蓮の花
「蓮の花」のお話です。
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蓮の花というのは大変に霊格が高いものであるらしいのです。
私自身、蓮の花に興味があって10年ほど観察を続けていますが、蓮の花は泥水が濃ければ濃いほど、つまり汚れていればいるほど大輪の花として咲きます。
水が真水に近ければ近いほど、きれいであればあるほど、蓮の花は小さくしか咲かないように思います。
つまり、人間の苦しみ・苦悩・煩悩という泥水によって、蓮の花(これは悟りのことなのでしょうが、大きな悟り)が得られるということを示しているのに違いありません。
蓮の花は、それゆえに泥水の中から立ち上がってくる。
その花を見て、人々は勇気づけられ、力を得るのです。
そのために蓮の花は存在しているのかもしれません。
人を勇気づけ、どろどろ、ぐちゃぐちゃになった状態でもいい、そこから立ち上がってくること、その悩み苦しみ・苦悩・煩悩が濃ければ濃いほど、泥水が濃ければ濃いほど、美しく大きな花を咲かせるということを宇宙は示したいのかもしれないのです。
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生きる大事 死ぬ大事
小林正観 著
イースト・プレス
http://amzn.to/2tNGydG
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蓮の花は、水が汚れているほど美しく大きな花を咲かせる。
人間も、苦労を重ねてきた人や、中々報われない人、もがいて苦しんでいる人、大きな悲しみを背負った人などがやがて、大輪の花を咲かせているのではないでしょうか。
キレイな水、つまりキレイな環境で何不自由なく育ててもらって、障がいや苦労を親が取り除いて育ったとして、その花が力強く咲くとは思えません。
親や上司の役目は、困難や障がいに挑む勇気づけをすることです。
“相田みつを”さんの「いのちの根」という詩をご紹介させていただきます。
「なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
いかりをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが
ふかくなり
いのちの根が
ふかくなる」
そうやって人は成長していくのでしょう。
今が泥水の中だと思うのであれば、それはまさに成長に欠かせないものに触れているということです。
大輪の花を咲かせ、いのちの根がふかくなるときですね♪
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今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。
心より感謝します。
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砥石
【すべては私を磨くため】2698
小林正観さんの心に響く言葉より…
《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》
私は親子関係や夫婦関係で相談を受けるとき、よく「砥石」という言葉を使います。
砥石とは刃物を磨く石のことです。
魂を磨くための砥石は3つあります。
ひとつは「家族と家庭」。
結婚とは、「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。
夫婦という名の共同生活は、食べ物の甘い辛い、気温の暑い寒いなど、一つひとつ折り合いをつけることにほかなりません。
なかなか思い通りにならない子どもも「砥石」です。
次は「仕事」。
どんなときにも怒らない、イライラしないということを求められて魂は磨かれます。
最後に、「他のすべての人間関係、交友関係」。
日常生活のすべてが「“私”を磨くための砥石」なのです。
「怒ってもいい状況」も「怒らせる人」も存在せず、折り合いをつけるべき状況や相手がいるだけ。
それなのに怒って解決する道を自ら選んでしまっているのかもしれません。
私たちはすべての日常生活で、「いかにイライラしないか、笑顔でいられるか」を問われています。
『宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣』宝島社
池波正太郎氏の素敵な言葉がある。
『男は何で自分を磨くか。
基本は「人間は死ぬ…」という、この簡明な事実をできるだけ若いころから意識することにある。
もう、そのことに尽きるといってもいい。
何かにつけてそのことを、ふっと思うだけで違ってくるんだよ。
自分の人生が有限のものであり、残りはどれだけあるか、こればかりは神様でなきゃわからない。
そう思えばどんなことに対してもおのずから目の色が変わってくる。
そうなってくると、自分のまわりのすべてのものが、自分をみがくための「みがき砂」だということがわかる』
(男の作法・新潮文庫)より
生まれ変わりがあると信じるなら、この世に生まれてきた目的はただ一つ。
現世において、少しでもましな人間になってあの世に旅立つこと。
生きている間に、まわりの人にどれだけ喜んでもらえたか。
あなたがいてくれて良かった、という人を少しでも多くつくる事。
砥石やみがき砂はそのためにある。
すべては私を磨くため、と思い定めて生きていきたい。
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小林正観さんの心に響く言葉より…
《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》
私は親子関係や夫婦関係で相談を受けるとき、よく「砥石」という言葉を使います。
砥石とは刃物を磨く石のことです。
魂を磨くための砥石は3つあります。
ひとつは「家族と家庭」。
結婚とは、「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。
夫婦という名の共同生活は、食べ物の甘い辛い、気温の暑い寒いなど、一つひとつ折り合いをつけることにほかなりません。
なかなか思い通りにならない子どもも「砥石」です。
次は「仕事」。
どんなときにも怒らない、イライラしないということを求められて魂は磨かれます。
最後に、「他のすべての人間関係、交友関係」。
日常生活のすべてが「“私”を磨くための砥石」なのです。
「怒ってもいい状況」も「怒らせる人」も存在せず、折り合いをつけるべき状況や相手がいるだけ。
それなのに怒って解決する道を自ら選んでしまっているのかもしれません。
私たちはすべての日常生活で、「いかにイライラしないか、笑顔でいられるか」を問われています。
『宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣』宝島社
池波正太郎氏の素敵な言葉がある。
『男は何で自分を磨くか。
基本は「人間は死ぬ…」という、この簡明な事実をできるだけ若いころから意識することにある。
もう、そのことに尽きるといってもいい。
何かにつけてそのことを、ふっと思うだけで違ってくるんだよ。
自分の人生が有限のものであり、残りはどれだけあるか、こればかりは神様でなきゃわからない。
そう思えばどんなことに対してもおのずから目の色が変わってくる。
そうなってくると、自分のまわりのすべてのものが、自分をみがくための「みがき砂」だということがわかる』
(男の作法・新潮文庫)より
生まれ変わりがあると信じるなら、この世に生まれてきた目的はただ一つ。
現世において、少しでもましな人間になってあの世に旅立つこと。
生きている間に、まわりの人にどれだけ喜んでもらえたか。
あなたがいてくれて良かった、という人を少しでも多くつくる事。
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松下幸之助成功の理由
【目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオ】2716
小林正観さんの心に響く言葉より…
生まれたときに、死ぬことが決まっています。
死ぬときを決めて生まれてきました。
とりあえず事実を事実としておっかけてくると、どうしてもそういう結論になる。
自分の目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオだと完全に頭の中を入れ換えることができると、ありとあらゆることに不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなくなります。
だって自分が書いたんだから。
「こんなひどい悲惨な人生を自分でシナリオに書くわけがないじゃないか」って私にかみついた人がいるんですけど、そう思っていること自体が悲惨な人生を生んでいるんですよ、というのが私の答えです。
人生に悲惨か恵まれているかというのはないんです。
たとえば、ものすごく経済的に恵まれた裕福な家に生まれた子供がいるとします。
そういう子の50パーセント、つまり2人に1人は、裕福なるがゆえにすごくワガママで、どうしようもないやつです。
自己中心的に育って、大人になっていきます。
あとの半分くらいの人は、鷹揚(おうよう)で「金持ち喧嘩せず」という言葉のとおり、人に対して寛大で寛容で温かくて、非常にのんびりとして、人を信じながらニコニコ生きていくタイプの人です。
今度は、ものすごく経済的に困窮している家に生まれ育ってきた人がいるとします。
すると、その困窮した生活の結果として性格がねじれてグレてしまったという人が2人に1人、50パーセントぐらいはいます。
一方、若いころからずーっとそういう家で育ってきたがゆえに、人を大事にして、苦労人としてとってもいい人格を養いながら大人になる人もいる。
これも50パーセント、2人に1人。
結論を言うと、裕福であろうが貧しかろうが、関係がない。
必ずどっちも50パーセント、50パーセントです。
自分がどっちの人格になるかというのは、自分でシナリオを書いてきただけのことで、自分の生まれ育った環境には全く関係がありません。
裁判で「この人は幼少のときにすごく苦労しながら生きてきたので、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)を認めてください」というふうに弁護士が言います。
裁判長もそれを認めたりするときもある。
だから、貧しさは人格形成にマイナスの影響を与える場合があると常識のように通用しているけれど、実は宇宙的には生まれ育ちの状況は関係がない。
裕福でも貧しくてもまったく同じ。
どこの生まれ育ちであっても、なんであっても、50パーセントずつ。
自分の生まれ育った環境や状況に対して愚痴を言うか、言わないかという、そこに分かれ目があるだけ。
そこに違いがあるだけです。
『宇宙を貫く幸せの法則』致知出版社
松下幸之助さんは、自分が成功できたのは、次の三つの理由があったからだという。
それは、「貧乏であったこと」、「学歴がなかったこと」、「体が丈夫でなかったこと」。
貧乏も、学歴がないことも、体が弱かったことも、普通に考えればマイナスの要因でしかない。
しかし、そういう境遇に対して、文句や愚痴を言わず、もっというなら、感謝をしたのが松下幸之助氏だ。
すべての現象には、幸も不幸も、悲惨も恵まれている、もない。
その現象を、幸福(不幸)と思う自分がいるだけ。
「目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオ」
そう心底思うなら、文句も愚痴も言うわけにはいかない。
「人生はすべて自分の書いたシナリオ通り」と、覚悟を決めたい。
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小林正観さんの心に響く言葉より…
生まれたときに、死ぬことが決まっています。
死ぬときを決めて生まれてきました。
とりあえず事実を事実としておっかけてくると、どうしてもそういう結論になる。
自分の目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオだと完全に頭の中を入れ換えることができると、ありとあらゆることに不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなくなります。
だって自分が書いたんだから。
「こんなひどい悲惨な人生を自分でシナリオに書くわけがないじゃないか」って私にかみついた人がいるんですけど、そう思っていること自体が悲惨な人生を生んでいるんですよ、というのが私の答えです。
人生に悲惨か恵まれているかというのはないんです。
たとえば、ものすごく経済的に恵まれた裕福な家に生まれた子供がいるとします。
そういう子の50パーセント、つまり2人に1人は、裕福なるがゆえにすごくワガママで、どうしようもないやつです。
自己中心的に育って、大人になっていきます。
あとの半分くらいの人は、鷹揚(おうよう)で「金持ち喧嘩せず」という言葉のとおり、人に対して寛大で寛容で温かくて、非常にのんびりとして、人を信じながらニコニコ生きていくタイプの人です。
今度は、ものすごく経済的に困窮している家に生まれ育ってきた人がいるとします。
すると、その困窮した生活の結果として性格がねじれてグレてしまったという人が2人に1人、50パーセントぐらいはいます。
一方、若いころからずーっとそういう家で育ってきたがゆえに、人を大事にして、苦労人としてとってもいい人格を養いながら大人になる人もいる。
これも50パーセント、2人に1人。
結論を言うと、裕福であろうが貧しかろうが、関係がない。
必ずどっちも50パーセント、50パーセントです。
自分がどっちの人格になるかというのは、自分でシナリオを書いてきただけのことで、自分の生まれ育った環境には全く関係がありません。
裁判で「この人は幼少のときにすごく苦労しながら生きてきたので、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)を認めてください」というふうに弁護士が言います。
裁判長もそれを認めたりするときもある。
だから、貧しさは人格形成にマイナスの影響を与える場合があると常識のように通用しているけれど、実は宇宙的には生まれ育ちの状況は関係がない。
裕福でも貧しくてもまったく同じ。
どこの生まれ育ちであっても、なんであっても、50パーセントずつ。
自分の生まれ育った環境や状況に対して愚痴を言うか、言わないかという、そこに分かれ目があるだけ。
そこに違いがあるだけです。
『宇宙を貫く幸せの法則』致知出版社
松下幸之助さんは、自分が成功できたのは、次の三つの理由があったからだという。
それは、「貧乏であったこと」、「学歴がなかったこと」、「体が丈夫でなかったこと」。
貧乏も、学歴がないことも、体が弱かったことも、普通に考えればマイナスの要因でしかない。
しかし、そういう境遇に対して、文句や愚痴を言わず、もっというなら、感謝をしたのが松下幸之助氏だ。
すべての現象には、幸も不幸も、悲惨も恵まれている、もない。
その現象を、幸福(不幸)と思う自分がいるだけ。
「目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオ」
そう心底思うなら、文句も愚痴も言うわけにはいかない。
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