きょうのきょうみ[ブログ]
今日の興味はこのブログ。
私の書いてるこのブログ。
☆ ☆ ☆
最近、このブログが書けない。
書きにくい。
兄弟である「心からにっき」 は
もうすぐ2年になろうかというのに、
この「心からにっき@ASOBI」は
たったの3ヶ月しか書いていないっていうのに
書けない。
amebaが使いにくいとかという類の話ではない。
私自身の問題だ。
理由ははっきりしている。
このブログは自分を出しにくい。
私の好きなモノを機軸に書かせてもらっているから
「好きだ」以外に評価のしようがない事が多い。
そのモノが好きという自分が基本だから
それ以上に自分を出しようがないのだ。
☆ ☆ ☆
ということでこれからは
好きなものも嫌いなものも
まるで独り言のように書き連ねていくことにしましたので
そこの所をご理解頂けると
幸いに思います。
もしも、あなたが好きなものを「嫌い」と書いてあったら
読み流してページを移動してください。
所詮は独り言ですから…。
では、
今後とも宜しくお願いいたします。
きょうのきょうみ[プラモデル]
先日から
プラモデルを探していた。
もちろん戦艦のである。
大和型戦艦と呼ばれる
旧日本海軍の大型船を作ろうと思い
意気揚々と模型屋さんへ向かう私。
在りし日の戦艦に敬意を表し
もちろんスーツ姿で。
そして2時間後、
模型屋さんをあとにする私。
手にはプラカラーや筆、接着剤
そして…
117クーペ。
んっ??
117クーペ??
模型屋さんには
確かに「大和」があった。
大和型の二番艦である「武蔵」もあった。
三番艦になるはずが
建造中の戦況の変化により大型空母になった
「信濃」まであった。
しかし私の手には
117クーペ。
ジウジアーロデザインの流麗なボディが
日本車史上最高の美しさと言われる
いすゞ117クーペ。
あの意気揚々は何だったのか。
あの敬意は何のためだったのか。
兎に角、117クーペを持って
模型屋さんをあとにした私なのだ。
☆ ☆ ☆
以前から書いている通り
私はバックボーンやストーリーが好きだ。
もちろんプラモデルも同様で
作る時には
そのモデルの背景も楽しみたい。
だからこその
大和型戦艦だったのだが
残念な事に模型屋さんは広い。
多くのモデルがある。
そして
あいにく私は
クルマ好きときている。
迷いに迷ったが…。
大和には申し訳ないが
その日の私は117クーペだったのだ。
☆ ☆ ☆
さて
その117クーペ。
今からちょうど40年前の1968年
現在国内ではトラック専業となってしまった
「いすゞ」から発売されたラグジュアリークーペ。
日本初の量産型DOHCエンジンだったり
日本初のインジェクションだったりと
技術的には当時の先進技術の塊だったにも拘らず
生産工程のほとんどすべてが手作りだ。
そして、だからこそなのか
当時の価格で172万円と非常に高価。
当時の他のクルマとは完全に一線を画している。
手作りの理由も興味深い。
もちろん理由は一つだけではないようだが
一番大きな理由は
局面を多用したジウジアーロのデザインを
忠実に再現する機械プレスの技術が
当時はなかったそうだ。
もし私がいすゞの経営者だったら
この時点で販売を諦めるか
デザインを変更するが
結局、月産30台から50台という
驚異的に少ない生産台数での発売となったわけだ。
☆ ☆ ☆
それにしても
このクルマは美しい。
イタ車だと紹介されれば
そう思ってしまう。
これを超える美しい日本車を
私は知らない。
速いクルマ、静かなクルマ、
高級なクルマはどこにでもある。
が、美しいクルマは稀にしかお目にかかれない。
美しいクルマが産まれる背景には
何があるんだろう。
美しさとは何をもって決めるのだろう。
なぜ機械に美しさを求めるのだろう。
これから数日間、私は
こんな楽しい悩みに振り回される。
楽しみで仕方がない。
きょうのきょうみ[雑誌]
雑誌をよく読む。
月によって違うが
毎月数冊買って読む。
年齢の問題かもしれないが
ライフスタイル系や
デザイン系の雑誌、
あとは自動車雑誌が多い。
その雑誌たち、
購買ターゲットと実際の購買年齢層は
一致しているのだろうか。
別に
売れれば何歳だろうが関係ないって言ってしまえば
それまでの話なのだが
最近どうもしっくりこない。
☆ ☆ ☆
チョイ悪で有名なLEONのターゲットはどこだろう。
40代?50代?
いや、
30代か?
BURIOは?LAPITAは?
雑誌に載っている時計や靴、スーツなどは
どれも高価だ。
もちろんそれなりの価値のあるモノなのだろうが
金額的には
清水の舞台から飛び降りたところで
買える代物ではない。
金額的な事を置いておいても
そもそも
その価値がわかる年齢をターゲットにしているのか
疑問だ。
私のようなヒヨッコ30代には
「週末は隠れ家ホテルへ」や
「今宵、銀座のバーへ」などと言われても
愛人を連れて遊んでいる成金なおっちゃんしか
思い浮かばない。
☆ ☆ ☆
ふと疑問になったので
最近、何人かの友人や知人に
聞いてみた。
「この雑誌のターゲットって何歳ぐらい??」
多くの答えは30代中頃から40代前半ということだった。
そして
私は友人の言葉に
驚愕の勘違いに気がついた。
「雑誌に載ってるモノは買うものではなくて
買いたいものなんじゃないの」と言うのだ。
買えなくてもいいのだそうだ。
行けなくてもいいのだそうだ。
それを見て
いいな~と思って
それでいいのだそうだ。
雑誌はそうやって見るモノなのだそうだ。
言われてみれば合点がいく。
時計に数百万円を払う人なんて
何歳代だろうが
そうそういるわけがない。
靴に数十万円、スーツに数十万円…。
雑誌は見て楽しむモノなのだと
昨日知った。
ただ、
やはり私には合点がいかない。
見るだけじゃつまらなくない??
って思ってしまうのだ。
とは言っても
雑誌社からすれば
別に
売れれば何歳だろうが関係ない
って言うのが本音だろうし
清水の舞台から飛び降りたところで
買える代物ではないモノが載っているのだから
どっちでも良いと言えば
どっちでも良いのだが…。
きょうのきょうみ[マネークリップ]
財布は邪魔だ。
買い物の時以外は使われないのに
図体が大きすぎる。
お金を入れているだけの
ただのケースのくせに
大きな顔をしている。
本当に邪魔だ。
それでいて
居酒屋などで忘れられる。
二度手間もいいところ。
人をイラつかせる天才だ。
☆ ☆ ☆
嫌で嫌で
仕方がなく一時期は
「現金はポケット」や
「小銭以外はカード」など
色々試した。
でも
どれもこれもしっくりこなかった。
そんな時出会ったのが
これが大変重宝。
ポケットに入れてある札が
バラバラにならない。
とても気に入った。
ただ、
スーツの時には困った。
取引先とランチをしながらの打合せ時など、
現金を見せるのって失礼じゃないかと…。
仕事相手にすべて見せるのは
多少恥ずかしく…。
なんて考えていた
これがとてもいい。
邪魔にならない大きさ。
ジーンズのポケットに入れても
がさばらない。
それでいて
そこにあることがわかるので
忘れたりしない。
もちろん開けなければ
中身は見えない。
使い勝手がいいので
支払いもスマート。
見た目も悪くない。
いい事尽くめだ。
☆ ☆ ☆
財布は
お金を入れるだけの
ただのケースだ。
だからこそ
使い勝手のいい
スマートなものを選びたい。
少しだけ違うモノを選びたい。
そうお考えの方は一度、
マネークリップを考えてみてはどうだろう。
私はマネークリップをお勧めする。
きょうのきょうみ[レディオ]
かれこれ2年程度
私はラジオに出演させていただいている。
小さな町のコミュニティFMだ。
時間や企画は何度も変更させていただいていて
現在は毎週水曜日の25時からだ。
深夜の方が好きなことを話せるので
気持ち的には楽ちんだ。
ついでに収録で流すので
時間的にも楽だ。
そんなラジオの収録に
先程行ってきた。
2年もやらせていただくと
だんだん緊張感もなくなり
程よく緩んでくるから不思議だ。
☆ ☆ ☆
ただ、2年前から
ずっと考えていることがある。
ラジオってきいてるの??
私が出演している時間の話ではなく
一般的にラジオは聞かれているのだろうか。
☆ ☆ ☆
私が小さい頃は
テレビを見るならラジオを聞きなさいと
教わった。
そして
ラジオを聞くなら新聞を読みなさい。
新聞を読むなら本を読みなさいと…。
だから私は
ある程度の年齢から
ある程度の年齢まで
本を読み新聞を読みラジオを聞いていた。
そして今も
本と新聞は少なからず読む。
しかしラジオ…だ。
そもそもラジオという機械は
とても面白い。
電波を拾って音声を出す装置はとても魅力的だ。
しかし機械としてのラジオではなく
ラジオのコンテンツに
何を求めればいいのだろう。
☆ ☆ ☆
ラジオは
ひとつのマスメディアだと言われる。
私を含めた特定の少数が
不特定な多くの方に対して情報を伝達する。
だからこそ公共性を考えなければならず
だからこそ広告媒体として利用されているのだろう。
しかしそのラジオを本当に
不特定の多くの方が聞いているのだろうか。
偏見を恐れずにいえば
私は
マスメディアとしてのラジオには
期待していない。
「災害時に…」など
言い訳はいくらでも出来るが
実際、ラジオを聞く人が少なければ
意味がない。
一部の常連リスナーが盛り上がると
人気番組だと勘違いをするのも
期待が出来なくなる一因。
聴取率を調べるのには
お金も時間もかかるから
あまり調べない。
結果、実際に人気のある番組が
わからないのだ。
しかし、ラジオはマスメディアだ。
一部の常連リスナーのために放送して
結局リスナーを減らしてきた。
特定少数が
特定多数に情報を伝達してきた。
そんなマスメディアだ。
☆ ☆ ☆
悪いことばかり書いたが
しかし、ラジオには
実に面白い要素がある。
まずは顔が見えない。
顔が見えないから想像する。
実際にはどんな人なのか想像する。
合っていようが間違っていようが
この想像するという行為が面白い。
学生の頃、伊集院光さんの声を初めて聞いて
カッコいい人なんだろうと想像していたのは
私だけだろうか。
作業が出来る。
目を使わないから
他の作業と平行して聞くことが出来る。
運転中もラジオは聞けるし
仕事中にも問題ない。
通りすぎる。
耳だけなので単語が印象に残りにくい。
だから言葉をイメージで捉える。
単語ではなくイメージで捉える。
正確な情報ではなく
イメージ情報でインプットされるから
なんとなく知っている的な
どこかで聞いたことがある的な
情報が多い。
他にも面白い要素はいっぱいある。
ソフトの問題だけで
この面白いメディアが衰退していくのは
もったいない気がしてならない。
そんな気持ちで今日も
収録をさせていただいた。
☆ ☆ ☆
言いたいことがわからなくなってきたが
兎にも角にも
たまにはラジオなんぞを聞いてみて欲しい。
聞き流してもいいので
是非聞いてみて欲しい。
静岡県東部地区にお住まいの方は
毎週水曜日25時から
FM77.7
「タバスコな夜」
絶賛放送中。
興味のある方は是非!!
きょうのきょうみ[ストーリー]
どうやら私はストーリーのある車が好きなようだ。
機械の性能よりもストーリーを優先するようだ。
私が支払うクルマの金額の七割ほどは
ストーリーとデザインに支払っている。
☆ ☆ ☆
フェラーリが何故フェラーリ足りえるか。
ポルシェが何故ポルシェ足りえるか。
メルセデスが、BMWが、レンジローバーが、
ロールスロイスが、アルファロメオが、シトロエンが…
何故足りえるか。
そのすべてに
ストーリーがあるからだろう。
もちろん我が母国日本にだってストーリーは存在する。
実は最近まで
私は自動車の歴史にお金を払っていると考えていた。
「自動車の」というより「ブランドの」の方が近いかもしれない。
歴史とデザインにお金を払っていると…。
少し違和感はあったが、それ以外に言葉が見つからずにいた。
そして出会った言葉がストーリーだった。
歴史も含めたストーリーだ。
考えてみれば自動車の歴史が
そもそもそれほど長くないのに
歴史だけにお金を払うわけがない。
ダイムラーが内燃機関の特許をとってからだって
たったの123年しかたっていない。
あのフェラーリの歴史はたったの60年程度、
ホンダと大して変らない。
ちなみにアウディの歴史なんて
復活から数えれば43年。
でも、私が好きなブランドの一つだ。
そのストーリー。
例えばスカイライン伝説や
ロータリーエンジン開発秘話。
日本にだってたくさんある。
でも、我ら奥ゆかしい日本人は
大きな声で言わない。
だから、私の選択肢から消えていく。
☆ ☆ ☆
今、私が気になるストーリーは
「Mini」。
伝統あるイギリスの小さな貴公子だと思っていたら
いつの間にかドイツプレミアムに弟子入りして
大人になっていた「MINI」。
細かい事だが
貴公子時代は「Mini」
大人になったら「MINI」と
名前もちょっと変った。
BMC家の親族である
オースチンとモーリスの間に生まれた「Mini」は
生まれついての天才。
横置きエンジン、前輪駆動、2ボックス。
その後の自動車に大きな影響を与えた。
貴公子時代には親の結婚と離婚の繰り返しで
随分、大変な思いをした。
姓が変わったり、ミドルネームがついたり消えたり…。
一時期は顔まで変ってしまった。
それでも「Mini」はレースでの勝利やファッション性の高さから
40年間基本を変えることなく生産され続けた。
そんな「Mini」がドイツプレミアムに弟子入りしたのが1994年。
その後、兄弟たちとは袂を分かつ事になったが
2001年、「Mini」は大人の「MINI」になり
2006年にはドイツ流の小型プレミアムな「MINI」になった。
とはいっても
実家であるイギリスの工場で作られている。
大人になった「MINI」の心臓は何故か独米合作のブラジル産。
でも、ペンタゴン・エンジンと呼ばれるこの心臓、
評判は置いといて、個人的には好きだった。
欧州の良識であるディーゼルは何故か極東の島国から供給。
これは乗ったことがないので批評が出来ない。
2006年からの心臓は独仏合作の英国産。
とは言え、これは完全にバイエルンエンジン。
極東流の安全エンジンや
米流の「ドリャー」ってエンジン、
仏流の「始めはゆっくりね」ってエンジンとは
全く違うバイエルン流。
良しにつけ悪しきにつけ
師匠のやり方を完全にマスターしたようだ。
☆ ☆ ☆
私の作ったこのストーリーにお金を払う気にはならないが
「MINI」が辿った運命やそこに関わった多くの人たち、
そして、あの、愛らしいデザイン。
それだけで、あのクルマは私の選択肢に入ってくる。
性能や機能は明日には新しいものが出てくる。
今日のクルマより明日の車のほうが良いに決まっている。
でも、「Mini」であろうと「MINI」であろうと
このストーリーがある限り
このクルマは他のクルマと一線を画す。
そんなストーリーがあるクルマが
世の中にはいっぱいある。
そんなクルマのストーリーに私はお金を払う。
☆ ☆ ☆
私はストーリーのある車が好きだ。
機械の性能よりもストーリーを優先する。
私が支払うクルマの金額の七割ほどは
ストーリーとデザインに支払っている。
間違えない。
きょうのきょうみ[たこ]
あけましておめでとうございます。
よき新年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。
旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、
誠にありがとうございました。
☆ ☆ ☆
さて、
お正月にタコをあげた。
風を受けて大空に舞うあの凧だ。
真ん中にカエルの絵が書いてある可愛らしい
四角い凧だ。
四角い凧を買ったのには
二つ理由がある。
一つは娘たちが欲しいといったから。
そしてもう一つは私の最後の抵抗からだ。
今、凧を買いに
一般的なスーパーマーケットや
ショッピングセンターへ行くと
すべての凧がビニール製だ。
想像するに
破けないし作るのも容易、
何より安価だからだろう。
どれを買っても2,000円以下で買える。
一消費者である私には
安いことは嬉しい事だ。
そして、ほとんどすべてがゲイラカイトであることも
見逃せない。
三角形の凧でよくあがる。
プラスチックとビニールで出来ているので
壊れることは稀だ。
まったく技術の進歩は凄いもので
今なら名古屋城の金鯱ぐらい
すぐに盗めるんじゃないかと
想像するだけでも楽しくなってくる。
しかし私はお正月にあげる凧は
四角であって欲しいと思う。
連凧や奴凧でも良いが
凧は子供達の遊びなので
シンプルな四角い凧であって欲しい。
もちろん
出来れば竹の骨組みに和紙を張った和凧がいいが
前に書いたとおり
今では一般的には売っていない。
仕方がないのでそこには目を瞑るという按配だ。
ただ、目を瞑るにしても
「売っていないから」では味気ない。
作れば良いって話になりそうで
理由としては弱いので
「破けるとお正月気分が台無しになるから」って理由を
自分の中で後から付け加えて凧揚げを始めた。
☆ ☆ ☆
凧揚げは電線のない広い所でやりましょうという
デンコちゃんの教えの通り
河川敷の広場まで行くと
そこには数組の凧揚げを楽しむ親子が来ていた。
もちろん全員
プラスチックとビニールで出来たゲイラカイトだ。
負けじと凧を揚げ始めた私達だったが
どうにも上手くあがらない。
それでも糸の調節をし
やっと揚がった凧だったが
今度は糸が足りない。
どうやらゲイラカイトほど高く上がることは想定されていないようで
元々短くなっているようだ。
結局、次女の
「もう疲れた」って言葉を合図に
元旦の凧揚げは終わった。
☆ ☆ ☆
私は新年早々また新しい遊びを始めた。
今、和紙を買い集めている。
来年のお正月にはきっと
和凧が揚げられると思う。
争っているわけではないが
目標は破けないで高く挙がる事、
そして美しい事だ。
できれば2,000円でお釣りがくれば嬉しい。
お正月に揚げる凧は
やっぱり四角であって欲しいのだ。
何はともあれ
今年も一年
高く安定した年にしなければと
凧揚げで気が引き締まる思いをした
今年のお正月だった。
☆ ☆ ☆
皆様にとってすばらしい一年になりますよう祈念いたします。
本年も宜しくお願いいたします。
きょうのきょうみ[バーニャカウダ]
今日の興味は「バーニャカウダ」。
料理の話。
一昨日、私の実家で
クリスマスパーティーをした。
もちろん、私はチャキチャキの日本人なので
クリスマスといっても表面的なモノで
実際は、ただの呑んだくれ会。
そしてパーティーといっても
姉弟家族が集まるだけの
あと一週間もすれば行われる
日本の風物詩となんら変わりはない。
そんなクリスマスパーティーをした。
昼過ぎに
鰻を食べに出かけたところも
なんとも日本人らしい。
その鰻屋での会話。
「お腹いっぱいだから、家に帰って
軽いツマミでワインでも飲もうよ」
「ツマミ作るよ。何がいい??」
「バーニャカウダ!!」
「???」
ツマミを作るといった
チャキチャキの日本人である私に返ってきた言葉が
「バーニャカウダ」。
さてどうしたものか…。
☆ ☆ ☆
話を聞くと
アンチョビのソースに
色々つけて食べるモノらしい。
私の頭の中に閃いたのは
一昨年、とあるイタリアンのお店で
パンの耳の様なモノにつけて食べた
ホワイトソース的なアンチョビのソース。
きっとそれに違いないと思い
味を思い出しながら
いざ、大型商業施設へ!!
買った食材と
冷蔵庫の中を漁った食材で
出来上がったものは
まさに
とあるイタリアンのお店で
パンの耳の様なモノにつけて食べた
ホワイトソース的なアンチョビのソース。
が、これが「バーニャカウダ」というモノかどうかは
わからない。
当然、そこで食べている人間が
「これはバーニャカウダではない!!」
なんて言う訳もなく…。
結局わからず終いだが
美味しかったので是非。
☆ ☆ ☆
①アンチョビペースト、バター、大蒜のみじん切りを炒める。
量は全部大さじ1くらい。
②香りが立ってきたら生クリーム200CC、オリーブオイル大さじ1を入れて弱火。
③適当にハーブやペッパーを少し入れる。
④10分くらい煮詰めて、オリーブオイルをたっぷり。
⑤食す。
煮詰めている間に大根や人参などの野菜を切り
カボチャやブロッコリーを茹でておく。
切ってグリルで焼いた葱等も美味。
余り物の整理をしながら
何でも切ってしまって下さい。
☆ ☆ ☆
子供達と、若いカップル達だけのための
お祭り騒ぎのクリスマスには
私もウンザリしている。
煌びやかに見えてその実、
商業主義な寒々しいイルミネーションの冷たさには
はしゃぐ気にならない。
しかし、
クリスマスがこんなに幸せに思えるような
美味しいものが食べれるなら
それはそれでいい事じゃないかと…。
ということで、みなさん。
MERRY CHRISTMAS!
きょうのきょうみ[たばこ]
私は愛煙家だ。
自他共に認めるヘビースモーカーだ。
が、こだわりはない。
銘柄に対するこだわりも
吸い方に対するこだわりも
何もない。
美味しければどの銘柄でも吸うし
場所や環境が許せば
いつでもどこでも吸う。
もちろん
「たばこ」でも「タバコ」でも「煙草」でも「TABACCO」でも
何でもいい。
紙巻きでも手巻きでもパイプでも、
フィルターがあろうとなかろうと
何でもいい。
水煙草にも興味はあるが
興味だけで終わっているところは
こだわりのなさに由来する。
☆ ☆ ☆
私の世代の多くの方がそうであるように
私が最初に吸ったたばこは
「マイルドセブン」シリーズだった。
「マイルドセブンスペシャルライト」
もちろん当時は
「喫煙は、あなたにとって………」などと
野暮な事は書いてなかった。
その後、銘柄は変わってゆき
そろそろ私の定番になってきた感がある。
といっても
丁子の入ったスパイシーな味わいなのに
甘ったるくない。
疲れたときや
やりきった時に吸いたくなる。
実はこのタバコには思い出がある。
サラリーマンだった頃、
「このままでいいのかな~」って漠然と考えていた頃、
とある客先で
「タバコ吸っていいよ」って言ってくれた。
営業だからタバコはバックの奥にしまってあり
探すだけで一苦労。
その時
「はい!!」って投げてくれたのが
このタバコだった。
うれしかった。
客との距離が近づいた気がして
うれしかった。
たったそれだけのこと。
「どうぞ」ってだけのこと。
でもその時
「やめよっ」って思った。
「サラリーマンやめよっ」って。
理由はわからない。
その「ジャルムスペシャル」の販売がひっそりと中止になった。
中止になったからといって
大勢に影響はない。
そもそもご存じない方が殆どだろう。
でも、あのタバコの煙には
色々なものが含まれていた。
ニコチンとかタールとか思い出とか自由とか…。
☆ ☆ ☆
タバコは嗜好品だ。
嗜好は変化して当然なモノだ。
その変化に気がついていたい。
だから
場所や環境が許せば
いつでもどこでも吸っていたい。
何もこだわらず、
何にも縛られず、
好きなように吸っていたい。
ジャルムの煙がそんなことを教えてくれた。
きょうのきょうみ[カジノ]
今日の興味は「カジノ」。
といっても「賭博」ではない。
出演 ロバート・デ・ニーロ
シャロン・ストーン
ジョー・ぺシ
監督 マーティン・スコセッシ
私は現実離れしたドキュメンタリー風が好きだ。
現実離れしているし、そもそも真実ではないから
ドキュメンタリーとは言わない。
だからドキュメンタリー風としておく。
私の周りの現実ではありえないが
どこかで起こっているかもしれない現実感。
例えば、私の周りにはイチローは絶対にいないが
現実に彼は存在する。
お会いした事がないので
本当の彼がどんな人物なのかはわからないが
チョット現実離れした彼のイメージが
しっかり作られていく。
そんな作品が好きだ。
そして「マフィア」や「やくざ」が出てくる映画も好きだ。
ウィットにとんだ会話のセンスや
存在感のあるファッション、
掟などのしきたりと欲望。
そのすべてが私を虜にする。
☆ ☆ ☆
大学生の頃、
毎晩のように映画を見ていた頃がある。
週末は映画館のナイトロードショウ。
平日はアルコールを飲みながらのビデオ鑑賞。
アル・パチーノやジョン・トラボルタ、
ロビン・ウィリアムスなどの
お気に入りを見つけると
その出演作品のすべてを見ないと気がすまなかった。
そして、何度も繰り返し見る作品がいくつかできた。
アル・パチーノなら
「ゴッドファーザーシリーズ」や「フェイク」
(その後、ジョニー・デップ作品も見まくった)
ロビン・ウィリアムスなら
「今を生きる」や「グッドモーニングベトナム」など
呼んで字のごとく擦り切れるまで何度も見た。
その頃の私は
「カジノ」を「一回は見た事があるけど…」的な
有名だけど興味はないって分類にしていた。
☆ ☆ ☆
昨晩は久しぶりのDVD鑑賞。
写真ではHD-DVDとなっているが
私は普通のDVDしか持っていないので
私が見たのは当然写真とは違う。
作品自体は好きな部類だ。
演技にも申し分ないし
私自身も役に嵌っていける。
スピードもちょうどいいし
なにより笑えるくらいカッコいい。
が、どうしてもわからないのは
シャロン・ストーン演じるジンジャーの行動。
そこに理由や裏付けはなく
ただただ勝手に行動するように見える。
私は
女性の考えや行動が
わからないことが多い。
なぜそう考えるのか。
なぜそう捉えるのか。
よくわからない時がある。
その意味でこの映画は
リアリティーに富んでいる。
現実にわからないものは
映画でもわからないってわけだ。
何度痛い目に遭っても
まだまだわからない。
そうだった。
私は女心のわからない奴だった…。
「カジノ」を見て
そんなことを思い出した。






