開業100周年を迎えた「近鉄生駒線・旧東信貴鋼索線」を巡り信貴山へ その33 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。

今年5月で開業から100周年を迎えた「近鉄生駒線・旧東信貴鋼索線」。


大阪・奈良府県境を成し、古くから霊峰として崇められていた「信貴山(しぎさん)」へ向かった鉄道網にまつわる歴史に触れるべく、現地を巡った訪問記をお送りしています。



ただいま「信貴山口駅(大阪府八尾市)」。
信貴山を「西信貴鋼索線」で下山したふもと側の駅。「信貴線」と接続しています。


ケーブルカーと、駅構内でL字型に接続している「信貴線」プラットホームにやって来ました。

日中は20分おきの運転で、信貴山へ向かう人々のアクセスという他に、周辺に広がる住宅密集地からの利用客も多いようです。




ところで、この「信貴線」側のプラットフォーム。小規模ながら、行き止まり式の立派な終着駅然としています。



2両編成がぎりぎり停車出来るプラットフォーム、それに架かる木製の屋根と、複雑な柱。
1930(昭和5)年12月に開業した時の建築がそのまま残されている、貴重なものです。



小ぢんまりとしてはいますが、いかにも古いターミナル駅という印象を受けます。戦前には参拝客が押し寄せた霊峰・信貴山、多数の利用に応えようとした、広々としたつくりです。


列車の到着まではまだ15分ほど。そういったことで、恒例の?駅構内観察を続けられます。
まず気になったのは、待合室の奥にある、柵で囲まれている不自然な空間。


待合室の中から望む。柵の向こうの敷地、なにやら、もう1線ほど線路が敷けそうなくらいの広さのように感じます。



プラットフォームの先端付近から。後付けの階段がありますが、どうにも不自然な空間です。


回れ右して、隣の「服部川駅(同)」方向を望む。単線の線路が、駅構内に差し掛かるところで緩いカーブを取っているのがわかります。



「信貴山口駅」到着直前の先頭車両から。線路はホームをはさむような形で左側へ、ぐいと曲がっています。



グーグル航空地図より。
上空から眺めますと、その様子が一目瞭然でした。この不自然な空間、かつてはここにもう1線の線路が敷かれていたようです。


昭和30年代までは、大阪市内のターミナル「上本町駅(現在の大阪上本町駅、大阪市天王寺区)」からこの駅まで、直通準急が運転されていたこともあったとのこと。



もちろん、信貴山への参拝客輸送を目的にしたものですが、往時にはやはり、多数の利用客があったことが窺い知れる遺構です。

次回に続きます。
今日はこんなところです。