木漏れ日の海 -20ページ目

木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

「職業 羽生結弦」の矜持 を見た。

 

全編にわたって圧倒されてしまったのだけど、小さな感想から。

 

手書きの練習メモが興味深かった。

かなり貴重なものを見せてもらったのではないだろうか。

 

体調、疲労、足首、腰という項目にそれぞれ数字がついている。

客観的に自分の調子を数値化して、分析している。

 

そして、「レペティション」に書いてあるジャンプがまた・・。

 

4Lo3A、4S、4T3S、4T・・・

 

という調子で、高難度ジャンプしかないという・・。

 

そして「ロンカプステップ~エンド」という文字が。

 

これも納得で、ロンカプは羽生君のプログラム史上最も高難度のステップシークエンスだと思うので、強化練習にこれを入れるのは大変理にかなっているのではと。

(そして大変美しいステップシークエンスなので、ロンカプの文字を見ただけで心が躍ってしまった)

 

そして、右下に書いてある「調子4」「達成度4」。

これも、とても客観的かつ冷静に自分の状態を見ているのだなと思った。

 

そして、西川の撮影風景が映る。

8時間の撮影の後、なんと仮眠をとって練習をするという。

 

撮影で8時間というのは、かなりの長丁場。

なかでも演者というのは、一番緊張するし精神力が必要とされるポジションなので、8時間もやったら、ヘトヘトになると思う。

 

それなのに、その日も練習をするという。

練習を休むという選択肢は、単独公演を控えたこの時期、ない。

 

ここから、アイリンでの深夜の練習が始まる。

 

滑るのは、競技プログラムたち。

羽生君の競技プログラムといえば、最高難度のジャンプにステップ、スピン、つなぎがつめこまれている。

 

それを次々と、休憩やインターバルを取らずに続けていく。

 

(緊迫の場面が続くなかだけど、「バラ1」を見た時、喜んでしまった。いつかまた見たい大好きなプログラムが現れて不意打ちに・・)

 

競技プロを続けていく練習というのは、本当に無駄がないと思った。

 

最高難度の競技プログラムを滑ることによって、スケートに必要な筋力、技術力、体力、精神力が磨かれていく。

 

純度100%の練習、という感じがした。

 

それにしても、こんなに追い込んでいたなんて・・。

 

「GIFT」や「RE_PRAY」のような単独公演をするには、とてつもない練習をしているのだろうとぼんやり思っていたけど、その一部ではあるものの、テレビ画面の中の羽生君に圧倒された。

 

常に最高のスケートを追い求めてやまない。

それを実現するための、すさまじい積み重ね。

 

ただただ、圧倒された。

「RE_PRAY」で羽生君が滑ったプログラムの数は12。

 

それにしても、とんでもない数。

競技時代、こんなに羽生君のプログラムを一度に見れることはなかった。

 

「RE_PRAY」というストーリーに沿って、このプログラムたちが展開されるとはいえ、1つ1つのプログラムが持つ世界観は違う。

 

「RE_PRAY」の中で、1つ1つのプログラムが表現している意味も、それぞれに違う。

 

これだけ多彩なプログラムを1時間半の公演の中で滑るというのは、すごすぎて、どうなっているのかと思う。

 

それぞれのプログラムの前後には映像が投影されているけど、そんなに長い時間でなない。

その間に着替えて、呼吸を整える。

 

そして何よりも、次のプログラム世界に入るために気持ちを切り替えたり、転換させる必要があると思われる。

 

それとも、「RE_PRAY」という1つのストーリーに溶け込んでいるので、ストーリーの展開に合わせて自然に気持ちも展開していくのだろうか。

 

1時間半で12のプログラムを滑るというのは、体力面もさることながら、精神面も、とてつもないと思う。

 

そして、すごく素人っぽい感想だけど、12のプログラムの振付を全て完璧に覚えて、しかもそれを遂行するための情報量というのは、これまたとてつもない気がする。

 

スピン、ジャンプ、ステップなど、複雑な動きが、途切れることなく続くフィギュアスケート。

それだけの動きを創り出して制御するために、脳から発せられる信号の情報量はとんでもないはず。

しかも、羽生君はそのスケートに最大限の感情を込める。

 

それを可能にするために、今まで、どれだけプログラムを滑りこんできたのだろう。

スケートに注ぎ込んできた、幾多の時間や思い、情熱。

それがあるからこそ、できることなのだろう。

 

今までに心血を注いで作り上げてきた1つ1つのプログラムたち。

それぞれがマスターピース。

 

それらが「RE_PRAY」という公演の中でストーリーを描き出し、それぞれが宝石のように輝きを放つ。

 

すべては積み重ねなのかもしれない。

今までに、信じてひたすらに向上を重ねてきたスケート。

そそぎ込んできたきた思い。

 

それがあるから今がある。

羽生君のスケートというのは、そういうものなのかもしれない。

「RE_PRAY」から1週間がたった。

 

たまアリの2日間は、今振り返っても夢のようだった。

 

まずは初日。

幕が開いて、リンクに羽生君が降り立つ。

 

SOIとファンタジーオンアイスで羽生君が実在することを確認したので、「本当に羽生君って、いたんだ」という感想にはならなかったけど、「最初から羽生君のプログラムが見れるなんて」と感激した。

 

初日は当然だけど、どのプログラムがどのタイミングで来るかが全く分からなかったので、プログラムが始まる度に驚いたり感激したりと、心の中で忙しかった。

 

最初のプログラムは「いつか終わる夢-original-」。

曲と、羽生君のゆったりとしつつも重々しい滑り、そして幻想的なプロジェクションマッピングによって、いきなり別世界に入ったかのようだった。

 

「RE_PRAY」の世界への導入として納得のプログラム選び。

 

次の新プロ「鶏と蛇と豚」は、般若心経、斬新な衣装、氷のすぐ上を走るレーザーが反射して光る足首と、怒涛のように情報がやってくる。

 

ダンサブルな動きがあって、スケーティングがあって。

そうしたら、いきなりショートサイトでリンクから出た。

「え?」と思ったら、小さな舞台上でダンスのような動き。

 

一瞬、モニターを見ようか迷ったけど、せっかく生だから(録画は後から見れると自分に言い聞かせて)、遠いながらも生の羽生君を見る。

舞台で踊る後ろ姿。

 

「鶏と蛇と豚」について、初日にやっと認識できたのは、これくらい。

 

そして、次に来たのが「ホプレガ」。

 

過去プログラムはどれも、映像ではさんざん見てきたけど生で見るのは初めてのものばかりなので、感激に次ぐ感激。

 

競技プロを生で初めてみたのが、このときの「ホプレガ」。

スケーティングがとにかく素晴らしい。

 

「Megalovania」は、エッジの音が遠いA席まではっきりと聞こえたので、初日は、てっきり録音だと悲しい勘違いをしてしまった。(2日目は、録画を確認したおかげでリアルな音だと分かっていたので、耳をすませて聞き入った。生で羽生君のエッジの音が聞けるなんて、贅沢すぎる)

 

そして次にきたのが、まさかの6分間練習。

競技時代、怖いくらいに集中して本番に向かう羽生君が好きだったので、これには感激した。

 

もちろん見たい願望はあったけど、「RE_PRAY」には入らないんじゃないかと思っていたので。

 

羽生君の6分間練習は、本当にきれい。

無駄な動きが全くない。

集中力を極限まで高めながら、確認すべきことを確実に遂行する。

 

4回転ジャンプが入ったので、「これは来るぞ」と緊張した。

衣装は見たことがない真っ赤なデザインなので、新プロだろう。

 

必死で羽生君の姿のみを目で追っていたので、リンクサイドのプーさんに気付いたのは、6分間練習が終盤にさしかかるころ。

よく見たら、ディスプレイにカウントダウンが。

いよいよ、始まる。

 

と思ったら、初日はいきなり音楽が鳴り始めた。

(2日目はスタート地点についてからだったので、初日はタイミングがずれたのかな)

 

でも初日は、そういう演出のプログラムだと思って見ていた。

(なにせ暗がりのスピンから始まる「if...」という前例もあるので)

 

冒頭、いきなり4回転。

完璧なジャンプ。

 

これはガチだ。

そしてトリプルアクセルに、3回転ジャンプ。

 

と思ったら、珍しく4回転ジャンプで転倒。

(ここで体調が少し心配になる。とにかく、プロになってからの羽生君は転倒がほとんどなかったので)

 

そう思ったら、怒涛の5連続ジャンプ。

これには、驚いた。

最初見ていたときは、3連続ジャンプだと思いながら見ていたから、また1回転、そして3回転と続いたのに驚いた。

会場のボルテージも一気に上がる。

 

そんな感じで、初見の「破滅への使者」はジャンプしか認識できなかった。

悲しいことに、振付も音楽も全く認識できなかった。

 

でも、競技のような明るい照明のもと滑られる競技プロなみの難度のプログラムは格別だった。

A席だったので、リンク全体がよく見える。

羽生君がリンクのどのあたりでどのジャンプを跳んだかということが、意外と鮮明に記憶に残っている。

 

ここで前半が終了。

まだ前半が終わっただけなのに、濃密な時間だった。

それでも、あっという間のできごとだったようにも感じる。

 

休憩をはさんで、いよいよ後半。

初日は、とにかく全てが未知の世界。

 

ここで来たのが、「いつか終わる夢;RE」。

冒頭と同じプログラムが来たことに、意表をつかれた。

よく見ると、衣装が違う。

そしてプログラムの雰囲気が1回目と全く違うことに驚いた。

(音楽がピアノ演奏になっていたことは、これまた悲しいことに、現地では気付かなかった)

 

そして次にきたのが、「天と地のレクイエム」。

このプログラムを生で見ることがあるとは思っていなかったので、驚いた。

最初音楽がかかった時、「え?これ、天と地のレクイエムだよね?」と心の中で自問したくらい。

 

今までこのプログラムに持っていた「押し寄せる悲しみ」というイメージとはまた違って見えた。

 

ショーでは長いこと封印されていたかのような「天と地のレクイエム」だけど、この「RE_PRAY」という物語の終盤であるここに持ってきたかと、うなった。

 

そして、この次に来たのが、なんと「あの夏へ」。

この流れに歓喜するとともに、ぞくぞくした。

 

このプログラムが創り出す世界観に圧倒された。

異世界観が、ここに極まったというか。

 

すごいものを見た。

この時ばかりは、スケートということすらも忘れさせるかのよう。

神聖な「舞」のようだった。

 

そして、最後は「春よ、来い」。

本来なら、このプログラムを生で見れることにも歓喜なのだけど、「あの夏へ」に圧倒されて戻ってこれないうちに、あっという間に終わってしまった感じがした。

 

生で見る羽生君の単独公演は、次から次へと羽生君のプログラムがくるので、圧倒される。

こんなに素晴らしいプログラムたちを、こんな短時間に、こんなにたくさん見れるなんて。

 

すごすぎる。極上すぎる。

「RE_PRAY」から1週間たった今も、あの空間を振り返りながら、そう思う。

AERAメイキング映像で流れた羽生君の話が、とても興味深かった。

 

「太陽とかの光があって、その光を反射した波長が目の中に入ってきて、それを脳が処理して『色だ』って認識しているわけじゃないですか。それが何となく、自分の演技もそうなのかなって思っていて、言葉とかもそうなのかなって思っていて。この言葉を聞いてくれた人とか見てくれた人とか自分の演技を見てくれた人が見ているものって、たぶんその人にしか見えないもの。その人が自分から発した光みたいなものが、僕っていう鏡みたいな媒体を通して、また自分が見えてくる。」

 

羽生君のスケートは「媒体」であり、鏡。

見る人自身の姿や、見る人自身が発する光が見えている。

 

このイメージには、すごく納得する部分もあって。

 

それは、2018年ファンタジーオンアイス・神戸のこと。

現地ではなく映像で見たのだけど、このとき初めて「春よ、来い」が披露された。

 

個人的に神戸という土地と「春よ、来い」という曲には思い入れがあったので、それだけでも感動だったのだけど、そのプログラム世界に圧倒された。

 

こんなプログラムがあるなんて、と震えた。

そこに見たのは、命のゆらめき。

 

そして、このときにあるブログで、それはそれは素晴らしい感想を読んだ。

私の受け取り方とはまた違って、ものすごいイマジネーションを「春よ、来い」から受け取ったと書いてらして、その内容が素晴らしかった。

 

その感想を読んだときに、同じプログラムを見ても、こんなに違う受け取り方があるのだと発見した。

 

その方が受け取ったイマジネーションは本当に素晴らしくて、こんなふうに見える方というのは、ご自身が持っている感性がすごいのだなと思った。

私は、その方の受け取ったイマジネーションに感動した。

 

そういう経験があるから、羽生君のスケートを見る事によって、見る人自身の姿が見えているというイメージに、とても納得する部分がある。

 

そして、そうでありつつ、別のイメージも持っている。

 

私は羽生君のことを発光体のようだと思っている。

まばゆい光を発するから、遠くからでも見つけることができる。

沢山の人が見ることができる。

 

それはまさに、スター(星)。

本来なら見つけることができないほど遠くにあるのに、強い光を発しているから見ることができる星のよう。

 

さらに「光」には別のイメージもある。

 

光の三原色は赤と青と緑。

そして、絵具の場合は三原色を混ぜると黒になるけど、光は三原色を混ぜると白になる。

 

この光のイメージが羽生君のスケートみたいだなと、ずっと思っている。

 

多くの色が混じりあえば混じりあうほど、ピュアな白になる。

(余談だけど、赤、青、緑はどれも羽生君のイメージを想起させる色だなと思う)

 

さらに光に関する別のイメージを。

 

光には様々な波長のものがあるけど、人間にとっては可視光というものがあって、見える波長に限りがある。

例えば紫外線は人間には見えないけど、ある種の鳥や虫には見えるという。

 

それと同じで、羽生君のスケートが発する光の波長の範囲はとても広いけど、人によって可視光の範囲が違うのかもと夢想することがある。

 

羽生君のスケートからは、あまりにも多くの波長の光が発せられていて、人によって、またはその時々によって見える波長が違うのかもしれないと。

 

それは、見える範囲が違うから良いとか悪いとかではなくて、生物がそれぞれの生存に必要な範囲の光を見るように、それぞれの人に固有の見え方なのかなと思う。

 

そんなこんなで、羽生君のスケートと光に関して様々な夢想をする。

 

羽生君のスケートは、様々な夢想や思い、イマジネーションを見る者の内に湧きあがらせる。

それは、スケートそのものが素晴らしいからということは間違いない。

「RE_PRAY」より前に、生で羽生君を見たのは2023年のSOIとファンタジーオンアイス。

 

どちらもプログラムの体感は1分ぐらいだった。

あっという間のできごと。

 

そして今回、初めての単独公演。

たくさんのプログラムを滑ってくれた。

 

それでもやっぱり、羽生君のスケートはなんだか、あっという間に感じる。

 

プログラム1つ1つが濃密な世界をもっていて、その世界を凝視しているうちに、あっという間に終わる感じ。

 

生で羽生君のスケートを見ている時というのは、時空がゆがむかのよう。

 

魅入っている間に、あっという間にプログラムが終わってしまう。

そしてプログラムの終わりはいつも、名残りおしい。

 

もっとこのプログラム世界を見ていたかったという気持ちになる。

 

これこそが、羽生君のスケートが持つ磁力なのだろう。

 

極上の時間というのは、名残惜しいながらも、あっという間にすぎてしまうもの。

それが羽生君のスケートなのだ。

 

6分間練習も、文字通り6分もあるのに、またたく間に過ぎた。

 

6分間練習のときの会場の静けさが印象的だった。

1万4千人もの人がいるのに、みんな羽生君のスケートを集中して見ているから、静かなのだ。

ジャンプが決まったときに拍手が起きるのみ。

 

本当に、いつまでも見ていたいという気持ちにさせるのが、羽生君のスケート。

 

満員のたまアリでシェアプラクティスをしたとしても、十分成り立つと思う。

(生でシェアプラクティスが見れるとしたら最高だと夢想する)

 

そんなこんなで、単独公演という最高に贅沢な時間も、極上であるがゆえにあっという間だったという話に落ち着く。