闘病94日目は全員のストレスが溜まっている 190327 | 13歳の娘が骨肉腫と戦った322日の記憶

13歳の娘が骨肉腫と戦った322日の記憶

2018年12月24日に突然の告知からの入院。
その日から小児癌に負けることなく笑顔と優しさを
持ち続けた中学生の記録です。父親の私の立場から
彼女の事を少しでも多くの人に知って貰いたいそんなブログです。



桜も咲き始めてきた
そんな夜。

一人で見る夜桜は

全く綺麗とも思わない

ただの花でした。


今、ちょっとした事から
病室を出しました。

夜の東大路通りを南に向かって

歩いています。

 

来望は?

 

私が部屋にいると
喧嘩をしていまいそうに
なるからです。

彼女は、肝臓の数値や血液の数値を
正常値に戻すために、点滴を
しているのですが、

食欲低下
吐き気
気だるさ


などの症状に襲われています。
当然、ゆとりをもって会話が

出来る状態ではないんです。

 

解ってはいるのですが、

看護士さんや、先生に対しての
態度が余りにも怠慢な為に
また少し怒ったんですけど

それが、今の娘には
辛かったのでしょう

仕事をしている私に


娘 お腹がへった。
私 お!だったらポテト食べる?
娘 ・・・・
私 はい!これはどう?
娘 ・・・
私 ん?どした?
娘 ハッシュドポテトって言ったやん
私 へ?フライドポテトじゃ駄目?
娘 ・・・

娘の冷たい視線や態度に
我慢ができず、

私 「解った買ってくる!」

と、病院を外にしました。

これ以上、一緒に居ても

より険悪なムードになるでしょうし

私も強く来望に言ってしまいそうで

一度、気分転換をしないと!

と判断して、日付が変わろうとする

深夜にも関わらずです。

 



ハッシュドポテトが売っている

店を探しながら
夜の街を徘徊しますが、
入院してからは、景色に色が
付いてないんですよね。

全てがセピアかグレーにしか
見えていません。

綺麗な景色であっても
桜が綺麗に咲いていようが
あまり、興味もないし
関心が・・、

私、一人だけではね。



一人で歩きながら

色々な事を考えました。

 

この先の治療の事。

もしも奥様だったら、どんな

対応をしていたのか?

仕事の事。

弟君の事。

 

どれもこれも、一人では

答えが出るはずも無く、

漠然と思考だけがクルクルと

周り続け時間だけが

流れてます。

そんなこんなで、
少し離れたコンビニに
やっと見つけたので
来望が望んでいた

ハッシュドポテトを

購入し病院にもどります。

帰りには、さすがに一人では

耐えきれずに奥様とラインで
やり取りをしながらも
これからの来望に対しての

対応だったり、治療についても
話をしました。

 

誰かに話をするだけでも

気が楽になるから。

 

奥様だったら尚更です。

 



そして、病室にもどり
何事も無かったかのように
ポテトを渡して、
私は仕事、彼女は、
スマホや、テレビに。

静かな時間が過ぎていき
夜中になって、
口を開いた娘ちゃん。

彼女なりに

私が居ない時間を

色々と考えてくれたようです。


今の心境や、本音
母には直接言えないことも
出来るだけ聞き出しました。

本当に優しい娘ですね。

本当に出来た子ですね。

私の娘には勿体無いぐらいです。

彼女なりに、
一生懸命なんだと
再認識。

ただ、どうしても
それが、表に現れないのが
残念です・・

自己表現。

昔から来望が苦手な事。

どうしても頭で整理が出来ないと

黙り込んでしまい

相手に誤解されてしまうので

気持ちを表現できないんです。

でも、こんな状況だからこそ

出来る限り、今を

相手に伝える力を付けてくれる事が

治療に対してもプラスになるはず。

 

頑張ってほしいです!


 

入院して、3月が過ぎようと
しています。

私達家族は、年末から
時間が止まっています。
年号が変わろうが、
オリンピックが来ようが

全く関係ありません。

娘が無事に退院できて
家族四人で当たり前のように
家で寝れれば、それだけで。

何でもないような事が
幸せだったとおもう♪

そんな歌が昔ありましたが
本当ですよね。
 

後悔先に立たず・・

ですよ。