JR岡山駅で見かけた「山陽新幹線岡山開業50周年パネル展」中編 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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みなさんこんにちは。前回からの続きです。



ここは「JR岡山駅(岡山市北区)」。

新幹線改札内で行われていた「山陽新幹線 岡山開業50周年パネル展」について、あれこれと取り上げています。




1972(昭和47)年3月の「新大阪〜岡山間」開業から50周年を迎えた「山陽新幹線」。

沿線の人々にとって、この「岡山開業」は念願の事であったことが、展示からは窺えます。



ところで、その中には当時の時刻表もありました。ここからは、その「岡山開業」直後の様子について、拾ってみたいと思います。



帰宅してから、手元に「国鉄監修 交通公社の時刻表 1972年3月号」を引っ張り出しました。
「新幹線岡山開業」に合わせ、全国的に大規模なダイヤ改正が行われた時のもの。


まずは「新幹線」ページより。
この頃「東北・上越・北海道新幹線」は未開業なので、タイトルは「新幹線」のみ。なんともわかりやすい。

東京・名古屋方面から「山陽新幹線」に直通する始発列車は「ひかり1号」です。
東京・岡山間は、4時間10分という所要時間。


そして50年後の「JTB時刻表 2022年3月号」より。列車本数が比較にならぬほど増えているのがわかるのですが、先ほどの「ひかり1号」と東京発の時刻で対になるのは「のぞみ5号」


興味深いのは、これらの所要時間の対比です。


     ひかり  のぞみ

東京発  06:15    06:15

品川発  未開業  06:22

新横浜発 通過   06:33

名古屋発 08:16    07:50

京都発  09:08    08:24

新大阪着 09:25    08:39

新大阪発 09:27    08:41

新神戸発 通過   08:54

岡山着  10:25    09:25


と、1時間も所要時間が短縮されていることでしょうか。

停車駅が増えているのにも関わらずですし「のぞみ」や新型車両の登場など、50年の間の技術革新というものはすごいなと感心します。

やはり、日本を代表する新幹線ならではです。



余談ですが「のぞみ5号」は、先ほどの「ひかり1号」当時の岡山着時間だった10:25頃というと、もうすぐ「新山口駅」に到着しようかというところ。


岡山はおろか広島をすっ飛ばして、山口も県の半分からに差し掛かろうとしているという…これもまたびっくりです。



ところで「山陽新幹線」は、この3年後の1975(昭和50)年3月に「岡山〜博多間」をさらに延伸、全線開業を果たすのですが、それまでの3年あまりの間は、この「岡山駅」が新幹線と広島・山口・九州方面への在来線が接続する、一大ターミナルの任を担うことになりました。



続いて「1972年3月号」より。
このダイヤ改正で、岡山までやって来た新幹線と、その先の在来線列車との接続時刻表。


岡山開業までは、その新幹線と在来線との接続駅は「大阪駅」または「新大阪駅」でした。

しかし、山陽・九州方面へ向かう特急や急行列車の多くが「岡山駅始発」になっているところを見ますと、接続駅の役割がここ「岡山駅」に移動したことがわかります。


ただし、鹿児島や宮崎、長崎ゆきの「なは」や「日向」「かもめ」などのディーゼル特急(九州内の幹線にはまだ非電化区間が残存していた)や、大分ゆき「みどり」については、引き続き京都・大阪を発着する形態のままなのが、気になります。

おそらく「新幹線乗り換えを要する時間短縮」よりも「乗り換えなしの在来線で遠方の九州各地までアクセス出来る利便性(寝台特急では特に)」がまだ強かったためではないか、と推測します。これは「東北・上越新幹線大宮暫定開業」(昭和57年6月)以降にも見られました。

いまでは乗り換えは当たり前ですが、この時代あたりまでは、地方都市から大阪・東京などの大都市へ乗り換えなしで直通する列車のステータスというものは、非常に高かったようです。




ただ、3年後の「博多開業」で「ブルートレイン」を除いたそれら長距離列車は博多、あるいは小倉接続にあらためられ、姿を消しました。

昼間の時刻表には、普通・快速列車のみに。
「1975年3月号」より。


見方によると、このダイヤというのはそういった考え方や価値観が変わる過渡期だったのかも知れません。いずれも、ブログ主蔵。


さらに、岡山からの「四国連絡」も新幹線開業の恩恵を受けたもののひとつです。

「岡山開業」までは、京都・新大阪・大阪から「宇高連絡船」が発着する宇野駅まで、直通の特急や急行が頻発しその便を図っていました。
これも、新幹線岡山の延伸で、運行区間は整理されるに至ります。


先ほどの「ひかり1号」からの流れを見ますと

(ひかり1号)
東京発  06:15
名古屋発 08:18
新大阪発 09:27
岡山着  10:25
(宇野線快速)
岡山発  10:38
宇野着  11:09
(宇高連絡船15便)
宇野発  11:17
高松着  12:17
(特急しおかぜ2号)
高松発  12:27
新居浜発 13:50
今治発  14:24
松山着  15:14

(急行あしずり4号)
高松発   12:32
阿波池田発 14:12
高知発   15:51
洲崎発   16:41
窪川発   17:30
中村発   18:10

と、こちらは新幹線開業後も「新幹線」⇔「宇野線」⇔「宇高連絡船」⇔「予讃・土讃本線」というように、乗り換えが3回も続きます。

互いの接続は良いのですが、新幹線が開業したと言えど、東京・名古屋方面からは、お四国へは半日、場所によっては丸一日旅行です。




この状況の解消は、それから16年後の1988(昭和63)年3月の「瀬戸大橋開通(瀬戸大橋線開業)」まで待たねばなりませんでした。2021(令和3)年11月撮影、高松にて。

四国各地からの特急列車が本州に乗り入れ、岡山駅の新幹線乗り換えで、四国の交通網は劇的に利便性の向上を成し遂げます。こちらも興味深い変遷です。

次回に続きます。
今日はこんなところです。