みなさんこんばんは。前回からの続きです。
大阪・天王寺から、大阪に唯一残る路面電車「阪堺電軌」で、堺市の浜寺までやってまいりました。

前回の阪堺電軌「浜寺駅前」から北へ進んだ通りの突き当たりに、南海電車の「浜寺公園」駅が鎮座しています。
1998(平成10)年に、国の登録有形文化財に指定されているしろものです。

建築されたのが1907(明治40)年とのことですので、なんと築103年です。
ちなみに、設計は「東京駅(赤レンガの)」や「大阪市中央公会堂」などの設計を手掛けた、工部大学校(現在の東京大学工学部)出身の「辰野 金吾(たつの きんご)」博士の手によるもので、明治末に流行したという西洋風木造平屋建ての駅舎です。
「著名な人に建築を依頼した」ということになるので、当時で費用はどれくらいかかったのでしょうね…そんなヤボなことを言ってはならんですね(笑)

この駅を訪問するのは2度目なのですが、時間をかけてじっくり見るのは実は今回が初めてです。
まずは、駅舎を外側から観察してみます。
目に入ったのが、駅舎入口の上屋を支えているこの支柱です。
ルネサンス様式というのでしょうか。
門外漢なので建築のことなどさっぱりわかりませんが、どこぞの洋館に来たようです(以前訪れた明治村で、こんなんがあったなあと思い出しました)

駅舎の左側には、臨時に使っていたと思われる改札口がありました。

この改札の裏は、自動販売機が占領していました。

木製の改札。床も木造のままです。
前回来、ご紹介していますが、「浜寺海水浴場」の玄関口として君臨していたこの駅で、シーズンになると、この改札で多くの乗客をさばいていたことが推測出来ます。「栄華の名残」といったところでしょうか。

臨時改札から駅構内をのぞいてみます。
上下線で非対称な配置になっているようです。

駅を南北に貫く自由通路の入口付近ですが、この「あみあみ」…
ちょっと、見たことがありません。昔の人はセンスがよかったのですね。

おまけに、駅舎横にはなつかしの「丸ポスト」がありました。

この駅舎に合わせるように、わざわざ設置しているとしか思えません。
がしかし「JP 日本郵便」などと書いてありますので、どうやら正真正銘、現役のようです(笑)
さて、次回はこの「浜寺公園」駅の駅舎内などについてレポートしたいと思います。
今日はこんなところです。