瑣末な事件簿。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.


 今夜はアホなお買い物幻想を書いていたら、事件が発生したので中断した。それは明日にして、リアルタイム事件簿に変更。

 痴漢がきて体を触ろうとした、と娘が家に駈け込んできたので、人相を聞き、警察に連絡しろと告げ、寝間着で飛びだした。
 暫く走り回ったが犯人らいのは見つからなかった。
 警察に通報させたのは、瑣末な事件だし娘の記憶も大雑把すぎるから犯人は捕まらないだろうが、下の娘が今夜はテレビ番組のエキストラ遊びに行っていて、まだ帰らないためだ。せめて今夜のパトロールを強化させよう、という思いつきの方策である。
 こういう事件の場合、被害届を出すか出さないか、かなり悩むものだろう。私は怪しいらしいので職務質問はされるし子供の頃は何度か補導もされたし警察の知人もいて、警察の危なさは薄々感じているが、どうも被害者に対する聴取を見聞きすると、被害者の傷をいよいよ深くするような傾向がある気がする。
 ちょっと前、うちの前に四台のパトカーが来て、市警の保安官と警察官三名が娘を取り囲んで事情を聞いていた。小声でひそひそと話していた。娘はうつむき加減であまり口を開かなかった。ご近所の奥様方も出てきて御迷惑をお掛けして心苦しかったが、ま、仕方ない。
 それから市警の保安員と言う人が私のところに来て、「これから現場検証した後、娘さんに署の方に来ていただき、届けを出していただくことになりますが、よろしいでしょうか?」と言う。
 これに、驚いた。
 「なんで、今し方、怖ろしい思いをした娘を、夜中に警察署に連れて行って事情を聞かなきゃならないんだね。現場検証は仕方ないとして、手続きなんて明日で良いだろう」と言うと、「それは、娘さんの気持ちが落ちついてからでもけっこうです」と応えた。
 ならば、なぜ先にそう言えないんだろ、と呆れた。
 先刻の様子とこの言を思えば、被害届を出すと面倒ですから、瑣末な事件くらいでは出さない方が良いかもしれませんよ、と暗に助言しているように想像される。
 どんな聴取をすることになるんだと問うと、若い娘さんには少し辛いような話もしてもらわなければならないかも知れない、という。書類を作成するには、必要なのだと。
 それは、事件が確かに事件であるのか、を厳密に確認し公正を期するためには必要と言うことだろうから、必要ならやるべきだが、あえて人間の心の深い部分まで傷つけるかもしれないところまで問う必要があるのか、疑問を感じる。
 もっとも、高が知れたくだらないことで傷つくことも少なくないし、誰が何を重視して生きているのか、他人にはわかるものでもないから、その尺度を規定するのは極めて難しいが、その尺度を探ろうという努力がなされているようには思えない。なぜ、怖ろしい思いをしたばかりの娘に、深夜に、パトカーに乗って「署に来て、辛いかも知れない話をして、面倒な被害届を出す手続きをしろ」と言えるのか、その神経がわからない。
 この人々に娘を任せるのは不安でならないので、暫く考えることにすると告げた。
 別に警察に頼ろうという気はない。もし後少し出来事を知るのが早くて、犯人を捕まえていれば自分の手で始末できたのに、と惜しまれてならない。
 現場検証しに行っていた娘と妻が、さっき戻り、警察官が私と話したいそうだと呼ばれた。
 「どうでしょう、われわれもパトロールを強化しますが、娘さんも充分に注意してもらうと言うことで」とか言う。この人たちでは、人間を守れないな、と感じた。
 「はいはい、ご苦労さん。パトロールをお願いしますよ」と告げた。
 それ以上、なにも言う気になれない。

 自分がこの警察の人間だったなら、どうするかな、と考えた。
 まず、娘を拉致して自分の車かバイクに乗せて、ドーッと走り出す。車よりバイクが良いかな。
 事件発生からまだ二十分も経っていなかったはずだから、犯人が移動できるのは自転車でも数キロ、車だと手遅れかも知れないが、まさか検問を張るわけにもいかないだろうから、自分で走るしかない。
 こんな瑣末な事件なら、走りながら事情を聞けばいいだろう。現場検証なんて、後で良い。
 できれば何台か走らせて無線で犯人の特長を連絡し、似た奴を片っ端からチェックさせようか。
 瑣末な事件のために、わが家の前にパトカー四台に乗り九人くらいの警察関係者が来て、他に二台くらい近所をゆっくり巡回していたようだ。その人数をバイクに乗せて走り回らせれば、瞬く間に犯人は見つかった気もする。
 で、疑義濃厚な奴を絞り込み、そいつのところへ娘を連れて行き面通しさせよう。
 当たればラッキー。外れれば徒労に過ぎないけれど、発生間もない現場付近で状況確認しているよりも手っ取り早い気がするし、何よりも、手続きがどうだこうだとのらくら語っているよりも、被害者の辛い気持ちに応え得るのではないか。
 私は理屈愛好家だけど、理屈の前に行動してヘマをする。が、それで良い。理屈は情動と同時並行してついてくる。武の稽古と同じだし、代筆も同じ。理屈がない情動は最悪だが、情動すらない理屈なんてカスである。とか、ちと腹が立った。
 とか書いていたら、タクシーで来いと命じた下の娘が帰宅した。これで眠れる。シーザーもさっさと寝ろと怒っているが、目が覚めてしまった。