寺社仏閣と御朱印を巡る~その3 御香宮神社③(京都市伏見区) | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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みなさんこんにちは。前回からの続きです。

「寺社仏閣と御朱印を巡る」と題して、その第3回目をお送りしています。

今回お参りするのは、京都市伏見区の「御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)」です。 

 

 

かつて「伏見城」の大手門として使われていた表門を入ったところです。さっそく、立派な鳥居がありました。 


神社の創建は、いまから1100年以上前、平安時代初期の「貞観(じょうがん、859-887)年間」にまでさかのぼるようですが、境内の建築物は江戸時代に由来するものが多いようです。これについてはまた後ほど触れたいと思います。

 

 

例によって?鳥居の両足を拝見してみますと、「延享丁卯歳再立」の文字。


「延享(えんきょう)」は江戸時代の元号(1744-1748)、「丁卯」は「ひのとう」と読ませる干支に当たりますので、「延享4(1747)年」に再建されたもの、ということがわかりました。時は八代将軍吉宗の頃だったそうで、いまから270年ほど前のものに当たります。

 

 

鳥居をくぐりますと、緑に囲まれた閑静な参道が延々と続きます。では、その間に…

 

 

このシリーズでは毎度おなじみ「各駅停車全国歴史散歩27 京都府(森博著・河出書房新社刊 昭和53年11月初版 絶版)」から、この「御香宮神社」について拾ってみます。

 

御香宮神社

  桃山御陵から西へ、伏見の市街地へ下る道は、かつての伏見城の大手筋である。国鉄桃山駅から五〇〇㍍ほど、私鉄の近鉄、京阪の両駅のすぐ東側に、御香宮(ごこうのみや)神社がある。

大手筋に面して大きな門があるのは、伏見城の大手門であったという。

  この神社は、豊臣秀吉の伏見城築城のさいには移転させられていたのを、徳川家康の世になってから、旧地に戻ることを許され、伏見の産土(うぶすな)神として、この地一帯の尊崇を集めている。

社殿、拝殿など、徳川一族の寄進によるが、社殿の彫刻などがみごとである。(出典同 P125)

 

文中にある「伏見城」は、天下統一を目指す秀吉によって、文禄5(1596)年に完成した重要な城でしたが、奇しくも秀吉は2年後に没し、その後に江戸幕府を拓いた徳川家康によって再建されたものの、元和6(1620)年に廃城になったと伝えられています。


ただし、家康によるこの神社への崇拝は篤いもので、秀吉時代に移転させられていた当社をもとのこの場所へ戻し、以降、徳川家によって社殿や本殿など、境内の重要な文化財が守られたという経緯もあるようです。

 

 

さて、長い参道を進みますと「本殿」に到着します。

訪問した頃は11月の下旬、ちょうど七五三シーズンの週末ということもあって、お参りで多くの家族連れの姿が見られました。

そういえば、うちは来年やなあなどとふと思い出します。

 

 

「本殿」は、その家康の命で建設されたものだと言います。しかし、これは極彩色というのか、実に壮麗な装飾です。

平成の世に入ってからの修復工事で、当時のものを再現したのだとのこと。

 

 

さらに屋根瓦を眺めてみますと…「徳川家」の家紋、「葵紋」があるではないですか。

徳川家とこのお社との間の深い関係を感じるものです。その横には二羽の鳩が止まっているのも印象的です。

 

 

そして、本殿前の狛犬にご挨拶。大きく立派なものです。

 

 

さらに、この本殿の裏側の様子を見てみることにします。こちらにも、美しい彫刻が施されているのがわかります。

 

 

その傍らには、この大きな樽。見るに、屋根の上に降った雨水を貯めるためのもののようですが…

 

 

「月桂冠」の文字があったりします。そういえば、工場や酒蔵がこの神社の近くにあります。

 

 

 

 

他にも、境内には「酒造メーカー」や「ビール会社」が寄進した石碑もありました。

 

昔から、清麗な地下水が豊富にあったこの地(「水が付している」→「伏水」→「伏見」という地名の名のもとになっているとされていますが)、そもそもは、この神社にあった泉から、いい香りのする水が湧出していて、それを飲んだところ病気が快癒した、ということから、時の「清和天皇(せいわてんのう、850-881。第56代天皇。鎌倉時代に活躍した「清和源氏」の祖とされている)」から、「御香宮」という名前を賜ったのだとのこと。


なるほど、これで「御香宮」、「伏水」、そして「伏見」…由来がつながります。

 

次回に続きます。

今日はこんなところです。