こんにちは。
子供の頃から
O脚&下半身デブだった、
脚線整美師の中村です。
◆脚線整美師☆希実の過去と今~衝撃のBefore&After
そんな中村がどのように
してコンプレックスを解消し、
脚線整美師になったのか?
とてもよく頂くご質問です。
それでこれまでの
経緯をお話しさせて頂くと、
『まるで演歌みたいな
人生ですね(*_*)。』
なんて言われて
しまうのですが(笑)
時には激しく共感されて、
涙ぐんで下さる方も
いらっしゃいます。
そして、
今まさに人生に
迷っている方、
コンプレックス
を抱えている方には、
前へ進む勇気をもらいました!
なんて嬉しすぎる言葉を
頂くこともあります。
コンプレックスの塊
だったこれまでの人生が、
小さくともこんな風に、
人様の励みになるなんて、
考えもしませんでした。
人生って本当に不思議ですね・・・
そんな中村のこれまでの経緯
~下半身デブの逆襲劇を、
恥ずかしながら、
これから6回に分けて
まとめてみたいと思います。
長文になりますが、
どうぞお付き合い下さいませm(__)m
下半身デブの逆襲
①コンプレックスの塊時代
1995年、
19歳の頃の中村です。
下半身デブって言うか
全身おデブさんじゃないか!
っていう感じですが(笑)
外見的にも内面的にも、
自分自身のことが大嫌い
だった時代です。
体重は今より
15kg近く太っていて、
当時のジーンズサイズは
31インチでした。
下半身太りは特に深刻で、
パンツを一枚買うのに
20着位試着しなきゃ
’見れる’パンツ
が見つからなかった
のもこの頃です。
21歳の時には
に見舞われ、
20代なのに皺皺
カピカピの肌になったことで
自然に笑えなくなり、
就職活動でも全滅(>_<)
中学生の頃から
ずっと憧れていた、
スチュワーデスになる
夢が断たれました。
自信がなさ過ぎて
恋愛にも前向きになれず、
友達と同じ人を
好きになっても、
自分なんか好きになって
もらえる訳ないやって、
本心じゃないくせに、
友達を応援するふりを
していました。
完全に自信を喪失して、
やさぐれていた時代です。
ただ一つ救いだったことは、
当時余り人目につかない様、
引きこもっていたので、
やたら勉強がはかどったこと。
女としてはランク外でも(苦)、
TOEICではAランク(860点以上)に
入りたくて猛勉強!
見事865点を獲得して
一人ニンマリしていました。
根暗ですかって!?
はい、
筋金入りです(笑)
でも、よく考えたら
この時期に一生懸命勉強し、
目標を達成できたことが、
その後自分の
人生をあきらめず、
前へ進み続ける
心の土台になった気がしています。
人生って本当に面白いですね。
結局短大を卒業した後も
就職が決まらなかったので、
夢破れて実家に
帰ることになった21歳の中村。
その後、
一つ目のコンプレックス
を解消できたことで、
新たなステップに
進むことになるのですが・・・
第二章~美への絶望⇒復活時代に続きます^^