みなさんこんにちは。前回からの続きです。
今年5月で開業から100周年を迎えた「近鉄生駒線・旧東信貴鋼索線」。
大阪・奈良府県境を成し、古くから霊峰として崇められていた「信貴山(しぎさん)」へ向かった鉄道網にまつわる歴史に触れるべく、現地を巡った訪問記をお送りしています。

信貴山を「西信貴鋼索線」で下ったところ、ここ「信貴山口駅(大阪府八尾市)」の構内を探索しています。

ちょうど、ケーブルカーに接続する「信貴線」の電車が到着。
2両編成の電車から下車した人々、その大半がケーブルカー乗り場へと向かって行きました。
列車は日中20分おきの運転、発車まで構内はがらんとした雰囲気になります。
「信貴線」は1930(昭和5)年12月、現在の近鉄の母体会社である「大阪電気軌道(大軌)」の手により開業した路線。「信貴山口駅」から「河内山本駅(同)」を結ぶ、全長2.8kmの支線です。近鉄ホームページより。

接続する「西信貴鋼索線」もその同日に傘下の「信貴山電鉄」により開業していることから、ともに、当時から大阪方面から信貴山への輸送を目的にしていたことがわかります。


それでは、この「信貴線」列車に乗り込みまして「河内山本駅」へ向かうことにします。
ほどなく発車。すぐにぐいぐいと勾配を下って行くさまが車窓からわかりました。
山すその「信貴山口駅」から、もうすでに大阪平野の住宅地が広がっています。グーグル地図より。
路線唯一の中間駅「服部川駅(同)」に到着。
車窓もすっかり住宅地というので、ホームで待つ人々も増えて来ます。
単線ですが、行き違いの設備がないので、一列車がひたすら往復するという「信貴線」です。

先ほどまで、あちこち探索していた信貴山が、徐々に遠くなって行きました。

府内外郭部の大動脈「大阪外環状線(外環、国道170号)」を高架で乗り越し。
「信貴山口駅」を出てわずか5分ほど。
単線を走り抜けますと、左隣に複線の別路線が近付いて来ます。大阪から奈良・伊勢・名古屋方面へと向かう、大幹線の「大阪線」です。

そして「河内山本駅」に到着。
くだんの「大阪線」との乗り換え駅です。

次回に続きます。
今日はこんなところです。