背景の双ヶ岡にも行けるようでした階段

 


茶室から主屋を見ると、庭に出る敷石の鞍馬石の配置と大きさにあらためて立派な様子がよく分かりました日本茶

 


茶室「双庵」からは御室の山を眺望することができましたオペラグラス

 

 

主屋に戻り、欄間の富士山や、琵琶床を見学し、昭和初期の意匠に感動しました富士山

檜の座卓は、角度を変えると掛け軸をも写していました掛軸

 

また、浴室のガラス戸には、保津川下り様子が描かれていました川ガイドさんに見学を勧めていただきましたが、趣のあるガラス戸にしばらく見入りましたきらきら!!

 

 

庭には15の灯籠があり、日本庭園の情緒を魅せていました灯籠

 

 

帰りに、玄関前の道を東に突き当たるまで歩くと、琳派の尾形光琳の実弟である尾形乾山に影響を与えたといわれる陶工 野々宮仁清仁清窯跡の石碑がありました筆残念ながら現在、窯跡はなく石碑だけが往時を偲ばせていました涙

 

 

 今回は珍しく写真撮影は室内外ともOKでしたので、美しい「庭鏡」などが撮影出来ましたカメラまた、昭和初期の高貴な郊外邸宅が静かな周辺の住宅に溶け込んで、あたり一帯がいかにも京都らしさを醸していました京都
 そして、以前から探していた陶工 仁清窯跡を訪れることもでき、大いに満足して帰路につきましたGOOD

 

 


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ペンネーム:山科のNanibah

 

3月下旬の暖かい春の日差しを浴び、蹴上インクラインを堪能しました桜インクラインは写真を撮る人で賑わっていますカメラ SP日本語だけでなく中国語や韓国語も飛び交っています♪*

 

 

蹴上ではねじりまんぽも隠れた人気ですびっくり!!ねじりまんぽは強度を高めるために内部のレンガをらせん状に積み上げたトンネルですレンガ1888年に建設され、当時の知事の北垣国道作の扁額を見ることができますきらきら表の東海道側の粟田焼の扁額は「雄観奇想」(見事な眺めと優れた考え)という文字がはっきり見えます目

 

 

一方、裏側の扁額は劣化し、文字がほとんど消えています消える陽気発処」(ようきはっするところ)と書いてあったそうですが、現在はかろうじて「陽」が読めるのみです。「朱子語類」の「陽気発処 金石亦透 精神一致 何事不成」(陽気が発生すると金石すら貫くことができる。人も精神を集中すれば何事も成し遂げられないことはない。)が出典とのことパカッ陽気発処」がぴったりのお天気ですが、文字の消えた扁額を眺めるみなさんの顔は残念そうでした涙

 

 

丘の上には大学の卒業論文が北垣知事の目に留まり、知事の依頼で琵琶湖疏水事業を担当した田辺朔朗の像があります人若くして大規模な事業を任された田辺朔朗は非常に優秀な土木工学専門家だったようですおお彼は知事の娘さんと結婚しています指輪どんなロマンスがあったのか、そのストーリーも知りたいですね本

 


丘から涼しげな山道に入って上って行くと、知る人ぞ知るパワースポット、日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)がありますやま。。。人の多いインクラインとはまったく異なり、ひっそりと静まり返っています。

 


神宮の池はいわばビオトープです池虫が気持ちよさそうに泳いでいましたむし

 


日向大神宮の内宮には天照大御神宗像三女神がお祀りされています太陽内宮のそばには神様が降りてこられるという影向岩(ようごいわ)がありますヒト

 

 

影向岩の横の細い坂道を上ると、天の岩戸に着きます。中の小さな戸隠神社は天の岩戸をこじ開けた力持ちの天手力男神(アメノタジカラオノカミ)をお祀りしたものです筋肉この岩戸をくぐりぬけると穢れが祓い清められ、開運のご利益が得られると言われていますお守り

 

 

日向大神宮から日御山(ひのみやま)に上ると、伊勢神宮遙拝所があります。伊勢まで行けない人はここから伊勢神宮を拝むことができるというありがたい場所です拝む

 

 

日御山からの眺めはすばらしく、霞がかかってはいましたが、平安神宮の赤い鳥居が見えました神社

 


山道を下って、東海道を東に進み、山科疏水沿い歩道に入りました。疏水沿いで、日本最初のコンクリート橋と言われる小さな橋を見学橋この橋も田辺朔朗が設計したとのことですナイス

 


疏水沿いのもきれいです。観光客がほとんどいないので、ゆっくり堪能できましたあしあと

 

 

疏水沿いには天智天皇山科陵(てんぢてんのうやましなのみささぎ)があります。疏水側(裏)から見ると鬱蒼とした森なのですが、表から見ると立派な御陵ですき手入れが行き届いていて、宮内庁がきちんと管理しているものと思われますほうき

 

 

天智天皇藤原鎌足とともに蘇我氏を倒し、大化の改新を推し進めた方で、百人一首では「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」という和歌が有名ですね百人一首爽やかな春風の吹く緑豊かな御陵で天智天皇の時代に思いを馳せながら、ゆったりとした時間を過ごすことができましたはなまる


テーマ:

              ペンネーム:京田辺のアラ古稀一休

 

4月になってから、訪れる人があまり多くなく地元の人に愛されているを見に、地下鉄の鞍馬口から寺の内通り周辺を散策しました地下鉄マークこの辺りは日蓮宗のお寺が集中していますが、このうち本法寺妙覚寺妙顕寺、そして烏丸通りの東側の御霊神社、最後は洛外ですが北大路橋上流の半木(なからぎ)の道まで足を延ばしましたペタ

本法寺は本阿弥家の菩提寺ですが、長谷川等伯ゆかりの塔頭があることでも知られていますぎくっ多宝塔前のは丁度見頃でした○(まる)

 


 

妙覚寺は本能寺とともに織田信長の上洛時の宿所だった所ですが、隠れた桜の名所だとのTV報道もあり、今回の散策の目的でもありましたが、聚楽第の裏門を移築したと伝わる大門前のは残念ながら、やや見頃を過ぎていました涙

 


 

大門前の


妙顕寺は法華宗最初の勅願寺で、尾形光琳、乾山の墓地もあるお寺ですお寺山門前のは丁度満開でしたc.blossoms*

 


 
本堂前で鐘楼前でもある枝垂れ桜は特に見ごたえがありましたキラキラ
 

 

鐘楼前の枝垂れ桜

 

御霊神社は、桓武天皇が平安京の守り神として崇道天皇( 早良親王)を祀ったのがおこりですが、応仁の乱の発端の地でもあり、昨年細川護熙元首相が揮毫された石碑も建立されています石碑
 

 

応仁の乱発端の石碑

 

半木(なからぎ)の道のは、平安神宮神苑と同じく「紅八重枝垂れ桜」で、満開近しの状況であり、多くの人が訪れていました人
 

 

今回は、半木(なからぎ)の道以外は、静かな落ち着いた雰囲気でゆっくりを鑑賞できる、隠れた桜の名所であり満足できる場所でしたGOOD何よりも人出が多くないが、見ごたえのあるを見られたのが良かったと思いましたはなまる


テーマ:

ペンネーム:山科のNanibah

 

3月25日に小野小町ゆかりの随心院はねず踊りを見に行きましたゴー

 

見たのは3年ぶりですが、観客が以前よりも格段に多くなっていました。午前の部(11時)を見るために7時ごろから並んでいた人もいたようです列私は10時半ごろ着きましたが、なんとか座席を確保できましたチェア

 

はねず踊り踊るのは小学生の女の子たち。この日のために半年練習したそうですショートヘアちょっと緊張した面持ちの子もいましたが、みんな可愛らしく、優雅に踊っていましたヤッホー

 

 

はねず」はしとやかな薄紅色で、随心院梅の花も「はねず」と呼ばれていたとのことです赤梅小野小町に恋い焦がれた深草の少将は百夜通いをして九十九日目に命が尽きたという伝説がありますが、はねず踊り歌では、少将は九十九日目に大雪が降ったので自分の代わりに他の人に行かせたため、小町に会うことがかなわなかったというちょっと面白いストーリーになっています本

 

はねず踊りは一時途絶えていましたが、現代にこの伝統を伝えたいという小野の里の方々の熱意により昭和48年に復活したのだそうです炎

 

はねず踊りの次は今様です。白拍子装束の若い女性たちが可憐に、時には雄々しく舞います!!はねず踊りを卒業してから白拍子の踊りを学んだ女性もいるようです鉛筆

 

 

最後に会場を湧かせたのは京都瓜生山舞子連中による石見神楽大蛇(おろち)」でしたへび大蛇」はスサノヲノミコトがヤマタノオロチを退治する様を表したものです伝説の剣

 

スサノヲノミコトの勇壮な姿もすばらしかったのですが、会場の皆さんの目が釘付けになったのは赤、白、黒、緑の大蛇の舞です。目大蛇たちはくねくねと蛇腹をコイル状に巻いたり、お互いの蛇腹を巻き付け合ったり、高度な業を披露してくれましたねじ体力と高度なテクニックが必要な舞です。蛇の演者に中に女性がいることが分かって、会場から感嘆の声が上がりましたおんぷ

 

 

この日は随心院の梅園も大盛況でしたぱちぱち梅の花が青空に映えてとてもきれいです空

 


雪柳やレンギョウも花盛りでしたきらきら

 

 

随心院には小町が装いを整えたという化粧の井戸があります井戸水面を鏡として姿を映していたのでしょうか手鏡

 

 

深草少将など小町に恋をした男性たちから送られた文を埋めたと言われる文塚も林の中にひっそりと残っています手紙

 

 

小町は深草の少将が通う日数を榧(かや)の実で数えたと言われていますが、小野の里では今も榧の木が大切にされています椿の実

 

 

榧の実は外見がアーモンドに似ていますアーモンド榧の実は縄文時代から食用にされてきたとのことですお食事後の時代には油を搾って、食用油だけでなく灯火油や整髪油にも使われたそうですびっくり

 


ミス小野小町おすすめの青竹に入った「はねずういろう」をお土産に買って帰りました竹米粉ではなく、寒天と黒砂糖で作られていますぐぅ~。素朴なやさしい味でした○(まる)

 

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