大津市歴史博物館 ミニ企画展「江若鉄道-思い出の品々-」展を見に行く その4 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。

 

 

先日まで「大津市歴史博物館(滋賀県大津市)」で開催されていた、「江若鉄道(こうじゃくてつどう)-思い出の品々-」展を拝見しに行った際の様子をお送りしています。さっそく、展示を拝見して行こうかというところです。

 

 

「江若鉄道」の最初の区間が開業したのは大正10(1921)年。その後、徐々に路線を北へ延ばし、昭和10(1931)年に湖西地域の中心地、「近江今津駅(おうみいまづえき、滋賀県高島市。当時は高島郡高島町)」に到達しました。

 

 

開業当初は蒸気機関車の牽引する列車が主力でしたが、開業から早い時期には、「ディーゼルカー(気動車)」を積極的に導入したことでも知られています。明治期より全国的に電化区間が多く、電車に慣れていた京阪神からの観光客を、蒸気機関車の煙害で不快にさせないようにするためだったという経緯もあったそうです。

 

 

そのディーゼルカーも実に多種多様な車種があり、当時としては最先端の技術を用いたものだったようです。

そのひとつ、これは昭和11(1936)年に登場した「キハ11」という車両、世界的に大流行していた「流線型」が採用されています。

 

 

「浜大津駅」で路線が接続しており、戦前から「びわ湖観光事業」で提携していた「京阪電車」でも、同時期にこのように流線型の「びわ湖号」という車両が登場していました。

それまで「箱形」の画一的なデザインの多かった電車やディーゼルカーの中、流線型の登場は斬新なものだったようです。

 

 

その他にも、さまざまなデザインの車両が多数存在していたようですが… 

 

 

そんな中、この流線型の車両の顔つき… 

ちょっと独特なもののように感じます。

 

 

戦前に登場し、やはり流行りだった「流線型」を採用した「キハ12」というこの車両。 

 

解説にもありますが、「アイスホッケーのお面」と称されてもこれはわかるなあという顔つきに感じますが、車両の大規模な改造の際にこのようなこと?になったのだそうです。

 

 

実はこの「キハ12」、トミーテックの人気鉄道模型シリーズ「鉄道コレクション」から商品化されていました。

模型になってもやはりユニークな顔つきです。 

 

 

ちなみに、元車両の顔と近い「キハ9」(左側)と並べてみますと…

かなりの手が加えられたことがわかります。

しかし、えらい?変わり様です… 

 

改造の経緯についてはこちらもどうぞ↓

当ブログ

トミーテック「鉄道コレクション第22弾」発売!気になる車種をピックアップ 前編(2016年4月9日アップ)

https://ameblo.jp/kyle-of-lochalsh/entry-12477815062.html

 

次回に続きます。

今日はこんなところです。