言わなきゃわかんないけど言えばわかる | 【ココロと友達】大人の自己肯定感を育てる専門家かとちゃん

【ココロと友達】大人の自己肯定感を育てる専門家かとちゃん

うつや病気で休職3回を経験。今は心理カウンセラーとして優雅に生きるかとちゃんが、「自己肯定感の育てかた」をお伝えしています。





療養中で引きこもり10日目の
心理カウンセラーかとちゃんです。


前回のブログを
いかりんやみなさんのブログで
紹介していただいたおかげで

たくさんの反響をいただいています。
ありがとうございます。


自分のカラダと
じっくりと向き合う時間ができたことで、
ブログに書ききれないほど
いろんなコトを考えています。
(とわいえ一日の3分の2は寝てますw)

それらは追々と
綴っていこうと思いますが

この数日に
ボクが得たもの、得心したものは
これからの人生において宝となると
思っています。



で、その中からひとつ書いときます。
また長ーいです。



↑まずはひと押しヽ( ´¬`)ノ



前回のブログの文章の中に
(→コチラ)


「みんな、ここまで話についてきてるかな?」
「みんな意味わかったかしら?」


という2行が入っています。


これ無意識で書いていました。

そのあとfacebookやらメッセージやらで
「意味わかるよー」
って言ってくれる人が何人もいて

あ、オレこんなこと書いてた
って気が付きました。


そしてこのコトバには
自分の想いが強く現れているなーと
感じました。



「みんな、ここまで話についてきてるかな?」
「みんな意味わかったかしら?」


この2行は、単に
文章が下手で伝わってるかな?
という意味ではなく


「病気のコトは
 人にはわかってもらえない」


っていうボクの気持ちが
乗っかっているんです。

だから書きながら
2回も確認してました。




ボクが子供の頃は
アトピーはまだまだあまり知られておらず
誰に対しても説明が必要でした。

見た目の症状がひどかった
幼少期のボクには、

あちらからもこちらからも

「アナタ大丈夫?」
「病院には行ってるの?」

ってコトバが飛んできました。


今なら、「あ、アトピーだな」と
周囲の人たちもそっとしておいてくれる
かと思いますが

昔のボクは
「心配」と「好奇」の目に
さらされ続けていました。

でも子供はそんなこと言わないんです。
言ってくるのはほとんどが大人。


だからボクはその度に

「病院には行っていて
 アトピーっていう病気で…」

みたいに説明するか

「めんどくせぇ」と

むっつりとダンマリしてしまうか
という感じでした。


そんな小学校二年生のある日に
はじめて行った友達の家。

「おじゃまします」と
その友達と手を繋いで
玄関から上がろうとすると

そこの母親が
ボクと友達を急いで引き剥がして
こう言いました。

「それは伝染るの!?」
「大丈夫なの!?」

ボクは泣きながら

「ごめんなさい、ごめんなさい。。
 病院にも行ってます。伝染らないから
 ○○ちゃんと遊ばせてください。。」 

と一生懸命にアトピーについて釈明していました。


誰が悪いわけではなく
そこのお母さんも
ビックリしてとっさに
やってしまったことなんだと思います。

でも結局その日はいただまれなくて
泣きながら帰りました。




それからもう一つの
頸性神経筋症候群(自律神経失調症)の方は、
様々な体調不良が出るものなのですが

見た目には何もなく、
病院の検査でも何も出ません。
何調べても血圧が高いのと
アレルギー数値が高いだけ。

当時は病名さえもなかったですので

「仮病」やら「ガマンしろ」

やら言われてきました。


そんなふうにボクの中には

「病気のことはわかってもらえない」
「ボクは普通の人と違う」
「ボクは大丈夫な人じゃない」
「ボクは理解されない人」

という想いが形成されて行きました。


それから

「病気のことは言っても無駄だから隠そう」

となり

・隠せるときは隠す
 (見た目を隠す、調子悪くても愛想笑い)
・隠せない時は人を避ける

ずっとそうやって生きてきました。
だから孤独でした。


逆に他の人が自身の病気のことを
赤裸々に見せたりしていると
ザワザワしました。

「ガマンせえよ」
「うざいわ」

だから同じ病気の人たちの会とかにも
行きたくなかった。
傷の舐め合いなどしたくないし
オレはひとりでもがんばるんだと
思っていました。。。




そんなふうに出来上がった
ボクの「ココロの前提」

「病気のコトは
 人にはわかってもらえない」


が、文頭の2行の

「みんな、ここまで話についてきてるかな?」
「みんな意味わかったかしら?」


に乗っかってるんです。


もう結構ココロも開いてきたつもりですが

やっぱりそれを閉じる根源となっている
病気のことになると

「わかってもらえない前提」

が根強いんだな~、って気づきました。



でもね
みんなに「わかるよー」って
言ってもらえて

やっぱドンドン出していきゃいいんだ
ってやっと自分に許可が出せた気がします。






そしてやっぱりこれって
病気に限った話ではないんです。


たとえば
「家が貧しかった」
「自分には○○という劣等感がある」
というような

自分のマイナス面や
隠したいと思っている部分があると

「言わなきゃわかんない」が
「言ってもわかんない」に

どんどん曲解されていく。

さらなるネガティブループとなり

拗ねて拗ねて

自分の中に引きこもって

ゼッタイ外には出せない
「自分だけの不幸」を作り出し


「どうせわかってもらえない」

という「前提」を作り出す。


その「わかってもらえない前提」で
世の中を見ていると

「またわかってもらえなかった!」

ってことばかり集めては
その想いを強くしていく。


バーカ( ゚Д゚)

その“たまたま”
わかってもらえなかった1人の周りに
9人のわかってくれる人
わかってくれようとしてくれる人がいるんだよ。

そんな例外だけ集めてどうすんねん。
それにそんなわかってくれない人とは
仲良くしなくてええやろに。

世界は優しいんだよ。


「言わなきゃわかんないかもしれないけど
 言えばわかってもらえるかも」


それを信じて
自分の見せたくない面
隠したい面を見せていく。


これがココロを開いていく
一番の方法。


こわくないよ^^


そうすれば
人の優しさに気づくことができて
受け取れるようになってくるよ。



まあボクもここまで
時間かかったけどなぁ。




↑ここまで読んだら押してってヽ( ´¬`)ノ






「みんな、ここまで話についてきてるかな?」
「みんな意味わかったかしら?」



このたった2行から

こんなことを想いました。


みんな共感してくれて
ありがとう。

ボクの周りには味方ばかりです^^








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