映画 「黒牢城」
わしに付くも、奴に付くも、心して決めい。
黒沢清監督、最新作。
濱口監督とは、「スパイの妻」で共同脚本をした仲なので、
順番としては、ちょうどよろしいかと。
こちらもなかなか長くて、2時間27分でしたが、
3時間16分をクリアした俺なので、問題なかったです。
映画を見るのも、体力が大切でございます。
原作は、米澤穂信の同名小説。
脚本は、黒沢清。
たぶん、原作自体が面白いんだろうけど、黒沢カラーが満載でした。
そうこなくちゃ。これぞ、大物の威厳ってやつ。
時は、天正6年(1578年)。
舞台は、摂津国、有岡城。
主人公は、城主・荒木村重。
彼は、暴君・織田信長に反逆して籠城作戦を決行。
暴君といえば、マイケルの父親が記憶に新しいですが、
俺としても、父親の暴虐に苦しめられた気持ちは痛いほどわかる。
本作では、暴虐の上司ですが、俺も、数々のクソ上司に使えた経験があるので、
心中、お察し致します…ああ、こういう人に仕えたい。
村重を演じるのは、本木雅弘。
俺が初めて映画館で彼を見たのは、五社監督の「226」だったと思う。
根津甚八の弟役だったと記憶しているけど、印象に残りました。
その後、柴田恭兵主演の「べっぴんの町」で、俺的にブレイク。
石井隆監督「GONIN」が決定打となり、彼の演技を見るのが楽しみになりました。
(そうそう、力士として、シコも踏んでましたっけ)
村重は、できれば、人を殺したくない男。
武士たるもの、武力で、剣の力で、世の中を渡っていく身。
信長が、首を斬り落とすのを楽しんでいるかのような印象が残る場面があるが、
これは、人を斬る、という行為に、何も感じていないようにも見える。
この「差」である。
上司と部下は、愛の関係でなければならない。
上司が部下を愛し、その結果として戻ってくる力が、「忠」である。
(ちなみに、親子なら、「孝」になる)
愛がなくて、ただ、力による支配であれば、その場は、しぶしぶ従うであろうが、
長い目で見れば、それは、最終的には、恨みしか残らない。
最初は許容範囲でも、次第にそれは、器以上のキャパオーバーとなり、
いつかは、爆発してしまう。
(自分も含めて、そういう場面に何度も出くわしている身なので)
そうなる前に、緻密で合理的な、行動を起こす。
それをやろうとしているのが、村重という男なのだと、俺は思います。
なるほど、冷静な知略家と言えましょう。
籠城を決め込んだ彼のもとに、黒田官兵衛が訪れます。
演じるのは、菅田将暉。イケメンですねえ~
本木雅弘は、イケオジと言っていいのでしょうか。
官兵衛は、降伏した方がよろしい、と諫めようと試みますが、
そこで村重は、あることを提案するんですね。
それを、官兵衛は拒否。→即刻、捉えられ、牢屋に入れられることに。
この辺の駆け引きからすでに、黒沢カラーが始まっております。
鎖ジャラジャラ、お好きでんなあ、監督。
もう、「復讐シリーズ」「修羅の極道シリーズ」をVHSで見ている世代にとっては、
うわははは! 待ってました! と言わんばかりの大歓声。
もう、間違いなく、黒沢清100%の濃度が感じられます。
ここからの、イケメン×イケオジのバトルが、なかなか面白い。
奇しくも、時を同じくして、城内にて、怪事件が勃発。
おい、イケメン、オヌシなら造作もないであろう、知恵を貸せ。
あはは、この図々しさと抜け目のなさが、黒沢流、駆け引きの妙。
原作小説では、小寺官兵衛(後の黒田官兵衛)となっていたらしい。
なるほど、映画ではもうすでに、
黒沢作品だけに、クロ田官兵衛に仕上がっていたんですねえ。
ああ、見れば見るほど、黒沢ブラックの魔術にかかってしまう。
闇が、闇以上に、濃くて、暗い。真っ暗闇ではございませんか。
漆黒の影が、心の暗黒が、ダークマターが、じわじわと、映画館を侵食していく。
「CURE」「降霊」「回路」「ドッペルゲンガー」「蟲たちの家」…
歴代のホラー演出が、薄気味悪い手法が、暗黒のモノリスたちが、
マヌケなギャグセンスと混在しながら、ミステリーを盛り上げていく。
お、そうだ、黒澤明監督「七人の侍」の主人公は、島田勘兵衛でしたなあ。
クロサワのカンベエは、双方に存在する…ってぇなところで。
本作の、もうひとりの主人公は、官兵衛。
彼の視点でとらえた、スピンオフがあったら、見てみたい。
歴史ってえのは、真実よりも、後の人間が都合のいいように書き換えたシロモノ。
それをわかった上で、読み解くのが、面白いのかも。
青木崇高、江本佑、吉高由里子、ユースケ・サンタマリア、近藤芳正、
荒川良々、オダギリジョー、渋川清彦、渡辺いっけい、河内大和、宮舘涼太。
これだけの豪華キャストが出演していながら、存在感がバラバラ。
キャラ同士の距離感が絶妙なのも、また、黒沢カラーと言えましょう。
手練れで、手強い。強者な兵(ツワモノ)たちが、夢のあと。
さあ、この映画、どんな風に終わるんでしょうか。
キーワードは、「心を読め」だそうです。
読めるかなあ、読めねえだろうなあ。
そんなバカな、と思いながらも、それもあるかも…なんてね。
黒沢監督の懐と守備範囲は、広くて深いのです。
原作はあれど、映画にするなら、自分のカラーを惜しまない。
黒沢映画は、堂に入ってまいりましたなあ。
カンヌでは、是枝監督、黒沢監督、濱口監督、深田監督がエントリーされ、
濱口監督作品が受賞したのは、ご承知の通り。
是枝監督作品と、黒沢監督作品である本作は、その人らしい作品として、面白い。
濱口監督作品は、新鮮さとすがすがしさが、際立っていました。
残るは、深田監督作品ですが、9月頃に公開だそうで、
もし見られるようなら、見てみたいと思うております。
色んな人の話を聞いて、混乱する者もいれば、
理路整然と冷静に読み解き、いち早く正解にたどり着ける者もいる。
使えるかどうかは、主君の力量にかかっていよう。
それはまさに、心を読めるかどうかにかかっているのだ。
人は、人の全てを理解することはできないけれど、
その人の「一部分」を、自分なりに理解することはできる。
決めつけ、ではなく、こうあって欲しいという願望、でもなく、
瞬間的な「直感」で、見抜く力。
即ち、眼力がモノを言うのである。
映画が、全てを語っていると、妄信なさらぬよう、ご注意。
妄信は、盲信となり、猛進して、もう、しんどくなるしかないから。
何事も、ほどほどに。
過ぎたるは、及ばざるが如し。
杉田かおるは、うわばみの如し。
惑わされるなかれ、心眼で、真贋を見極めよ。
忠義を理解できる者こそが、上に立って欲しい。
人の心など、読めなくて、当たり前。
少し読めたなら、及第点。
全部お見通しだと、危険かも。
他者の心など、わからぬ方が幸い、ということが多いのだから。
それでも、わかって欲しい、と思うのが、人情。
わかり過ぎると、かえって、ウザい。
だから、ほどよく、一部だけ、いい感じでわかればよろしい。
そういうことを、教えてくれる映画です。
東福寺、楊谷寺、明石城、大覚寺、万福寺など、国宝級のロケを敢行して撮影。
お城ファン必見。 あと、器がお好きな方も、要チェック。
最後に、モッくんの、あのしゃがれ声は、計算したキャラでしょうか。
「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドのように、印象深い。
彼の繊細な演技で、ますます、ミステリアスなイメージになりました。
怒鳴り過ぎて、枯れたんでしょうか。
もともと、そういう喋り方なんでしょうか。
よく聞き取れないから、人がそばに寄ってくるのでしょうか。
それは、本人と対面した者でなければ、知る由もないでしょう。
殺し殺され、見上げて見下し、呪い呪われ、妬んで妬まれ…
おお、イヤだ。 仏ほっとけ、神構うな。
これでは、いい仕事ができない。
じゃあ、一回全部ぶっ壊して、また作り直せばいい。
イケオジ村重は、何をしようとしているのか。
イケメン官兵衛は、牢につながれて、何を思考していたのか。
彼らのやり取りを、注視しながら、お楽しみ下さい。
本気でやり合う漢たちのまなざしは、限りなく美しい。
黒沢印の、クロサワ城。
黒い城で、白黒つけよ、ゼブラーマン。
…いつの世も、人の心の本質は同じであると思いたい。
映画 「急に具合が悪くなる」
その人に会うために、今までの人生があった。
濱口竜介監督最新作。上映時間はなんと、3時間16分!
おしっこ大丈夫でした~ 膀胱炎治ってよかった~
主演のヴィルジニー・エフィラと、共演の岡本多緒の二人が、
カンヌ映画祭で女優賞をW受賞という快挙も、実に素晴らしい。
舞台は、フランスの介護施設。
主人公は、施設長であるマリー。
彼女は、理想の運営を目指す反面、スタッフとの軋轢に苦悩していた。
ある日、バスと並走して走る謎の青年を見かけたことがきっかけとなり、
自分と同じ名前の真理と出会い、意気投合。
こんなにも話しやすい相手はいなかったし、お互いをもっと知りたくなって、
二人は、夢中で、いつまでも話し続けるのであった…
原作は、宮野真生子・磯野真穂の同名小説。
(タイトルの意味は、映画を見ればすぐにわかりますので、割愛します)
脚本は、濱口監督と、ルディムナ玲亜の共作。
撮影は、アラン・ギシャウア。 音楽は、サミュエル・アンドレイエフ。
スタイルとしては洋画なんですが、日本語がたくさん出て来るので、
ある意味、邦画っぽくもあって、そこが面白い。
マリーを演じたヴィルジニー・エフィラは、 ベルギー出身の49歳。
真理を演じた岡本多緒は、モデル出身の女優、41歳。
二人とも、母国語はもちろん、相手の国の言葉も両方話せるので、
見ていてとても自然で、本当に楽しそう。
まるで、この役を演じるために、お互いの人生があったのではないでしょうか。
まさに、ふたりでワンセット。つがいのような、バランスのいい関係。
カンヌではかつて、「ピアノレッスン」で親子を演じたホリー・ハンターと
アンナ・パキンが、主演女優賞と助演女優賞に輝いた時がありましたが、
まさに本作も、二人の演技の賜物として、W受賞がもたらされたのでしょう。
長塚京三も出演しているんですが、彼もまた、フランス語が堪能。
国籍を超えた、生きている言葉が交わされる、実に面白い映画です。
あと、フランスのドラマ「アストリッドとラファエル」に出ていた
上司のおっさんがいたような気がしたけど、違ったかな?
それにしても、濱口監督の手腕は、すごいとしか言いようがない。
俺は、彼の映画を劇場で見たのは、「寝ても覚めても」「偶然と想像」
「ドライブ・マイ・カー」「悪は存在しない」に続いて5本目ですが、
どの作品も、他に類を見ない、個性的な出来栄えでした。
この御仁は、映画を撮るために生まれてきた、稀有な天才と言えるでしょう。
彼の新作が公開される度に、ワクワクしてしまう自分がいるんですね。
彼の作風は独特で、単に「面白い」という表現では物足りない。
クールでいて、妥協を許さない、絶対的な熱量が、画面から湧き上がってくる。
映画館全体に漂う、魂の産物のような、得体の知れない、何かの塊り。
見ている自分自身も、映画の中に溶け込んでしまうような、
登場人物と一緒に、観客もその世界で呼吸しているような、
不思議な一体感があるように感じられるんですね。
まさに、映画を芸術の域に高めてくれたんじゃないか、って感じるんですね。
3時間16分という時間が、心の動きを丁寧に伝えてくれます。
出会いは、人を変える。
出会うことによって、人は、よりその人らしくなっていき、
出会う前に抱えていたものを、解放させてくれて、
今、現在ここにある幸せなひとときを存分に味わいながら、
これから進む未来へ、自らの力で歩き出すためのエネルギーを育んでくれる。
時間は、あっという間だけど、
その気持ちは、ずっとずっと、残り続ける。
出会えて、よかった。
お互いに、ありがとう、と、自然に言い合える、素敵な関係。
生まれたこと。
生きてきたこと。
懸命に、がんばったこと。
全てのことに、意味があり、
今日この日を迎えるための、準備であった。
してあげたいことが、やりたいこととイコールになり、
相手のためにが、自分のためにとイコールになっていく。
ひとりではできないかもしれないけど、
二人一緒なら、できるかもしれない。やってみたい。
やってみよう。もう、やらずにはいられない。
無意識の行動が、何気ない言動が、誰かの心に届いて、
思いがけない結果をもたらすことが、たしかに、ある。
走る青年を見た瞬間から、何かがきっと、始まっていた。
不思議なめぐりあわせが、変てこな出会いが、
人生の色どりを変え、フットワークを軽くしてくれる。
映画も人も、一期一会。
出会った奇跡を、拾った幸運を、これからの人生に生かしましょう。
世界中で戦争が起きている昨今ですが、
世の中、まだまだ捨てたもんじゃないです。
こういう二人がいて、こういうスタッフがいてくれて、
助けてくれる誰かが加わってくれて…
混沌とした世界で、ごちゃまぜになりながら、
揺らぎながらも、しっかりと軸足立てて、
いい感じの、うねりを生み出していくんですね。
出会いが、世界を、少しずつ、変えていく。
変えられるもんなら、変えましょう。
やれるもんなら、やりましょう。
…よき出会いを、大切に。
映画 「マイケル」
彼と同じ時代を生きたことを、幸運と思いたい。
この映画は、公開前からかなり期待値が上がっておりました。
ホントは初日に行きたかったのですが、諸事情ありまして、
公開3日目に、ようやく本懐を遂げることができました。
これは、いい! マイケルはやっぱり、かっけえ!
あらゆる世代に共通する、不滅のメッセージが伝わったことでしょう。
マイケルを演じるのは、ジャファー・ジャクソン。
ジャクソン5の三男、ジャーメイン・ジャクソンの息子なので、
マイケルにとっては甥。ジャファーは叔父さんを演じていることになります。
当然ながら、マイケル本人ではないので、別人極まりないんですが、
体型も、マイケルよりも骨太な感じがするんですが、
彼の、ナイーブな演技と、ダンスの再現度が、高度極まりなく、
映画の途中で、もう、マイケルが乗り移ったかのような錯覚を憶えました。
…ああ、今、ここに確かに、マイケルが降りて来ている…!
数々の名曲ともに、今宵、ひととき、「彼」の勇姿が甦ります。
監督は、アフリカ系のアメリカ人、アントーン・フークア。
デンゼル・ワシントンの映画が代表作だけあって、黒人文化に理解がある御仁。
プロデューサーは、グレアム・キング。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、毒が少なくて、俺的は物足りなかったけど、
本作では、“悪役”の父親をしっかり描いているので、
スパイスが効いた仕上がりになってよかったと思います。
(たぶん、ホントはもっとヘビーだったのを、製作陣とモメながら撮ったんじゃないかな)
冒頭、製作会社のロゴが、続々と流れますが、
筆頭が、ライオンズゲートだったのが笑えます。
(二番手が、ユニバーサルだったかな)
日本の配給は、木下グループ。キノフィルムは今や、国内で第一人者なのかな。
ライオンズゲートといえば、「ソウ」をはじめ、ホラー映画で有名かと。
マイケルがホラー好きだったのを考えると、ナルホドなあ、って笑
ネタバレするつもりはないのですが、注意喚起だけ、一言。
虐待シーンがありますので、ご了承下さい。
子供の頃のトラウマというものは、大人になってからもいつまで残るので、
虐待中の親御さんたちは、肝に銘じて見ていただきたいところです。
俺も、体罰が当たり前の時代に生まれた人間なので、
幼いマイケルが「お仕置き」を受ける場面は、正視できませんでした。
しかしこれは、彼の物語を語る上で外せない、重要なエピソード。
大人も子供も、これから子育てをするカップルも、
自分たちのもとに生まれてくれた小さな命と、どうか真摯に向き合って欲しい。
こうしている間も、世界中で、痛ぶられている小さな魂に、
彼のメッセージが届くことを、切に願わずにはいられません。
青春映画であり、愛を見つける物語でもあり、
音楽と、ダンスパフォーマンスを通して、恨みや悲しみを浄化させましょう。
俺の世代だと、中学生で「スリラー」が発売されて、
FMラジオをカセットテープで録音して、聴いておりました。
高校生になった頃、レンタルレコード店がオープンして、
初めて歌詞カードとか、ライナーノーツを読んだ。
情報源は、「FMステーション」「週刊FM」「FMファン」の3誌。
当時流行っていたアイドルグループとかにはあまり興味がなく、
洋楽か、アニソンか、加山雄三の3ジャンルだったので、
当然ながら、そういう共通項を持つ友達はいませんでした。
でも、この年になって、
表面的な友達付き合いという、煩わしさがなかったからこそ、
自分の好きな音楽を聴くことができたのかもしれない。
劇中、マイケルご自身も、
自分は変わっている、と、つぶやいておられました。
人と違うことは、恥ずかしいことじゃない。
人と同じことができないかもしれないけれど、
人にできない、すごい仕事ができるかもしれない。
友達も、家族も、パートナーも、
みんな違って、組み合わせもみんな違う。
マイケルの音楽とパフォーマンスは、
あらゆる人々に、「何か」を与えてくれるのです。
その、尊いものを、受け取ったものを、
自分なりに、獲得したものを、
魂が震えたことを、愛する誰かに、伝えて欲しい。
あなたのパフォーマンスが、あなたの歌声が、
あなたの生き方が、それを証明していく。
誰かから、褒められることがあったら、
自分は、マイケル・ジャクソンのおかげで、今日まで生きてこられました。
そう、堂々と、胸を張って、言い放って欲しい。
あなたを愛する人は、あなたの好きな音楽に、興味を持つことでしょう。
少年少女のみなさんは、
大人が本気で夢中になっていることを、よく観察してみて下さい。
自分が将来、大人になった時に、生き方のヒントになることでしょう。
劇中、大物(?)俳優が出演しています。
若山富三郎に似ているなあ、思ったら、アイツか!
一発で当てられたら、かなりの映画通かも笑
最後に、主演の、ジャファー・ジャクソン。
彼の父親もまた、恋多き男だったようで、
彼は、父親の2度目の結婚で生まれた、2人の息子のひとりだそうで。
そんなの、どうでもいい~
現在、29歳。来月には30歳。
これから、モテまくり間違いなしでんなあ。
俺が生まれる前から、ジャクソン5はあった。
俺が物心ついた頃には、すでにマイケルがソロになっていた。
今思うと、フィンガー5も、ジャクソン5から生まれたのかなあ、って。
子供はみんな、世の中を知らないことばかりの状態で、音楽に出会う。
(ここで、愚痴を大量に書いてしまったので、20行ほど削除しました)
偉大な、マイケル。
マイケルは、天使の名前。
父親は、キリストの弟子の名前。
彼は彼に、どういう気持ちで、名前をつけたんでしょうね。
父親って、面倒くさい。
俺自身もまた、ロクでもない父親だけど、
自分の父親よりは、少しだけ、マシな父親でありたい、とは思う。
(最終的にジャッジするのは娘です)
自分らしく生きるためには、
過去の呪縛から、解き放たれなければならない。
自分の力で立ち上がり、足かせを破壊し、
勢いをつけて、スタートダッシュ。
誰にも追いつけないスピードで、駆け抜けなければならない。
そのための起爆剤が、志の原動力が、
人によって、違うのだ。
自分にとっての、それが何か。
まずは、見つけましょう。
それを、追いかけましょう。
つかまえたら、もう、離さない。
チャンスの神様は、前髪しかないらしい。
すれ違う前に、つかめ。
むしり取れば、奴の方から、追いかけて来る。(はず)
自分がやりたいことを、見つけた者は、幸いである。
彼は、神の子と呼ばれるであろう。
得たものを、分け与えて、共に、幸せになるべし。
これは、何だろう?
こんなすごいものが、この世にあるのか?
どうやったら、こんなことができるのか?
考えて、考え抜いて、エンジンがあたたまったら、行動開始。
走り出したら、もう、止まらない。
それで、いい。
…魅力を感じた瞬間を、どうか忘れないで。
映画 「箱の中の羊」
立ち直るための、前に進むための、きっかけになればよし。
是枝監督、最新作。
彼の映画を劇場で見るのは、これが8本目になりますか。
シンプルな構造だからこそ、深い精神世界を感じさせる作風にご注目。
物語の舞台は、近未来。というか、ほぼ現代。
幼い息子を失ってしまった夫婦のもとに、少年型ヒューマノイドが現れる。
最新の技術で生まれた「彼」を、夫婦は「七歳」に設定。
息子のようで、息子でない、奇妙な三人での生活が始まる…
翔(かける)くんを演じるのは、桒木里夢(くわきりむ)。
なるほど、お肌がつるんとしていて、ヒューマノイドっぽい。
“両親”を演じるのは、大悟&綾瀬はるか。
綾瀬はるかは、「僕の彼女はサイボーグ」の演技実績があるから、
里夢くんと親子に見える見える、見えまくり。
しかし、例えばここで父親が、井浦新だったりすると、
いかにも人間離れしたキャスティングで、SF色が強くなっちゃう。
そこで、千鳥の大悟が大抜擢されました。
ご本人も、本当にオレでいいのか、と悩んだらしいけど、
これには監督の、ちゃんとした意図があるらしいです。
数々の違和感は、映画が進むにつれて、何となく馴染んでいっちゃう感じ。
ちなみに映画のタイトルの意味も、劇中でわかるようになっています。
この題材は、俺的には、スピルバーグ監督の「A.I.」を思い出しますね。
人間とロボットの共存は、永遠のテーマ。
「禁断の惑星」のロビー。「宇宙戦艦ヤマト」のアナライザー。
「スター・ウォーズ」のドロイド。「キャプテンウルトラ」のハック。
「火の鳥2772」のオルガ。「コブラ」のレディ。「攻殻機動隊」のタチコマ。
最近では、「ミーガン」なんてキワモノもありましたが、
人間と仲良くしてくれるロボットは、いつでも大歓迎です。
「空気人形」の業田良家が描いた「ママジン」も、いい話だったなあ。
というわけで本作は、正面から向き合った、家族の物語です。
異質な存在を迎えたことで、家族が、より家族らしくなっていけるのかどうか。
観客ひとりひとりの、感覚と感性で、感じ取る世界観を楽しみましょう。
ロボット、アンドロイド、ヒューマノイド、人造人間、人工知能。
サイボーグ、改造人間、強化人間、義体。
ああ、なんて素敵な、ロマンあふれるSF用語。
是枝映画「空気人形」では、ダッチワイフが主人公だったから、
本作のような映画が生まれても、何の違和感もありません。
「幻の光」「ワンダフルライフ」の頃から、死生観をテーマにした作品は多い。
監督が今、作りたいと思う映画はこれなんですね。
監督・原案・脚本・編集の4役をこなし、やる気満々でございます。
生成AIの学習能力っていうのも、感覚的にはよくわからない。
妻も娘も、チャットGPTをうまく使いこなしているみたいだけど、
俺は…何だかコワい感じがする。
カラオケの採点を機械がするのも、何となく好きじゃないし…ね。
でもそのうち、AIに指示されて仕事したりするようになるんだろうな。
介護とか、食事や下の世話なんかも、ロボットが担当する。
機械に怒られるのって、イヤだなあ。違う“うつ”になっちゃいそう。
あと、ヒューマノイドを悪用した犯罪も増えることでしょう。
そうなると、戦うための武器が必要になるから、新しいビジネスモデルが続々と…
ロボット三原則とか、もう死語になってたりして。
役に立たない人間は、どんどん排除されていって、
ロボットができない仕事ができる人だけ、とりあえず生かされて、
それをやる技術が整うと、あっという間に廃棄されて…
ああ、いかん。物事を悪い方にばかり考えてしまう。
年寄り予備軍のおっさんの、悪癖ですな。
映画は、未来を見据えた終わり方になっています。
目に見えるものと、目に見えないもの。
はっきりしていないこと、ぼんやりとしたもの。
理解できないことがあるのは、決してダメじゃない。
余計なものだと思うことが、実は一番大事だったりするのだ。
翔くんと一緒に、感じ取ってみよう。
ご両親と一緒に、悩んでみよう。
共感。理解。納得。
同じものを見て、違う世界を感じる不思議。
違うものを見て、共通する感覚が通じ合う奇跡。
生まれたこと。
産み出されたこと。
いなくなること。
もう、会えない、ということ。
可愛い、と思うこと。
愛しい、と感じること。
美しいものは、儚くて、期間限定で。
忘れてしまったようでも、どこかに残っているようで。
生きる喜び、悲しみ、苦しみのひとつひとつが、
自分という生き物を形作っている。
自分が自分であるために、必要なもの。
いちいちAIに聞くまでもない。
己の心の奥底に、ちゃあんとしまってあるから。
心がごちゃごちゃしているから、見つけられないだけ。
それを整理して、きちんと片づけるために、
ロボットに協力してもらえばよろしい。
…人生の主役は、あくまでも自分であることを、忘れるなかれ。
映画 「スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー」
男一匹、賞金稼ぎ。 …気がつけば、相棒が傍らにいた。
もうシリーズ物はあまり見なくなったんですが、
やっぱりスターウォーズが劇場で公開されると、行っちゃいますねえ。
冒頭の20世紀フォックスのオープニングがないのと、
スターウォーズのテーマが流れないのは寂しいけれど、
それでも、この世界観に愛着があるので、充分楽しめました。
ダース・ベイダーが死んで帝国が崩壊した世界では、
別の巨悪がはびこる、無法地帯と化していた。
賞金稼ぎマンダロリアンは、元締めシガニー・ウィーバーから
依頼を受け、ミッションを遂行すべく、奮闘する。
監督は、このシリーズを手がけるジョン・ファヴロー。
本作は、配信されているドラマの続編だそうで。
それを見ていなくても、たぶん大丈夫。
何なら、SWを知らなくても大丈夫かも笑
それくらい、わかりやすい物語だと思います。
アクションもユーモアもあって、ひたすら楽しい。
使い込んだ感がある、リアルなメカニックも、
生臭い匂いが漂ってきそうな怪物たちも、
なかなか見せ場が多くて、おっさんもコーフンします。
往年のファンにはおなじみのパターンも、
フォース使い方も、何だか微笑ましい。
劇場へ行くなら、父親と息子か、じいちゃんと孫がちょうどいいかも。
見終わった後に、フォースごっこができて楽しいと思いますよ。
俺は、当然ながらドラマを見ていません。
すでにシーズン3まであるらしく、8話ずつだから、24本もある。うひゃー
ここまで書いてから、TVで放映されていた特番の録画を見ました。
ほうほう、このシリーズの位置関係は、エピソード6と7の間なんですね。
「ジェダイの帰還」(古くはジェダイの復讐)の後だから、
帝国崩壊後、という説明で合ってる、うんうん。←大丈夫か、桑畑
グローグーって、ヨーダと同じ種族の幼子、っていう設定なんだけど、
すでに50歳!
そうか、ヨーダは900歳まで生きたっていうから、寿命長えんだわ。
(ちなみに旧約聖書のアダムは、930歳まで生きたそうな)
そうかあ、俺よりは年下だけど、同年代と言ってもいいのかなあ。
俺も、まだ幼子のように、純粋にのびのびと生きたいもんです。
マンダロリアンは、「マンドー」と呼ばれています。
劇中登場する、巨大なヘビが、俺的には、怪獣マンダ。
マンドー対マンダの対決も、どうかお見逃しなく。
地球人にとっては、異星人は怪物かもしれんが、
彼らにとっては、こっちがモンスター。
見た目や生活習慣が違っていても、仲良くできる可能性があるところが、
スター・ウォーズの世界のいいところ。
どんな国でも、どんな星でも、平和を愛する者たちによって、
英雄のサーガは、引き継がれるのだ。
遠い昔、はるかかなたの銀河系で…
物語は、続く。
我々が、生まれる前から、死んだ後も。
体験した者よ、語れ。
若者よ、語り継げ。
…英雄たちの、生き様を。
映画 「幕末ヒポクラテスたち」
やり方は違えど、人を助けたい気持ちは同じ。
ヒポクラテスとは、古代ギリシャのお医者さんの名前。
(ちなみに映画「怒りのヒポポタマス」は、カバ)
2022年に亡くなった大森一樹監督の遺志を継いで、
愛弟子の緒方明監督が、映画化を実現した渾身の一作。
脚本は、西岡琢也。
時は、幕末。舞台は、京都のとある村。
主人公は、佐々木蔵之介演じる、蘭学医のお医者さん。
内藤剛志演じる漢方医とは、犬猿の仲であった。
ある日、ならず者の青年がどなり込んで来て…
大森監督といえば、「ゴジラVSビオランテ」で有名ですが、
「ヒポクラテスたち」(1980年公開)が、本作の原点。
京都医科大学卒業という経歴を生かした、輝かしい1本。
本作に登場する柄本明、内藤剛志も、この映画に出演しています。
(さらに真木よう子は、「風に立つライオン」で、主人公の恋人役でした)
医療映画というと、俺的には「赤ひげ」の印象が強い。
山本周五郎原作、黒澤明監督という、素晴らしい傑作でした。
この映画での加山雄三の役が、本作の藤原季節にあたるんじゃないかと。
彼が、精神的に成長していくことで、観客も一緒に医療に参加していくことに。
本作は、誰が何と言おうと、いい映画だと俺は思います。
物語もシンプルで、わかりやすい。
そして、人間の葛藤や弱さを、堂々と描いている。
不器用だけど、熱い心が通った、ぬくもりのある作品に仕上がっています。
俺も今までに、病気やケガで何度か医者にかかったけど、
人間だから、行き違いも間違いも勘違いも見落としもいっぱいある。
特に、歯医者がヤブで、長いこと苦しんだっけなあ。
でも最終的に、いい主治医に出会えればいいのです。
漢方医でも蘭学医でも、患者にとっては、
治してもらえるんなら、どちらでもOK。
うつ病の治療でお世話になったT先生も、
整体治療でお世話になったK先生も、もう、この世にはいないけど、
今でも、感謝の気持ちでいっぱいでございます。
医者が、患者を診る。
看護師が、病人を看る。
人が、人を見る。
そして、観客は、映画を見る。(観る)
見て覚えて、実践して、身に付けていく。
人を癒すのも助けるのも、人であり、
人だからこそ、助けたくなる。
助けて下さい。
助けましょう。 可能な限り。 力の限り。
人を助けた業績があって、
不幸にして救えなかった数多くの命があって、
その上に、今の医療がある。
使えるものは、何でも使いましょう。
助けられる命を、ひとつでも多く救いましょう。
…医者も患者も、限られた命なのだ。
映画 「蒸発」
耐えるか、戦うか、それとも…?
桑畑です。何とか、生きております。
しばらくサボっておりましたが、そろそろ復活しようかと。
見た映画が3本たまったので、順番にアップしていきます。
本作は、日本を舞台にしたドキュメンタリー映画。
監督・撮影は、ドイツ出身のアンドレアス・ハートマンと、森あらたの共同。
邦画でありながら、洋画でもあるような、不思議な雰囲気の映画です。
(「PERFECT DAYS」や「ロスト・イン・トランスレーション」みたいな)
日本では、毎年、失踪者が8万人いるという。
そのうち、数千人が、完全に姿を消してしまうらしい。
ちなみに自殺者は、3万人。(これは、“成功”した数)
自殺するよりは、逃げて、新しい人生を生きるのもアリなんじゃないかと。
若い頃読んだ本に、「失踪マニュアル」というのがあった。
今住んでいるところから逃げ出し、違う場所で、違う人間になる、というもの。
世の中には、これを手助けするチームが存在するらしく、
映画は、「逃げた側」「逃がした側」「逃げられた側」の
マルチな視点で、被写体を追い続けます。
人が突然いなくなることを、一般的には「失踪」と言いますが、
日本には、「蒸発」「神隠し」といった独特の言葉が存在します。
「JOHATSU」は、有名な日本語として、世界に認知されているらしい。
本作で、注目したいのは、「AIディープフェイク」という手法。
普通、プライバシー保護のためにボカシやモザイクを入れる場面で、
CGで別人の顔に加工してしまうという、大胆な映像表現。
あれ、顔出しして大丈夫なの? と思いきや、
よく見ると、何だか、人工的な顔になっていることに気づく。
最初は変に感じたけど、慣れてくると、これはこれで面白い。
今の時代ならではの、前衛的な試みなんでしょう。
これだと、細かい表情とかが読み取れて、なるほどなあ、と思いました。
愛する人が、家族が、友人が、いつの間にか、姿を消してしまう。
何故? どうして? 何で黙っていなくなったの?
理由もなくいなくならないと思うので、何かしら原因はあったのでしょう。
去られた側にしてみれば、言ってくれないとわからない、と。
言わないから、理解しようがない、勝手にいなくなった、と。
去った側にしてみれば、言ったところで、わかってもらえるはずもない。
そもそも、理解しようとする気がない。
そんな奴らとは、距離を取って当たり前。
そんな奴からは、さっさと逃げるべし。
服従して、我慢して生きるか。
戦って、力で撥ねつけるか。
静かに、逃げてしまうか。
「逃げる」って、消極的なようにも見えるけど、
ある意味、一番穏便な解決法なんじゃないかと。
「兆し」という字を、しんにょうに乗せている。
てへんに添わせれば、「挑む」になる。
手足を総動員して、行動を起こすことが、「逃げ」なのだ。
そこが危険な場所ならば、いち早く避難せよ。
そこが居心地悪い場所ならば、他に、自分の居場所を探してみよう。
その人といると気持ち悪いなら、距離を取って、被害を最小限にすべし。
地獄の苦痛に耐え続けても、寿命が縮んでいくだけ。
ダメになる前に、精神病になってしまう前に、
そこから、逃げてしまえ。
後悔。トラウマ。フラッシュバック。
逃げても、居場所を変えても、変わらないものは変わらない。
しかし、そこで命が消えてしまう前に、
自分を見失う前に、行動できてよかった。
自分なりの戦いに挑んだからこそ、今の自分がある。
自分が必死に戦ったからこそ、今の居場所を勝ち取ったのである。
人生は、ひとつじゃない。
色んな生き方があっていい。
人生は、一度きりなんだし。
自分による、自分のための、ホントの生き方見つけよう。
逃げるが勝ち。失踪上等。
逃げるか卑怯者、と罵る輩には、舌でも出してやればよろしい。
行方くらまし天狗、ここに見参。 どうだ、ざまあみろ。
…自殺するより、絶対マシ!
映画 「炎上」
気がついたら、ここにいた。
これもまた、強烈な1本。
出演俳優の事件で色々あって、お蔵入りになりかけたけど、
何とか公開に踏み切った英断に、一映画ファンとして感謝します。
主人公の樹理恵は、宗教にのめり込む両親のもとで育った。
厳しい躾、として長年にわたる体罰が続き、彼女は、体も心も限界。
ある日、意を決して家出。歌舞伎町のトー横広場で、“新しい仲間”と出会う。
監督・脚本は、長久充。 彼の映画を、初めて見ました。
いや~ すごい才能ですなあ。
サンダンス映画祭で2回も受賞し、本作もオリジナル脚本だそうな。
リアルで切ない、しかしながら、心に突き刺さる秀作です。
主演は、森七奈。
彼女の演技は何度か見ましたが、本作は、なかなかの熱演。
タイトルがアレなだけに、演じる温度が、次第に上がっていくのがいい。
アオイヤマダは、見覚えのある名前だなあって思ったら、
「PERFECT DAYS」の、カセットテープの女でしたね。
印象に残るまなざしが、メガネをかけると余計に強調されるように感じます。
“悪役”として、古館寛治と一ノ瀬ワタルが絶品。
こういう役柄をやると、二人とも冴えまくりでんなあ。
劇中、オリジナル曲(たぶん)が何曲か流れるんですが、
一ノ瀬が弾き語りで歌う歌が、シンプルで切なかったなあ。
チワワの歌は、もう、爆笑しかありませんでした。
(「ストキン」で、女子バンドを聴いたばかりってのもプラスに作用かと)
宗教団体が出てくる映画といえば、「カナリア」を思い出す。
谷村美月が、冷静にしたたかに生き抜く様が、とてもよかった。
「星の子」では、芦田愛菜が、バランスを取りながら生きている空気感が秀逸。
「八日目の蝉」「赤い文化住宅の初子」「めがね」でも、効果的に登場。
あ、そうそう、「濵マイク」シリーズにもあったっけ。
宗教ってのは、のめり込む本人は真面目なんだけど、
周りに迷惑をかけている自覚が乏しいところが厄介なので、
親がハマっていると、子供はいい迷惑ですよね。
10代の女の子が、地獄から抜け出すために行動するのは、
相当な勇気が必要だったことでしょう。
駆け込む場所がいかんかったけど、逃げるために必死だから、
どうしようもなかったのかもしれない。
途中で引き返すチャンスもあったけど、
彼女は、初めて居心地のいい場所を見つけた、という実感があったから、
思いが推進力となって、初めての友達と一緒に「行動」するのです。
人生において、思い切って動き出す時が、ロックなのだ。
彼女の名前は、樹理恵。
初めての仲間に、名前は?って聞かれて、
吃音があるから、じゅ、じゅ、じゅ…って、ドモってしまって、
じゃあ、ジュジュでいいじゃん、ということになりました。
(ジュジュといえば、俺的には「タクシードライバー」の映画館の売店のお菓子)
にぎやかなようで、寂しそうで、
楽しそうで、苦しそう。
おかしくもないのに、笑うことしかできないのも、かわいそう。
何を言っても怒られるから、子供はいつしか、黙ってしまう。
何も言わないからといって、服従しているわけじゃないんだよ。
おとなしいから、弱いってわけじゃないんだよ。
PG12。 103分。 5ヶ月間の、逃亡生活の物語。
大人たちよ、あたしの生き様、よく見てて。
JUJU。呪術。柔術。純情。ジュジュの奇妙な冒険。炎の少女ジュジュ。
パパ活、援助、炎上、三遊亭圓丈。 …Let’s,Enjoy!
映画 「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」
面白いから、夢中になる。
これは、イキがいい。音楽好きにはたまらない1本。
自分でバンドを組んだ経験がある人には、ぜひオススメ。
「アイデン&ティティ」がお好きな方には、超オススメ!
原作は、写真家・地引雄一の自伝的エッセイ。
舞台は、1978年の東京。
日本のパンク・ロック黎明期の歴史を、映画で学べます。
仲野太賀が冒頭から、ぶちかましてくれます。
彼の振り切った演技が素敵過ぎて、もう、笑うしかない。
お上品な方々は、ここで退場するのもよし。
ここで始まっちゃうところが、パンクでいいじゃん!
養豚場で働くユーイチは、写真家としてくすぶっていた。
休憩中に流れていたラジオから、セックス・ピストルズが流れ、
開眼した彼は、ロックの世界に飛び込むことに。
ミニコミ誌のカメラマンとなり、大きなライブを手掛けるようになる…
「アイデン&ティティ」と同じく、
監督は、田口トモロヲ。 脚本は、宮藤官九郎。 主演は、峯田和伸。
「アイデン&ティティ」のバンドメンバー4人も全員出ています笑
若葉竜也、吉岡里帆、間宮祥太朗、中島セナ、中村獅童たちの、
自分というキャラの出し方が、いちいち魅力的でヤバい。
個性のぶつかり合いが、ガツンとロック。
画面狭しと、爆走しまくりの130分です。
俺は、楽器を演奏できる人を、尊敬します。
ましてや、バンド組んで、自分で曲も書いて、パフォーマンスするなんて、
神業以外の何者でもありません。
面白いから、夢中になる。
夢中になるから、楽しくなる。
楽しいから、仲間ができる。
仲間が増えていくから、世界が広がっていく。
「自分だけの音」を見つけるのって、大変なんだろうなあ。
暗闇をさまよって、もがいて苦しんで、たどり着いた時は、
至福のひとときなのでしょう。
抑圧された魂を鷲掴みにし、暗闇を抜け出して、信じる道を突っ走り、
迷宮を突破する勇気があるからこそ、美しい領域に入れるのだ。
インディーズ・レーベル。
ロック・フェス。
オール・スタンディング。
これらの言葉が生まれた時代を、彼らと一緒に体験できるひととき。
あなたの心が求めている音が、映画の中にあるかも。
笑って、泣いて、心をかきむしって、飛び込んで、溶け込んで。
熱い心が、みなぎる魂が、パンクしそうな青春の光と影が、
ギンギンのサウンドにのって、宇宙空間に突き抜ける。
…やる気スイッチが入った瞬間が、ロックだ!
映画 「津田寛治に撮休はない」
どこを切っても、津田寛治。 …まるで、津田寛治アメのような映画。
津田寛治が、津田寛治を演じます。
ええと、津田寛治という俳優が、津田寛治という俳優を演じます。
おんなじかぁ、シンプルだけど、ややこしいですね。
監督・脚本は、菅野孝幸。 彼は、只者じゃありませんな。
しましまあ、よくも、こんな映画を撮ったもんです。
かなりの天才かもしれませんね。
俳優が自分を演じる映画といえば、思い出すのが
「その男、ヴァン・ダム」。あれは、いい映画だったなあ。
日本映画でも、「鎌田行進曲」とか、
今流れているシーンが、実は撮影でした、という場面展開がありました。
最近だと、「宮松と山下」での香川照之が、記憶に新しい。
こういうパラドックスって、映画マジックって感じで、面白いんですよね。
本作は、俳優としての自分を演じて演じて演じまくって、
いつの間にか、境界線がわからなくなってしまう、まさに「迷宮」。
今この役を演じているのは、俳優としての自分なのか、
この役そのものが、本来の自分自身なのか、それとも…
職歴が浅い俺が言うのもなんですが、
仕事っていうのは、最初は必死で無我夢中だけど、
ある程度覚えると、自分なりの考えを反映するようになる。
仕事が身に付いてからが、自分で、仕事を面白くしていくのだ。
映画の主人公は、俳優としてはプロフェッシャルな達人。
どんな要求にも応えて、完璧演じられる男。
デキるもんだから、次々と仕事を増やしまくり、
たくさんの役柄を、同時並行で演じ続け、いつしか、撮休を取らなくなってしまう。
そんな生活を続けていたら、脳がおかしくなっちゃいますよね。
案の定、宍戸錠、彼は、次第に混乱していくんですねえ。
昔、スケジュール帳がびっしり、の状態で充実感を感じる時代があったけど、
今それだと、ゾッとしてしまいます。
過ぎたるは、及ばざる如し。何事も、ほどほどがよろしい。
演じる、という行為は、実は、誰もが日常的にやっていること。
この人の前では、このキャラ。
あの人の前では、あのキャラ。
知らない人の前では、とりあえずこんなキャラ。
意中の人の前では、勝負キャラで。 といった具合。
混乱するのは、今ここで、自分はどんな顔したらいいのか、わからなくなる時。
場の状況が理解できず、笑ったらいいのか、泣いたらいいのか、無言がいいのか。
よかれと思ってしたことが、裏目に出たり、
身に覚えのないことで、突然感謝されたり、
予想外の展開に、リアクションがとれなかったり…
行動でも、思考でも、ヘビーな混乱が続くと、
いつしか、自分の中で、迷子になる。
ここはどこ? わたしはだれ?
この映画を見ている、あなたはだあれ?
映画を見た後、トイレに行ったら、鏡の中の自分をよく見てみましょう。
そこに映っているのは、ホントにあなたですか?
もしかして、津田寛治になっていませんか。
ぜひ、なったつもりで、ニタァっと笑ってみて下さい。
…迷いの森に足を踏み入れたら、もう、出られない!