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木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

「RE_PRAY」の録画を毎日見ているのだけど、汲めども尽きぬ泉のように、見る度に魅力を発見する。

 

ある時は、羽生君のスケート技術に圧倒される。

プログラムの中に溶け込んでいるイーグルやスピン、スケーティング。

その1つ1つの美しさ、完璧なまでに磨きこまれたスケート技術にうっとりとする。

 

ある時は、表情に引き込まれる。

何を思って滑れば、そのような表情になるのか。

あまりにも真摯な思いが詰まった表情に魅了される。

 

そして今日は、これだけのプログラム、1つ1つに魂を込めて滑る、その精神力に圧倒された。

 

ヒリヒリとした緊張感と、ときにはゲームのキャラクターが感じているであろう怒りや絶望が迫ってくる前半。

 

そして後半もまた、すごい。

 

「いつか終わる夢;RE」では、悲しみが底に流れつつも、そこに留まらないという決意を全力でたぐりよせる。

 

「天と地のレクイエム」では、まるで流れていってしまった魂の悲しみにシンクロするような、振り絞るような滑り。

 

「あの夏へ」では、奉納の舞のような、祈りと願いが込められた滑り。

 

そして、その旅路の果てにたどり着いた「春よ、来い」では、希望の糸をたぐりよせて思いを届けるような滑り。

 

これだけ心を込めたプログラムを次々と滑る羽生君の精神力。

 

やはり「RE_PRAY」では、とんでもなくすごいものを見せてもらっているのだと思う。

このブログでは羽生君のプログラムについて色々と書いてきたけど、このプログラムについては、どう書けばよいかわからなくて、書けずにきた。

 

「天と地のレクイエム」

 

羽生君のプログラムはいつも、初見でハッとさせられるのだけど、その中でもとりわけ、初見で衝撃を受けたプログラムが3つある。

 

1つは「SEIMEI」。

 

真っすぐに「日本」をテーマに据えたプログラムを、しかもフリープログラムに持ってきてくれたことが嬉しかった。

 

そして「春よ、来い」。

 

初演は2018年のファンタジーオンアイス神戸。

 

私は神戸出身なので、神戸で羽生君が「春よ、来い」を滑ったということに、びっくりした。

 

この曲は、阪神淡路大震災があった年の朝ドラの主題歌だった。

ガレキだらけの街に春が来て、そこから立ち上がっていくという時に流れていた曲というイメージがある。

 

そんなに何もかも震災につなげるのは羽生君に申し訳ないと思いながらも、神戸だからこの選曲なのかな、という思いがよぎった。

 

そして、選曲にもまして衝撃だったのは、このプログラムが持つ生命力や、包み込む優しさ。

 

初見のときから素晴らしかった「春よ、来い」は、それから何度も何度も披露されて、多くの人に愛されるプログラムになった。

 

そして、3つ目が「天と地のレクイエム」。

このタイトルを聞いて、その滑りを見たとき、本当にびっくりした。

 

こんなにストレートで、つらいテーマをプログラムにしたことに。

 

悲しみと慟哭を感じるプログラム。

 

こんなにつらいプログラムを滑って羽生君は大丈夫なのかなと、随分と心配したりもした。

 

簡単に「好き」とか「素晴らしい」と言っては申し訳ないようなプログラム。

 

だけど、非常に迫ってくるものがある。

ひとたび始まると、目が離せない。

悲しみを絞り出すかのような滑り。

 

個人的な思いだけど、この「天と地のレクイエム」と「春よ、来い」は、対になるようなプログラムだと思ってきた。

 

現れ方は違うけど、同じ根っこを持つ双子のようなプログラムだと。

 

羽生君の心の底からの思いや叫び、悲しみや慈愛が詰まったプログラムだと思ってきた。

 

「春よ、来い」はその後、繰り返し滑られてきた。

プロになってからも、多くの公演でトリを飾る、特別なプログラム。

 

一方で、「天と地のレクイエム」は2015-2016シーズンのエキシと2015年の24時間テレビで滑られて以来、ほとんど人前で披露されることはなかった。

 

そんな折、2023年3月11日に羽生君のユーチューブで「天と地のレクイエム」が公開された。

それを見て、このプログラムは今でも大切なプログラムなのだと思った。

 

そして、思わぬ再会を果たしたのが、「RE_PRAY」埼玉公演の初日。

 

現地で見ていたのだけど、「天と地のレクイエム」が始まったとき、びっくりした。

 

まさか、このプログラムを生で見られるとは思っていなかった。

そして、いざ生で見ると、悲しくも美しく、心にしみいるプログラムだった。

 

大切にしてきたプログラムを、この「RE_PRAY」で見せてくれたのだと思った。

 

心の底から絞り出すような滑り。

このプログラムにもまた、羽生君の真実が宿っている。

生きていれば、様々な体験をし、多くの感情がわいてくる。

 

普通はそれらの感情が通り過ぎていくのに任せるのみだけど、それをすくい上げて、磨き上げて、具現化するのが芸術なのかもしれない。

 

そう考えると、羽生君のスケートは多くの感情、様々な思いが、美しく精錬されて、具現化しているといえる。

 

人生のなかで感じたこと、湧きあがる思いをすくい上げて、1つ1つのプログラムに昇華させる。

 

そういった思いが、目に見える形になったのが、羽生君のスケート。

 

その時々の思いや願いが、こめられている。

だからこそ、1つとして同じ滑りがない。

 

そんなことを改めて感じた「RE_PRAY」佐賀公演だった。

「RE_PRAY」佐賀公演を見ながら、1つの疑問が浮かんできた。

 

なぜ、サンズなのか。

なぜ、クジャなのか。

 

「Megalovania」には、「Undertale」というゲームのサンズというキャラクターへのオマージュが込められているという。

 

ゲームに詳しい方々の解説を読んだところ、サンズは最後に主人公の前に立ちはだかる敵キャラだという。

 

また、「破滅への使者」ではファイナルファンタジーのクジャというキャラクターを表現しているのではないかと言われている。

 

このクジャも同じく敵キャラ。

 

なぜ、どちらのプログラムでも、羽生君は敵キャラを演じている、もしくは敵キャラに心を寄せているのだろうと、疑問に思った。

 

普通に考えたら、ゲームに材をとった場合、主人公的なキャラクターを演じるのではないかと思う。

 

主人公は、ゲームの世界で何らかの正義にのっとって行動しているはずだし、プレイヤーは主人公に同化しているから、主人公を演じるのが自然な気がする。

 

ところが、「RE_PRAY」で羽生君がオマージュを込めたのは、いずれも敵キャラ。

 

私はゲームをやらないので、ゲームをプレイするときの気持ちが分からないけど、プレイヤーとしてゲームをしているときは、敵キャラというのは、立ちはだかる「かたき」であるはず。

 

そんなに共感する存在では、ないような気がする。

 

でも、「RE_PRAY」で羽生君が滑る「Megalovania」や「破滅への使者」からは、サンズやクジャのやるせない悲しみが感じられる。

 

サンズやクジャに心を寄せているからこその滑りというか。

 

敵であっても、そのキャラクターが抱える、どうしようもない境遇や悲しみに共感して、それを表現してくる。

それが羽生君という人のありようなのかなと思った。

 

1月17日という日に、羽生君からXとインスタにメッセージがあがった。

 

特にインスタにあがったメッセージが心に残った。

 

そのメッセージは、阪神淡路大震災で最もつらい思いをして、今もその思いを抱えている人に寄り添っていると感じた。

 

最もつらい人に寄り添うというのは、つらいことでもあるけど、それが自然なこととしてある。

そんな羽生君のありようを、ひしひしと感じた日だった。

「RE_PRAY」佐賀公演2日目の録画を、気がつけば毎日見ている。

どうしても毎日見たくて、我慢できない感じで。

 

11月は、たまアリ初日をリピート。

12月は、たまアリ2日目をリピート。

 

そして、1月は佐賀2日目をリピートすることになりそう。

 

「RE_PRAY」を通しで見ると、長い旅をしたような気分になる。

 

「RE_PRAY」の旅路を一緒にたどっているような感じ。

 

そして、見る度に感動と発見がある。

 

それにしても、「RE_PRAY」には羽生君のスケートの全てが詰め込まれているような感じがする。

 

競技時代に感じていたドキドキや、怖いくらいの集中。闘争心。

(競技時代、そういう姿を見るのが好きだった)

 

エキシで見せてきた、ピュアな祈り。

 

プロになってから加わった、ダンサブルなプログラム(「阿修羅ちゃん」「鶏と蛇と豚」)。

そして「あの夏へ」が持つ圧倒的な世界観。

 

そういった、羽生君のスケートが持つ魅力、その全てが詰め込まれて、注ぎ込まれていると思う。

 

そして、スケートが本当に上手いとほれぼれする。

 

「天と地のレクイエム」で見せる、速くて美しいスピン。

「SEIMEI」も、見る度に上手くなっているような気がする。

 

出し惜しみをしない。

その時にできる最高のものを出す。

そんな姿が詰まっている。

 

そして、佐賀にかけつけたファンの皆さんのあたたかい応援が、画面越しにも伝わってくる。

 

自分も含めて、ファンというのは色々とやっかいで重いときもあるかもしれない。

でも、それでも、羽生君のスケートを見て感動するファンの心というのは、どこか魂のレベルで共感しているのではないかと思う。

 

何度見ても感動を与えてくれる羽生君のスケートは、心底、素晴らしい。

「RE_PRAY」をリピートしながら、つくづく、そう思う。