心からにっき@ASOBI

このブログは徒然なるままに書かせていただいている 心からにっき の兄弟ブログで
30代男性の興味のある事やカッコいいと思うことを連ねています。


基本的にフィクションです。









Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

きょうのきょうみ[ストーブ]

驚いたことに
このブログを放置してから2年も経った。

一昨晩、私の友人
(と言っても一度も遊んだことはないから
友人ではないかもしれないが
それでも話すと気持ちがいい人たち)
つまり友人から指摘をされて知った。

指摘されたあとに言った
「最近、興味をそそるモノに出会わないから」
は、ただの言い訳です。

ごめんなさい。

☆ ☆ ☆

煙草を愛してやまない私は
カフェのオープンテラスも
こよなく愛す。

狭苦しい喫煙席での珈琲の虚しさや
街中から追いやられた喫煙所のみすぼらしさから
私を解放してくれる。

オープンテラスでのタバコを吸いながらの作業は
仕事のできる男に
近づいたように感じさせてくれるし
人目がある場所での作業は
自ずと背筋を伸ばしてくれる。

心地いい緊張感。

しかし
寒い。

いくら煙草があるとは言え
いくら心地いい場所とはいえ
寒いものは寒い。

私は
寒さを忘れて何かに没頭できる程の
素晴らしい人間ではない。

☆ ☆ ☆

ストーブは
身体だけではなく
心を暖かくする。

だるまストーブ。
まきストーブ。

多くのストーブがあるが
私の心を暖めたストーブがある。

いつもの通り、
寒空の中での
カフェのオープンテラスの
煙草と珈琲。

そして
「ストーブ置いて行きますね」の一言。

心からにっき@ASOBI

家庭用のガスボンベ。
鍋やすき焼きの時に使う
ガスボンベを燃料に
足下を暖めるストーブ。

そしてこのデザイン。

あの暖かさは
一体なんなのだろう。

私の生活の一部でもあり
生き方でもある
キャンプをはじめとした野外活動に
最適なストーブと
街中のカフェで出会った。

心まで暖まりたい方には
名も知らぬこのガスストーブ。

絶対のお勧めである。

きょうのきょうみ[椅子]

先日、とある友人の新居へ伺った。
歳は私よりひとつ上で
そもそもは高校の部活動の先輩だから
本来は「先輩」と呼ばなくてはいけない相手だが
本人にその意識はないし
なによりそんなに遠い関係ではないので
あえて友人と呼ぶ。

その彼が結婚したとの事で
その新居へ伺った。

彼は昔から
見かけによらず気を使う。
今回も案の定
椅子や机を用意し
我々が座る場所まで
気にしてくれた。
それだからか奥様もやはり
とても気の利く方で
食事は温かいものは温かく、
ビールもしっかり冷やして出していただいて
それはもうおそれいった。

☆          ☆           ☆

そんな彼が
私のために用意してくれていたソファは
普段は彼ら御夫婦が座っているであろう
綺麗なソファで
彼らが座ろうと用意していたソファは
もう数十年は使い込んだであろう
古いソファだった。

その古いソファの話を聞くと
何年か前に奥様が人から譲り受けたもので
捨てるために納戸にしまっておいた物を
我々が来るからといって
引っ張り出してきたとの事だった。

本当に捨てるつもりなのかと尋ねると
どうやら本気で捨てるつもりらしい。

「ちょうだい」

言ってみた。

「いいよ」

新しい持ち主が決まった。

☆          ☆           ☆

書いた事があるかもしれないが
私は、椅子が好きだ。
価格ではない。

使い込めば使い込むほどに
綺麗になっていく木の質感。
棒と生地だけでデザインするその質素加減。
本来、座るだけに存在するモノとは思えない。

自宅の私のプライベートスペースは
椅子を中心に他の家具を決めたし
私が経営する会社の社員が使う椅子には
少々どころか相当こだわった。

☆          ☆           ☆

何はともあれ
今日の私は
ラフロイグを飲みながら
カリモクに座る。
友の新しい門出に一人
乾杯をする。

おめでとう!!

きょうのきょうみ[名刺入れ]

身体に悪い料理は「美味い」と、いつの頃か、

このブログだったか「心からにっき」 だったか忘れたが

書いたと記憶している。


「味が薄くて軟らかく

ふわふわなコロッケなんて

コロッケとは呼ばせないぜぃ!!」

なんて事を書いたような記憶がある。


その想いは今も変わらず

先日とある店で食べた優しく薄味の南瓜のポタージュには

どうやったらポタージュと名乗らなくなるかを

真剣に考えた。

ポタージュはドボドボしていなくちゃいけないよ。


☆          ☆          ☆

なんて話とは全く関係がないが

今日の興味は「名刺入れ」である。

名刺を入れる為の小物。

「名刺入れ」である。


私は

かれこれ10年近く

名刺入れを変えていない。


その頃流行っていたLとVの書いてある

名刺入れをずっと使い続けている。


カッコいいとか

相手に失礼が…とか

そんな事を考えての事ではなく、

壊れないし

誰にも文句を言われないし

機能に文句もないし…

ってな感じで

かれこれ10年近く使っている。


積極的に使いたいとも思わないし

絶対使いたくないとも思わない。


なんとも無頓着。


☆          ☆          ☆


考えてみれば名刺入れって奴は

可哀想な存在である。


毎日使われているのに

スーツや靴、

ネクタイや鞄やシャツに比べると

注目をされていない。

ビジネスマンの顔たる名刺を仕舞い、

大切な他人様の顔を置くモノなのに

取り敢えずみんなが知っているハイブランドで揃えておけばいいか

ぐらいの扱いである。


時代の空気が

ハイブランドの鞄を持つ人より

みんなが知らない一品モノの小物を持つ人を好んでいる事を知りながらも

そのままにするぐらい無頓着。

ビジネスマンにあるまじき空気を読まないっぷり。


私もそうだけど

あなたもそうではないですか?


☆          ☆          ☆


と、思い立ったのは数週間ほど前の話。


それから一生懸命探してはみたものの、どういうわけか

ない。


奇を衒った面白いモノはあるし

バブルの匂いがするような

高級志向なモノもある。


だのに、時代の空気を読んだ

良いモノがひとつもない。

コロッケもポタージュも読んでいる空気って奴を

名刺入れだけが読まない。


だから、

フワフワで薄味な名刺入れを知っている方は

コメントを下さると大変助かります。







きょうのきょうみ[手拭]

結婚をした。


34歳にして2回目の。


奥方は結婚した途端に子供の世話をする羽目になる事を承知で


我が家へやってきた。


ありがたい。




その奥方の影響で


手拭に触る機会が増えた。


ハンカチ代わりの手拭。


マクラカバー代わりの手拭。


風呂場で身体を洗うのも手拭。




☆          ☆          ☆




ノンウォッシュのジーンズを穿き込んで


自分専用のヴィンテージを作る事が


私のひとつのライフスタイルになっている。




一生懸命作りこんでいくのではなく


生活の中で自分の形、自分の色になっていく様が


楽しい。




最初は硬いだけのジーンズの


よく動かす部分だけが柔らかくなる。

色がなじんで濃淡がついて


自分専用の色になる。




これぞヴィンテージ!!!!



希少価値はないけれど


これこそがザ・ヴィンテージ!!!!


☆         ☆          ☆




手拭がヴィンテージになるなんて


奥方から教わって初めて知った。




よく馴染んだ柔らかい色合い。


使い込むほどに


肌に優しい手拭。




ザ・ヴィンテージ!!!!



ヴィンテージなジーンズを穿き


ヴィンテージな手拭を使い


ヴィンテージな人生を目指すのも




悪くない。

きょうのきょうみ[しらす]

どんぶり飯は

丼に口をつけて

箸で口にかっこむのが

一番美味い。

これは食の定理である。


先日食べたしらす丼は

まさにその、尖兵。

相手はしらすだから

上品に食べたらこぼれてしまう。


口に入るだけのしらすと米を

かっこむ以外に

おいしい食べ方などこの世に存在しない。


☆          ☆          ☆


鎌倉市腰越。

鎌倉の大仏さんと江ノ島の間。

デートスポットとデートスポットの間。

観光地に挟まれた

漁港のある小さな住宅地。

失礼ながら若々しいイメージは

…ない。


そんな腰越に

なぜかふらっと寄ってみたのは先週末の話。

前日の深夜、「しらす」の特集を

ウトウトしながらテレビで見ていた私の胃は

目覚めた瞬間から「しらす」を欲していた。


休日専用のクルマを走らせ、

1時間とちょっと。


サーファーや

お洒落なレストランを横目にクルマを走らせ

お昼過ぎには

関東有数のしらすの産地

腰越漁港に辿り着いた。


入ったお店は

有名店ではなく

小さな蕎麦屋。


このあと、腰越を数時間歩くことが決まっていたので

最初に瓶ビール。

お通しは当然、生しらす。

新鮮だから魚の形がしっかりしている。

少量なのに満足。

いや、少量だから満足なのか。


次いで来ました「しらす丼」。

しらすは3種類。

生しらすと釜揚げとシラスの燻製。

丼には釜揚げが最良だと思う私だが

生しらすや燻製もたまにはいい。

蕎麦屋だからか

しらす丼にも蕎麦汁をかけていただくのが

この店の流儀らしい。


ここからは一気にスピードアップ。

一気に口の中へかきこめるだけかきこむ。

かっこみまくる。


産地で食べるしらす丼は

米としらすが2対1ぐらいなので

かっこんでも、米の粘りで喉が詰まることはない。


一気に全部食べたら

熱くも辛くもないシラスなのに

汗が噴出した。


☆          ☆          ☆


腰越は、商店街の道路のど真ん中を江ノ電が走る。

立ち寄った3坪程度の小さな小さなカフェの方の話によると

このような路面電車区間は江ノ電の中ではここだけだそう。

だから、電車が来るたびに見上げてしまう。

目線が上に行く商店街というのも珍しい。


その他にも、クラシックな写真館や

和菓子屋さん。

踏み切りの脇から入っていく(多少線路を歩く)家や

神社の鳥居から左右に伸びる

(これまた神社の敷地と思われる場所を通る)家など

めったに見られない光景を目にした。


☆          ☆          ☆


しらすに誘われて行った街の

珍しい光景。

何かに誘われて旅に出るのも面白い。


次は何に誘われてみようか。

思案中である。

きょうのきょうみ[脱]

休日の私とジーンズは

切っても切れない

相思相愛の

ズブズブな関係である。


アウトドアから小洒落たレストランやホテルまで

いつでもどこでもジーンズ。

昨年呼ばれた結婚式では

シャツにネクタイ、テーラードジャケット

そしてジーンズ。

玄関先まで出たところで

家族に止められた。

6歳の娘に

「それはないよ~」と。


そんな私だが

世間様から大人として扱っていただく機会が増えてきたし

扱っていただかなければならない機会も増えた。

大人扱いしてもらいたいという

私自身の願望もある。


そこで思いついたのが「脱ジーンズ」。

ジーンズさえ履かなければ

ジーンズさえなければ

少しは大人になれそうである。


となると、一般的なチノやペインター、

カーゴではよろしくない。

しかし、普通のスラックスでは

大人ではなくオヤジになってしまう。


「脱ジーンズ」は「加おとな」であると同時に

「断オヤジ」であることが大切だ。


☆          ☆          ☆


ご存知の方も多いと思うが

20代後半から30代前半男性向けの

質の高いファッション誌は極端に少ない。

「オヤジ世代」と「こども世代」の狭間である我々向けに

「30代の…!!」なんて特集を組むも

その殆どは背伸びか若作りのどちらか。


「氷河期世代」や「ロストジェネレーション」と呼ばれ

可哀想な眼差しで見られることにはもう慣れたが

ファッションまでも失われているとは…。

自分たちが本当に可哀想な世代だと感じる。


☆          ☆          ☆


さて、話をボトムスに戻そう。


色々調べると、色々な事が見えてくるのは

いつものことで、どうやら

色、股上、生地、ラインを押えれば

「断オヤジ」での「脱ジーンズ」は

出来そうだ。


特に股上。

深すぎず、浅すぎずが

「加おとな」のポイントのようだ。

深すぎるとオヤジに近づき

浅すぎると子供になる。


雑誌にもネットにも書いていないので

いまいち説得力がないが

きっと間違いない。


現在のAround30男子に大切なのは

「股上」。

どこかの雑誌社に

取材に来て頂きたいぐらいである。


きょうのきょうみ[気分]

クルマ好きな私にとって

「クルマを選ぶ」という行為は

とても文化的且つ哲学的なものだ。


そのクルマの生い立ち。

そのブランドの在り方。

新機能の必然性。

私とクルマの適正距離…etc。

とても楽しいが

とても苦しい。


そんな中で

私自身が発見し、

答えが出ない命題が今日の興味だ。


☆          ☆          ☆


色々な方が

色々なクルマに乗り

色々な事を言うが

私には私の好きなクルマがあり

乗りたいクルマがあり

乗るべきクルマがある。


そして今日、行き着いたのが

「ポルシェか、ルノーか、BMWか」の

命題である。


決して機能の問題ではない。

機能だけならトヨタも日産もホンダも

メルセデスもフォルクスワーゲンも

みんな悩みの種になってしまう。


つまりは機能に主眼を置いた「いいクルマ」ではなく

クルマとの対話を重視した「乗りたいクルマ」の話である。


☆          ☆          ☆


ルノー。

フランスの中小型車ブランド。

日産の親会社。

F1での活躍。

欧州最大の自動車メーカー…etc。

スポーティーから大衆まで

ルノーのイメージは様々だ。


様々だけれども

多くの方が異口同音言われるのは

「BMWとポルシェの並びになぜルノーなのか」


私の答えは単純。

「乗ればわかる。」


「ルーテシア」というクルマがある。

欧州名「クリオ」

ルノーの基幹車種で

欧州小型車の定番。

日本で言えば

「フィット」のイメージか。


しかし、日本のそれとは全く違う。

高級車の廉価版的な

日本の小型車とは一線を画す。

乗ればすぐにわかる素性の良さ。

マーチとのプラットフォームの共有は

ウソなのではないかと考えてしまう程の素晴らしさ。


廉価版ではない新車の小型車に

私は初めて出会ったのかもしれない。


☆          ☆          ☆


私は、ポロというフォルクスワーゲンの
小型車が好きだ。

何がってデザインが好きだ。

その親分たるゴルフよりも好きだ。


しかし、あれには

「ゴルフでは大きすぎる」とか

「ゴルフは人気車種だから」などなど

「ゴルフ」という欧州至上類を見ない、

偉大なる大衆車の影が

見え隠れする。


乗った時にも

「ゴルフだったら…」などと

考えてしまう自分が悔しい。

いい車なのに…。


しかし、ルノーである。

ルーテシアである。


クルマから対話を求めてくる。

アクセルのホンの0、数ミリまで

対話する楽しさがある。

他の誰ともちがう

己の生き方がある。


☆          ☆          ☆


さて、

ポルシェとBMWについては

疑う余地のない「ブランド」だから

今さら私が書くことなんてないだろう。


だけれども、一応書くとするなら


「クルマから対話を求めてくる。

アクセルのホンの0、数ミリまで

対話する楽しさがある。

他の誰ともちがう

己の生き方がある。」と言うことになる。


最近のBMWは多少ずれてきた感もあるが

それは絶対的な話であって

相対的には変化はない。


☆          ☆          ☆


と言うことで

2~3ヶ月の間にルノーを買おうと思っているが

さて、どうなるか。


「ミニ」という選択肢もあるし

日本車の中から選ぶのも面白い。

もちろん「ポロ」という選択肢もある。

さてどうしようか。


たまには、文化的且つ哲学的に考えないのも

ひとつの手だ。


さてどうしたものか。

きょうのきょうみ[誘惑]

最近、忙しい日々を送らせて頂いている。

ほぼ休みがないに等しい。

だから朝がとても辛い。

起きれない。起きたくない。

でも起きる。


ストレスは絶好調で

自分ではストレスに気がつかない。

知人から言われて

「そうかも…」と気がつく。


そしてそんな私のストレス解消は

「クルマ」となるわけだが

その「クルマ」に乗る時間がない。

否、あるはあるのだが

起きれない。


☆          ☆          ☆


私は

「乗るだけで楽しい」と感じる

クルマを所有する。

非常に贅沢なことだと思うが

それを持たなければ

私の精神は崩壊していたかもしれない。

そう思うほどに

忙しく、辛い時期が過去にあった。

プレッシャーと効鬱剤の日々。

今の私とは比較できないほどの

精神的な苦痛。

楽しいのか苦しいのかわからない過去。


ビジネス上の私は

すべてそこから始まっている。

苦痛が原点というのは

おかしな話だが

事実、私の原点はそこにあるのかもしれない。


☆          ☆          ☆


せっかく書き出したのだから

クルマの事を書かせていただく。

今、出来る精一杯の愉しみ。

実際に乗れないなら

乗ったつもりになるしかない。


この時期、

私が乗る92年製の

ミドリのRRのクルマのエンジンをかけるのは

決まって朝の5時。

アイドリングは3分。

その間に窓を拭き

空気圧をチェックする。


そのあとソロソロと動き出すのは

ご近所の迷惑になるといけないから。

ゆっくりクラッチを離す。

アクセルは踏まない。

ソロソロと走り

家から一定の距離まできたら

アクセルを踏み出す。

軽く流す程度まで速度を上げたら

シートに腰を深く落とす。


クルマの目覚めと

自分の目覚めがリンクする。

徐々に速度が増す。


油量計はまだ下を向いたまま。

温まって膨張するはずのオイルが

寒さに負ける。

油量が増えてこない。


峠へと繋がる道に入る。

我が家からだと

一回の右折で峠まで行ける。

自分の田舎は本当に素晴らしいと思う。


そのままゆっくり走る。

誰が何と言おうとゆっくり。

ゆっくりは私のテーマでもある。

ゆっくりだが速く。


コンビニに立ち寄るのは一回。

SターBックスの出来損ない

の様なコーヒーが置いてあるSブンIレブンで

それとタバコを買う。

それ以外は要らないから買わない。

現代商業の雄たるコンビニは

私の思考を現代的合理主義に戻す。


そこを出る頃には

油量計はど真ん中で安定する。

今度は最初からシートに深く腰掛ける。

クルマは目覚めた。

私はどうか。

自分の身体に聞いてみる。


よし。


クラッチを離す。

同時にアクセルを踏み込む。

駐車場を出ようとハンドルを左へ曲げる。

RRの車体が後ろから曲がり始める感覚。


来た。


2速から3速へ

ギアを変える辺りから

深く腰掛けたお尻のあたりが

ムズムズする。

ゆっくりとだが速く

アクセルを開けていく。


エンジン音に耳を傾ける。

クルマの調子を聞く。


ハンドルをきる。

と同時にアクセルを離す。

そして再びアクセルを開ける。

クルマは思い通りの姿勢に

なってくれない。

悔しい。


そこから私の朝が始まる。


どこでどう操作したかなんて

覚えてはいない。

覚えていられない。

極端な集中。

景色を見る暇さえない。

自分とクルマと

進むべき方向だけに

全神経を集中する約30分。


たったこれだけ。

ほんの一時間。

だのに

この時間が取れない。


睡眠が私の時間を圧迫する。

週末の楽しみすら

ストレスの中に埋没してしまう。

何と言う悪循環。

最悪なスパイラル。


☆          ☆          ☆


私が生きる社会は

ストレスとの共存を求める。

ストレスは誰しもが必ず直面する

壁である。


この共存が出来なくて

この社会から消えていった方、

消えてはいかないが

ただそこにいるだけ、

ストレスから逃げ続けるだけの方を

私は何人も見てきた。


しかし

そのストレスをも楽しむだけの経験をつんだ方も

何人も見てきた。


私はどちらに属するのか。

今はそれを楽しみに

ストレスとの共存を探る。


こんな時の私の合言葉は

20年も前から決まっている。


「今に見ておけ」。



きょうのきょうみ[幅]

先日、友人から電話で

「結婚」について相談された。


彼是10年ほどお付き合いしている女性との話だが

「相手への興味が薄らいだ気がする」と言っていた。


昔からの事だがまったく失礼な奴だ。

自分の顔を見てから言えと思ったが

それは口にできないと心に仕舞った。


しかし

「彼女より彼女の家族への興味の方が大きい」という。

子供の頃から祖父母と同居し

「地」や「血」を大切にしろと育てられた彼には

新興住宅地に住む核世帯で

細かなことを気にしない彼女の家の雰囲気が

とても居心地良いのだと言う。


☆          ☆          ☆


「私の休日」が好む飲み物はスコッチだが、

スコッチにはシガーと相場が決まっている。

スコッチとシガーは

「オーセンティックな場所」と決まっていて

オーセンティックな場所には

メローなジャズやR&Bが必要だ。


この法則は世の中にいくつもあり

茶を嗜む方の中には

書や器への造詣が深い方は多いし

ゴルフへ行く方の多くは

ウェアを気にする。

美食家で有名な魯山人先生は

「食器は料理の着物である。」との

名言を残す。


別の友人は「ガレージ」のリフォームで

毎週末大忙しだが

趣味はオートバイであって建物ではない。


卵とご飯があれば

他には何もいらないというのは

また別の友人で

今、色々な醤油を買い漁っている。

お歳暮は案の定醤油セットだった。


富士山が大好きな友人は

今ではカメラに嵌っているし

スキューバのインストラクターで生計を立てる友人の

本当の趣味はナンパだった。

今でもたまには…と昨年言っていたから

いまだに趣味なのかもしれない。


☆          ☆          ☆


友人の話だけで

パラドックスに陥りそうになるのは

私のいつもの悪い癖だが

私が言いたいことは


たった一つの好きなモノが

その他大勢を引き連れてくることは

珍しくなく

昂じて他のモノへの興味が

そのモノへの興味よりも大きくなる瞬間なんて

ざらにある。

その他大勢も含めて

そのモノだったりもする。


そう考えられる「幅」が彼にあれば良いのだが…。。


兎にも角にも

まったく失礼な奴だ。

きょうのきょうみ[隠れる]

自動車好きな私にとって

クルマは「マニュアル」でなければならない。

ドアは2枚でなければならないし

コンピューターによる制御は極力排除したい。

モーターによる動作には違和感を感じるし

「車重が軽い事」は絶対的な正義であると信じる。

アクセルとエンジン回転は

よりリニアであって欲しいし

アクセルで挙動を制御できるクルマを求める。

それがクルマ好きな私の真の姿だ。


さて、

私が普段仕事で乗るクルマをご存知の方もいると思うが

あの黒いクルマ。

完全なAT車である。

ドアは4枚。

多くの動作にコンピューターが介在し

随所でモーターが動く。

車両総重量は1735Kg。

だから当然

駆け抜けないし、歓ばない。


☆          ☆          ☆


正直に言うと私は疲れている。

世の多くのビジネスマンと一緒で

いつも頭の中は大忙し。


そんな時乗るクルマが

もし、マニュアルの2枚ドアで

コンピューターが介在せず

多くを手動で行う

軽いクルマだったら…


きっと私はもう動けない。


いくら美味しいからと言っても

フレンチのフルコースや

作法に五月蝿い会席料理などは

食べられない。


にも係らず

ことクルマの話になると

私はそんなモノを求めてしまう。

動けないのに。


☆          ☆          ☆


つまりは私が仕事で乗るクルマは

メーカーがなんと言おうと

おいしいフレンチや

素敵な会席料理にはなりえない。

私が乗るクルマばかりではなく

多くの方が求めるクルマは

ファミレス的な発想に近い。

安全、安心、いつでも、どこでも…。。


だから、

本物の美味しい料理を食べたい方は

こちらへどうぞと

イタリアやイギリス、フランスの

他国のメーカーとは一線を画す

一時期「古い」と言われたメーカーにこそ

「本物」があるのかもしれない。


しかも、最近のそれらのクルマは

「古い」だけではなく

その古さを生かして

随分、良いクルマになった。

六本木のジョエル・ロブションのように

伝統手法と新しいライフスタイルの提案を

うまく融合させている。

これらのクルマも

数年後には「ファミレス」になってしまうかもしれないが

今、現在はロブションで間違いないと

個人的には考える。


☆          ☆          ☆


人間の価値観は多様だと言うが

私の価値観も多様だ。

恥かしい話だが

昨日の私と明日の私は明らかに違う。

だから、

ファミレスも必要だし

ジョエル・ロブションも必要だし

トゥールダルジャンの様な

伝統的なフレンチも必要だ。


どれが正しいわけでもないのは重々承知している。


しかし

クルマは「マニュアル」でなければならないし

ドアは2枚でなければならないし

コンピューターによる制御は極力排除したし

モーターによる動作には違和感を感じるし

「車重が軽い事」は絶対的な正義であると信じる。

アクセルとエンジン回転は

よりリニアであって欲しいし

アクセルで挙動を制御できるクルマを求める。


そんなクルマ好きの私の戯言に

最後までお付き合いいただき

ありがとうございました。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>