Y!Japan Y!辞書 Google Wikipedia 雅虎 谷歌 Y!Korea Amazon
『ドラえもん』の原作スタートからの9年間I、II、III


私が『ドラえもん』を主に観賞したのは原作メインであり、しかも、原作が始まってから、今のテレ朝版アニメが始まる前の70年代初め~79年春までの期間であった。
『コロコロコミック』が出たときも小学生であったし、79年のテレ朝版のスタートもテレビと『コロコロ』で事前に知っていた。このときの感想は「『ドラえもん』のアニメは前、あって終わったのに、またやるのか」「前とチャンネルが違うんだな」というものだった。
つまり、30年前のテレ朝版『ドラえもん』アニメのスタートは、当時の私(または同世代の人たち)にとって、一度終わったもののリメイクであった。決して1979年のアニメがアニメ『ドラえもん』のスタートではない。私にとってはあくまで79年からのアニメは「2作目」である。

この1979年当時のアニメと特撮の流れはよく覚えているのだが、『ルパン三世』『仮面ライダー』『新巨人の星』『ウルトラマン80』など、かつての作品が次々とリメイクされ、『ドラえもん』のテレ朝でのリメイクもその流行に乗ったものに見えた。
そのとき、小学5年、6年になっていた世代は、すでにこれらが作り物であることを熟知しており、むしろ過去の作品と比べて新作を批判するくらいの皮肉な目を持つところまでに行っていた。
すでに73年のアニメではドラえもんの声は途中で男から女に変わっていた。あとでそれは富田耕生から野沢雅子になったことを知った。そのあと、5年余り、原作を読んだあとで、79年の大山のぶ代の声は私にとっては3人目である。
私から見れば、有名な大山のぶ代によるドラえもんの声も、所詮は「あとからの付け足し」である。

私のように1978年までの数年間、『ドラえもん』を原作のほうで楽しんでいた世代は、その間、漫画の中のドラえもんやのび太、静香、ジャイアン、スネ夫の声を頭の中で想像(創造)していた。その蓄積が充分できあがった時点で1979年の「大山ドラ」が始まったのである。
当時、ドラえもんが大山のぶ代の声でしゃべり始めたとき、それを聴いた私は正直、「この声は合わない」と想ったものである。
特に「大山ドラ」で源静香の声が野村道子になったときは、さすがにミスキャストだと想ったものだ。いつか声優がまた変わるだろうと、メンバーチェンジを待っていたら、いつのまにか四半世紀が過ぎていたわけだ。今のかかずゆみの声でやっと納得できる源静香の声になった。

これは「大山ドラ」のアニメが原作とセットで世間に普及したときに生まれ育って本作を観始めた世代には、おそらく理解できない感覚であろう。物ごころついたときにすでにテレビ朝日のアニメで『ドラえもん』が放送されており、しかもそのドラえもんが大山のぶ代の声だったという世代は、初めからドラえもんが大山のぶ代の声、静香が野村道子であるというように「洗脳」されているわけだ。
この人たちにとっては2005年春の声優交代は、おそらく生まれて初めて経験する「ドラえもんの声変わり」だったはずだ。だから今でも「今の声にはなじめない」と言う人もその世代に多いだろう。

こちらは「水田ドラ(わさドラ?)」にある程度慣れてきたので、もはやドラえもんの声が大山のぶ代だったころの『ドラえもん』は遥か遠い過去のように想えるし、画面がドラえもんで声が大山のぶ代だったころの映像を久々に視聴すれば違和感を覚えるだろう。むしろ、最初にドラえもんが大山のぶ代の声でしゃべるのを聴いたときの違和感をつい昨日のことのように想い出すだけだ。