ホラーとココロ/健全な刺激 | 【ココロと友達】大人の自己肯定感を育てる専門家かとちゃん

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うつや病気で休職3回を経験。今は心理カウンセラーとして優雅に生きるかとちゃんが、「自己肯定感の育てかた」をお伝えしています。

あなたもココロとお友達。
心理カウンセラーの かとちゃんです。


おかげさまで体調は持ち直してきました。

っていうか、なんだか妙に元気に( ゚∀゚)=3


となるといつもボクはどこへ行くかというと、TSUTAYAへ行って、映画をいっぱい借りてきます。根が引きこもりなんで、元気になってもやることが引きこもりw



ボクね、ホラー映画大好きなんすよ。ホラー映画って観ない人は絶対観ないと思うけど、好きな人はかなり好き。

ホラーってグチャッグチャ血みどろなイメージとかあると思うんですが、そのグチャグチャを除けば

「極限の状況下での人の性(さが)」

を表現したのがホラー映画なんで、人間の本質を鋭くついた作品が多く実はかなり名作と言われるものも多いんです。(もちろん駄作も死ぬほど多い ^^ )


ホラー映画のこと書き始めると長くなるんで端折りますが、今回も観たいのが貯まっていたのでいろいろ借りてきたんです。でもなんだか昔ほど楽しくないんですねー。


数年前から気がついてはいたんですが、今回はかなりそれを感じました。


歳とってきて趣向が変わってきたってのもあるけど、今日はマジメにココロとの関係を考えてみたのでちょっと書き留めときます。ちょっと長いんで、時間ない方は下のボタンだけでも押してってね(^_-)-☆


↑かとちゃんを応援してヽ( ´¬`)ノヒャッホーイ



一般的に脳科学の世界では、恐怖に関係する脳の部位と愛とか快楽に関係する脳の部位はかなり重複してると言われてます。なので恐怖≒快楽になり得ます。

ジェットコースターとかバンジージャンプも同じですよね。あと痛みとかも快楽だったりします。

ちょっと横道にソレますが「吊り橋理論」って知ってますか。人間は緊張感や恐怖のドキドキを恋愛のドキドキと区別することができないって理論で、異性とグラグラな吊り橋の上におかれると、ふたりに恋愛感情が生まれるってやつです。これなんかも似てますよね。


どうして恐怖と快楽の脳の部位が同じかというと、「恐怖とは回避すべきものでありながら、よりよく理解すべきものでもあるから」ということなんです。怖いと思うものを克服し人は成長していくわけですし、脅威から身を守るためにはそのものを良く知る必要がある。これが「怖いもの見たさ」です。「恐怖」を「知る」ことも人の欲求なんですね。



また「恐怖、快楽」を「刺激」と言い換えれば、人はより刺激を求める生き物なので、それは「愛」でも「癒やし」でも「苦しみ」でも「恐怖」でも同じとも言えます。


だからこそ「安全な場所で体験できる激しい刺激(恐怖)」であるホラー映画は、ココロからしたら大好物となりえますよね。



で、ここからはボクの場合のハナシ。

ボクは幼少期は極度のビビリ症で、ホラーやら幽霊やらがもの凄く怖かったんです。とてもホラー映画なんて見られないレベル。

アニキから「友達と『エイリアン』を見に行くけど行く?」って言われた時(たぶん小学校2年)に、観に行くのはコワイし、行かないとひとりで留守番だしで大泣きしたのを覚えています。

それがひっくり返ったのは中学二年。友人と当時流行りだしたビデオレンタルに行って『悪魔のいけにえ(スラッシャーホラーの金字塔!)』を借りてきたんです。自分としては超コワイのに、「オレも観たい」なんてカッコつけちゃって。

で、観終わってあまりの恐怖にアタマがマヒしました。「これスゲー( ゚∀゚)=3」って大興奮。で、そっからホラーを貪るように見始めました。


その頃はまだ無邪気な子だったんですが、その後、高校の時にいろいろあって世間からココロを閉ざしました。固いヨロイでココロを守っているので、「愛」の受け取りは拒否ってるし、ココロが欲しがるあらゆる「刺激」が届かない。当時、親には「無感動な子」と言われていました。

そこに登場するのが「ホラー映画」。激しいスプラッター描写やバイオレンス描写を見て、そのココロの欲求を満たしてたんです。穏やかな刺激「愛」は届かないけど、激しい刺激「血みどろ」は届く。まさに「恐怖」≒「快楽」ですわ。


以後そのまま、ホラー映画の名作やらにたくさん出会い、「ホラー大好き!」っていう立派な大人に育ちました。^^


偏見ありで書きますが、ハードロックとかメタルとかの音楽も似たようなものを感じます。世間(の愛)に背を向けて退廃的で刺激的な世界に浸るっていう。



それで、なぜボクがホラーが楽しくなくなってきたかと言うと、人は快楽はある程度得られれば満足するから、他の方面からの快楽(心的満足)が得られていれば、わざわざ恐怖を快楽として得る必要はなくなってくる…のだと思われます。

ここ数年で、ココロを開き始めたことによって、「愛」やら「癒やし」やらがたくさん入ってくるようになりました。『健全な刺激』がたくさん入ってくるのでココロがそれで満足してるんです。

ホラー映画はやっぱりオハナシは面白いんです。でも「刺激」の象徴である「グチャグチャ血みどろ」は見てて楽しくなくなりました。前はこれにキャアキャア言ってるのがスゴく楽しかったんです

今は「アレキサンドル・アジャ監督のスプラッタ描写スゲー」とか「西村喜廣の特殊メイクやっぱ激しいー」とか客観的に見てテクニカルには面白いんですが、ココロの刺激としては不快になってきたんです。もうあまり見たくない。キモい。


そんなことでちょっと残念ではあるんですが、もうあんまホラー観ないだろなーって思いました。少なくともスプラッターはね。


なーんてな。


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/ J   川川リ
ノ川    川リ

[貞子] ボタン押して……



そんで今回、何が言いたかったかというと


やっぱり

「スキとかキライ」
「快とか不快」

なんてーものは、その人の認識やココロの状態次第でなんとでも変わるかもっちゅうことなんですねー。スキなものがキライかもしれんし、キライなものが大好きかもしれん。

ココロに“拗ね”や“ゆがみ”があると『健全な刺激』を受け取らず『不健全な刺激』ばかりにココロが反応してるかも、偏ってるかもよー、ってコトです。

何か『激しい刺激』を求めている人は、ココロの本当の声を聴いてみるのがいい。例えばカンタンなとこから言うと「激辛大好き」とかも刺激を求めすぎてるかも。『健全な刺激』は穏やかだからね。



四の五の言いましたが、たんなる好き嫌いのハナシです。

『不健全な刺激』も分かってやってりゃ、楽しい(^^)

相変わらずホラー好きやしな。







そして今回一番観たかったのはこれ!

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最強のイタリアンホラー。シリーズ完結編!

アンヘラ復活はもちろんだが、『1』『2』の正当なる続編であり、まったくの独立作であると思われた『3』を伏線として使ったストーリー展開などファンが喜ぶ仕掛けがイッパイ。

ただし、ゾンビとオカルトとの融合が面白かったのが○○ものっぽくなってしまったのは少々残念だったか。POVがカケラもねえし、アンヘラも老けた(笑)



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