他人を許し、その幸せを願う

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ジェームズ・スベンソン氏の心に響く言葉より…

 

 

どんなに豊かで、さまざまな恩恵を受けることができる国に暮らしていようとも、人びとの争いが絶えない原因はなんだろうか?

 

職場や学校、店内、路上など、あらゆる場所でもめごとが発生し、訴訟が日常化しているのは決して健全なことではない。

 

 

アメリカの著名な牧師ジェームズ・ムニハン師は、こう指摘している。

 

「現代社会を蝕(むしば)んでいる最大の病弊は、人を許す能力の欠如である。

 

人びとは誰かに不当な扱いを受けると、それをずっと根に持って復讐の機会をうかがっているのが現状だ。

 

しかし、そういう姿勢は精神的な未熟さのなせるわざである」

 

 

言いかえれば、ほとんどの場合、人を許すことができないのは、本当の意味で成熟していない証しなのだ。

 

どんな仕事であれ、独力で成功することは絶対にできない。

 

成功の秘訣の中で不可欠なのは、人とうまくやっていくことである。

 

人を許さない人は、この真理をまだ学んでいないし、たいていの場合、成功していない。

 

 

人を許すための画期的な方法を紹介しよう。

 

 

1.相手の幸せを願う習慣をつける。

 

「私はあの人を許し、あの人の幸せを願う」と唱えよう。ポジティブな言葉は心に平和をもたらす。

 

 

2.相手の長所を見つける。

 

人はみな、長所を持っている。相手の長所を見つけたら、それに意識を向けよう。敵意は自然に消える。

 

 

3.相手を許すことを本人に伝える。

 

自分を傷つけた人を許せば、自分の寛大さに誇りを持つことができる。しかも、相手の尊敬を得ることができる。

 

 

希望と幸福に満ちた人生の扉をひらく50の法則』ディスカヴァー

 

 

 

 

 

他人の不幸や失敗を願って、成功した人はいない。

 

脳は、発する言葉の人称を選ばないという。

 

つまり、人の失敗を願っているつもりが、自分のことと勘違いするのが脳の構造。

 

 

いつまでも過去にこだわり、許さない人も同じ。

 

自分のことを、非難したり、罵(ののし)ったり、怒ったり、馬鹿にしていることになる。

 

これは、人と人のみならず、国と国の関係でも同じ。

 

 

「人を許すことができないのは、本当の意味で成熟していない証し」

 

他人を許し、その幸せを願う人でありたい。

 

 

 

 

 

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法政大学大学院教授、坂本光司氏の心に響く言葉より…

 

 

人生は思うようにはいかないものです。

 

就職や転職のときに、自分の志望どおりになる人は限られています。

 

私が大学で学部生に教えていたころには、「20社目に受けた会社にやっとの思いで入りました。だけど、自分が行きたかったのはこんな会社ではありません」といった相談をよく受けたものです。

 

 

たとえ希望の会社に入ったとしても同じことです。

 

希望する部署に配属されるとは限りませんし、不本意な異動をされることもあります。

 

そんなとき、なかには、「こんなはずじゃなかった」「自分は負け組だ」などと考えてしまう人がいます。

 

そして、気持ちを腐らせていってしまうのです。

 

 

しかし、長年生きてきてさまざまな人物と接してくると、優れた人物が必ずしも「望む仕事」に就いたわけではないことに気づかされます。

 

むしろ、そうではない人が多い。

 

たとえば、伊那食品工業を育て上げた塚越寛さん。

 

 

この会社は、まさに「奇跡の会社」です。

 

「会社は社員の幸せのためにある」という塚越さんの信念に基づき、50年以上にわたってただの一度もリストラをせず、一貫して安定的に好業績を上げてきました。

 

しかも、斜陽産業である寒天メーカーでありながら、たえざる新商品開発によって「同業者と争わない」=「敵をつくらない」という戦略を貫いてきたのです。

 

その経営哲学を学ぶために、連日のように大企業幹部が訪れているのも頷けます。

 

そんな塚越さんは、その実績、識見、人格において、私がもっとも尊敬する経営者のひとりです。

 

 

しかし、塚越さんの経歴を聞くと多くの方が驚きます。

 

というのは、塚越さんの最終学歴は中学校卒だからです。

 

高校生だった17歳のとき、当時死の病だった結核を患ったため入院を余儀なくされ、高校を中退せざるをえなかったのです。

 

入院は3年にも及びました。

 

青春を謳歌(おうか)する同年代の若者を横目に病室に閉じ込められる日々を、どんな思いで過ごしたことでしょうか。

 

哲学書や経営書を読みふける毎日だったそうです。

 

 

奇蹟的に回復した塚越さんをさらなる苦難が襲います。

 

中学校卒で3年間も病に臥せっていた塚越さんを採用してくれる会社がなかなか見つからなかったのです。

 

さんざん悔しい思いをされたことでしょう。

 

そして、長野県伊那地域の地場産業である製材業を営む会社に、なんとか就職できることになりました。

 

 

この会社で、塚越さんは誰よりも一生懸命に働きました。

 

「働けるということ、今日も生きていたということが嬉しくて嬉しくて、当時、人の3倍は働きました」と振り返ります。

 

しかも、闘病中に熟読した書籍によって得た知識をもとに進んだ言動をしていたものですから、自然と経営者の目にとまるようになります。

 

 

そして、「あいつならできるかもしれない」と、その会社の関連会社で業績悪化によって銀行管理下にあった「伊那寒天工業」の実質的な社長に抜擢されます。

 

そのとき、塚越さんは弱冠21歳。

 

化学書や科学書を読み込みながら生産機械に改良を加え、経理体制を整え、営業に駆け回りました。

 

休みといえば正月くらい。

 

それだけの努力を重ねて、一歩ずつ自らの理想とする会社を築き上げていくのです。

 

 

人生にとって大切なのは、「希望する仕事」に就くことではなく、「与えられた場所」で全力を尽くすことなのです。

 

その結果、当初、思いもよらなかった形で自分の「理想」や「夢」が実現する。

 

人生とは、そういうものなのです。

 

 

もちろん、人を人と思わないようなブラック企業や、どうしても自分とは合わない会社であれば話は別です。

 

しかし、たいていの会社はさまざまな問題を抱えながらも、常識の範囲内で運営されているものです。

 

石の上にも3年といいます。

 

不満に思うことがあったとしても、その仕事を通してお客様や仲間、そして自分を幸せにできる可能性があるのであれば、「雇ってくれた会社・職場」=「与えられた場所」にじっくりと腰を据えて頑張ってみることです。

 

「目の前の仕事」に全力を尽くすことが、人生を拓(ひら)く第一歩なのです。

 

 

強く生きたいあなたへ (WAVEポケット・シリーズ)

 

 

 

 

昨今は、少しプレッシャーがかかったでけでもブラック企業、などと言われてしまう非常にセンシティブな時代だ。

 

しかし、人を人とも思わないようなブラック企業は別にして、自分の希望に100%沿うような仕事などないに等しい。

 

「思ってもみなかったような仕事や、部門」に配属されることは普通だし、こんなはずじゃなかったと思うことは多い。

 

そして、たいていの人は、その現状に対して文句や泣き言をいい、愚痴をこぼす。

 

 

しかし、それとは真逆の人もいる。

 

どこに配属されても、その場やその仕事を愉(たの)しみ面白がってしまう人だ。

 

愉しければ、それがたとえ厳しい条件や環境であったとしても、ぜんぜん苦にならない。

 

 

『「目の前の仕事」に全力を尽くす』

 

思うようにいかない現実を愉しんでしまうような人には、限りない魅力がある。

 

 

 

 

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困っても困らない

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松下幸之助氏の心に響く言葉より…

 

 

《心配またよし》

 

何の心配もなく、何の憂(うれ)いもなく、何の恐れもないということになれば、この世の中はまことに安泰(あんたい)、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。

 

人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。

 

 

しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗り切って、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。

 

この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪(のろ)わしく、人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう。

 

 

有事に直面しても、これを恐れてはならない。

 

しりごみしてはならない。

 

“心配またよし”である。

 

 

心配や憂いは新しくものを考えだす一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。

 

力をしぼる。

 

知恵をしぼる。

 

するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。

 

新しい道がひらけてくるのである。

 

まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

 

 

道をひらく』PHP

 

 

 

 

松下幸之助氏はこう語る。

 

「人生には、困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。

 

そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。

 

困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となるのである。

 

要は考え方である。

 

決意である。

 

困っても困らないことである」

 

 

「心配またよし」とは、困っても困らないことだ。

 

これは困難に対してだけでなく、うまくいっているときや順境のときも同じ。

 

 

困難のとき、愚痴をいったり、自暴自棄(じぼうじき)になってしまうのか。

 

逆に順境のとき、調子にのって威張ったり、謙虚さを忘れ鼻持ちならなくなってしまうのか。

 

どちらになっても、淡々と素直に謙虚に処するだけ。

 

 

要はとらえ方しだい、見方しだい。

 

つまり、「順境よし、困難またよし」。

 

 

困っても困らない人でありたい。

 

 

 

 

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すべては私を磨くため

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小林正観さんの心に響く言葉より…

 

 

《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》

 

 

私は親子関係や夫婦関係で相談を受けるとき、よく「砥石」という言葉を使います。

 

砥石とは刃物を磨く石のことです。

 

魂を磨くための砥石は3つあります。

 

 

ひとつは「家族と家庭」。

 

結婚とは、「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。

 

夫婦という名の共同生活は、食べ物の甘い辛い、気温の暑い寒いなど、一つひとつ折り合いをつけることにほかなりません。

 

なかなか思い通りにならない子どもも「砥石」です。

 

 

次は「仕事」。

 

どんなときにも怒らない、イライラしないということを求められて魂は磨かれます。

 

 

最後に、「他のすべての人間関係、交友関係」。

 

日常生活のすべてが「“私”を磨くための砥石」なのです。

 

 

「怒ってもいい状況」も「怒らせる人」も存在せず、折り合いをつけるべき状況や相手がいるだけ。

 

それなのに怒って解決する道を自ら選んでしまっているのかもしれません。

 

私たちはすべての日常生活で、「いかにイライラしないか、笑顔でいられるか」を問われています。

 

 

宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣』宝島社

 

 

 

 

 

池波正太郎氏の素敵な言葉がある。

 

 

『男は何で自分を磨くか。

 

基本は「人間は死ぬ…」という、この簡明な事実をできるだけ若いころから意識することにある。

 

もう、そのことに尽きるといってもいい。

 

何かにつけてそのことを、ふっと思うだけで違ってくるんだよ。

 

自分の人生が有限のものであり、残りはどれだけあるか、こればかりは神様でなきゃわからない。

 

そう思えばどんなことに対してもおのずから目の色が変わってくる。

 

そうなってくると、自分のまわりのすべてのものが、自分をみがくための「みがき砂」だということがわかる』

 

(男の作法・新潮文庫)より

 

 

 

 

生まれ変わりがあると信じるなら、この世に生まれてきた目的はただ一つ。

 

現世において、少しでもましな人間になってあの世に旅立つこと。

 

 

生きている間に、まわりの人にどれだけ喜んでもらえたか。

 

あなたがいてくれて良かった、という人を少しでも多くつくる事。

 

砥石やみがき砂はそのためにある。

 

 

すべては私を磨くため、と思い定めて生きていきたい。

 

 

 

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法遠去らず

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臨済宗円覚寺派管長、横田南嶺氏の心に響く言葉より…

 

 

《法遠去(ほうおんさ)らず―あきらめない、やめない、 ここを去らない》

 

 

浮山(ふさん)法遠禅師は葉県(せっけん)禅師の弟子である。

 

この葉県禅師こそ、まさしく「厳冷枯淡」、 人情のかけらも許さないほどに厳しい家風で鳴り響いていた。

 

その禅師のもとに、若き法遠は修行に出かけて入門を請うた。

 

 

古来禅門では容易に入門を許さない。

 

今日でも「庭詰(にわづめ)」と称して、 玄関先で何日も頭を下げ続ける。

 

まして厳しさで有名な葉県禅師のこと、 幾日も入門を願うも許されない。

 

雪の舞うある日、ようやく葉県禅師が現れるや、 僧たちに頭から水をぶっかけた。

 

たまりかねた僧たちはみな去ってゆくが、法遠は「 私は禅を求めてまいりました。 一杓の水くらいでどうして去りましょうか」と、留まって、 初めて入門を許される。

 

 

ある時、法遠が典座という、料理の係りを努めていた。

 

葉県禅師の「枯淡」ぶりは想像を超えており、 みんなは飢えに苦しんでいた。

 

師の葉県禅師が出かけたのをよいことに、 法遠はみんなのために特別の「油麺(ゆめん)」をご馳走した。

 

ところが、ようやく馳走のできたまさにその時、 葉県禅師が予定より早く帰山された。

 

 

烈火の如く怒った葉県禅師は、「油麺」の代金を法遠に請求し、 さらに三十棒くらわせて、寺から追い出した。

 

法遠の道友たちは、 かわるがわる師に許しを請うが聞き入れられぬ。

 

せめて外から参禅でもと願うがこれも拒否された。

 

 

法遠はやむなく町を托鉢(たくはつ)して「油麺」の代金を賄( まかな)う。

 

ところが葉県禅師が外出すると、 法遠が寺の敷地に居住しているのを見て、 さらにその家賃も納めよと迫る。

 

容赦のない仕打ちだが、法遠はそれにもめげずに、 町をひたすら托鉢する。

 

 

ある日、葉県禅師が町に出ると、 黙って風雨に耐えて托鉢する法遠の姿を目にする。

 

そこで初めて法遠こそ真の参禅者だと言って、寺に迎えて、 自らの後継者とされた。

 

 

今の時代なら考えらえないようなひどい仕打ちである。

 

それでもひたすら耐えぬいた法遠の志を貴んで、「法遠去らず」 という逸話として伝えられている。

 

 

古来禅の修行は行雲流水などと言われ、 自由自在に師を求めて行脚(あんぎゃ)をした。

 

それも大事である。

 

しかし、 どこにいてもその師や道場の欠点ばかりを目にしていてはものには ならない。

 

 

葉県禅師など実にひどいと思われるかもしれない。

 

禅宗の老師はよく理不尽なことを言いつけて修行僧を困らせる。

 

しかしながら、世の中を生きていくには、道理にかなう事ばかりではない。

 

「なぜ、こんな目に遭うのか」と悲憤慷慨(ひふんこうがい)することもある。

 

しかし、人間の真価が問われるのは、むしろそんな時であろう。

 

 

去る時の弁解はいくらでもできる。

 

しかし、一言も発せず黙して忍ぶ事の尊さを知らねばならない。

 

自然の災害なども然り、なぜこんな目にと問うても、道理などあろうはずもない。

 

それでも人はそこで耐えて生きねばならない。

 

 

人生を照らす禅の言葉』致知出版社

 

 

 

 

《閑古錐(かんこすい)》という禅の言葉がある。

 

「使えなくなった錐(きり)のことだ。

 

切れ味の悪くなった錐は、道具としては役に立たない。

 

しかし、長い年月をかけて、穴をあけ続けてきて丸くなった錐には、ただ鋭いだけの錐にはない、円熟した魅力がある。

 

禅では、真の修行者のことを閑古錐という」(ほっこり、やさしい 禅語入門)より

 

 

かつて連合艦隊を率いて、日本海戦で、当時最強のロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、沈黙の提督と言われた。

 

しかし、若い頃は軽口をたたいてはおしゃべりする軽々しい男だったという。


だが、それでは指導者にはなれないと、自らを戒め、鈍(にぶ)くて重みのある寡黙な提督となっていった。


そして、終生目立つことを嫌ったという。

 

 

昨今は、鈍(にぶ)いことを嫌う傾向がある。

 

それは、鈍(どん)くさいとか、鈍間(のろま)であるとか、鈍感だとかいう言葉で表される。

 

 

しかし、「鈍い」の反対の「鋭(するど)い」ことは決していいことではない。

 

鋭すぎて、人を傷つけたり、理屈をいって行動が伴わなかったり、人のアラばかりが見えてしまうようなことだ。

 

理不尽な仕打ちや、災いに出会った時は、鈍さがむしろ救いとなる。

 

 

「法遠去らず」

 

ジタバタせず、「鈍」を大事にする人でありたい。

 

 

 

 

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