GO TO FARM! (牧場へ行こう)~牧場物語 ミネラルタウンストーリーズ~ -2ページ目

はじまり8

「え、本当に、上手くいったんですか!?」

「なんだよ、自分がやっといたくせして」

グレイは呆れつつも、結果オーライということでさすがに笑みが零れてしまう。「ありがとう。お陰で、俺の願いが叶ったよ」

「どういたしまして」

クリフも笑顔で答える。「ボクとしても嬉しいですよ」

「それじゃ、俺、これから用があるから」

このミネラルタウンに住むことが決まったクレアを、ピートと共に案内することになっていたのだ。うきうき気分で踵を返したグレイの耳に、

「…れで…他の術も…かも…」

と、クリフの呟きが途切れ途切れに聞こえた。

 浮かれていたグレイは、特にそれを気に留めることもなく―部屋を出た。


 ローズ広場のベンチに座っていた彼女が、黄金の髪をふわりと揺らして立ち上がる。

「あ、グレイ。こっち」

「ごめん、遅くなって」

クレアはブルーのカットソーにチェックのスカートといういでたちだ。いつも病院服姿しか見ていなかったグレイにとって、今の彼女は本当にまぶしいくらい明るく、健康美そのものだ。それと同時に彼女が健康になったこと、そしてここで暮らすことになったことに対する幸せを改めて噛み締めていた。

「あ、それ、今日も、身につけてくれてるんだ―」

「うん、そう。これ、すごく素敵だから気に入っちゃって」

濃いブルーのカットソーの上、控えめに輝くアクアマリンのシルバーペンダント。

 が。

「そ、そっか」

心底嬉しい気持ちとは裏腹に、口をついて出てくるのはただその言葉だけ。帽子のつばを掴むとそのまま手繰り寄せ、顔を半分隠してしまう。

(そのペンダントよりも、君のほうが輝いて見える…とか、言えないよなぁ)

(…カイなら、言えんのかな…)

 そんなグレイに優しく微笑みを向けていたクレアだったが、ふと、

「―ピート、遅いね?」

「ああ、あいつはいつも待ち合わせに遅れて来るんだよ」

苦笑してグレイは答える。それは事実だった。あいつとの待ち合わせ、苛立ちながら待ったことがどれほどあったことか―もっとも今日は、それがグレイにとって実にハッピーな結果をもたらしているのだが。

(なんせ、クレアさんと二人きりなんだもんな)

「牧場が忙しいのかもしれないわね」

クレアはクスクス笑って、「えっと、グレイは、時間大丈夫?」

「ああ」

「それなら、気長に待ちましょう」


はじまり7

 降りしきる雨のなか、ピートの姿が近付いてくる。

「よう」

ピートは相変わらずの人懐っこい笑顔で、「折角週に一度の休みだっていうのに、雨だなんてついてないな」

「たまにはこんな日だってあるさ」

グレイは苦笑し、「それに、お前にとっては恵みの雨になったんじゃないのか?」

「―まあね」

「ったく、さっさとじょうろレベルアップしろよ」

二人は談笑しながら、病院へと向かう。そのドアに手をかけたとき―グレイの表情に、緊張が走った。


 彼女の泣き顔。

 願いを叶える『魔法』―。


 長い昨日の出来事が、彼の頭に次々と浮かび上がってくる。

「グレイ?」

ドアノブに手をかけたまま止まるグレイに、ピートは怪訝そうに顔を覗き込んでくる。グレイは慌てて、

「あ、わ、悪りぃ」

受付のエリィが、二人を見て、にっこりと微笑む。

「や、やあ、エリィ」

グレイはドギマギしながら、「あ、あの、クレアさんは…?」

「ええ、大丈夫よ」

と、エリィ。その明るい返答に、グレイは大きく安堵する。「昨日のお見舞いの品に、とても喜んでいたわ」

「…」

自然に顔が綻ぶグレイに、彼女は、更に一言付け加える。「この分だとこの二・三日の間に退院できそうよ」

「―!」


退院。


「へぇ。思ったよりも早かったなぁ」

ピートは嬉しそうに、「ドクターとエリィのお陰だよ」

「そんなことないわ。二人が、彼女のお見舞いに来てくれたからよ」

と、エリィ。「さ、二人とも、クレアさんに会っていらっしゃい」

「おい、グレイ、行こうぜ」

どこか浮かない表情のグレイに全く気付くことなく、ピートは声を掛ける。

「あ、ああ」


 クレアは、昨日のことなど全く微塵も感じさせない笑顔で、二人を出迎えた。なるほど、もうすぐ退院というのも肯けた。

 二人が椅子に座るや否や、彼女はピートのほうを向いて口を開く。

「ねえ、ピート君。ピート君は牧場をやっているんだって?」

「え? そ、そうだけど、どうして…」

「昨日のミルク、すごく美味しかったから。どこのミルクかってエリィさんに尋ねたら、あなたがやっている牧場のだって教えてもらって」

と、クレア。「―ねえ、牧場をやるのって、大変?」

「うーーん。大変じゃないっていえば、嘘になるかな」

ピートは少し考えてから、しかしクレアの瞳を真っ直ぐ見つめて答える。「けれども、すごく楽しいよ」

「…」

その答えに、クレアは柔らかに微笑む。

(…!? な、何なんだ…!?)

明らかに置いてけぼりにされているような雰囲気に、グレイは戸惑い、男として隣に居る親友に嫉妬した。

 しかし、次の瞬間。

「私みたいな素人でも、始められる?」


(―え…?)


「ああ、勿論だよ。俺だって、別にそんな勉強をしていたわけじゃないし、まだ牧場始めてからまだ半年しか経ってないし」

「…そっか」

と、クレア。「ここにはまだ、荒れた牧場があるって、そう聞いたの―だから―」


(…!!)


「私もここで、牧場やってみたいなって…そう思ってるんだけど」

控えめに、照れたように笑う彼女。太陽の光をそのまま束ねたような金髪が揺れる。


 ここで。

 牧場を。


「ということは、ここに、住むんだ」

確かめるように、グレイが口にした言葉に、クレアは肯く。

「うん。私が、どこまでできるか分からないけど―」

「協力するよ」

ピートは力強く約束する。正直、グレイにとってはやや複雑な心境であったが―、まあ、ここで暮らすという彼女に力を貸すといってきてるんだ。歓迎するべきものなのだろう。

「クレアさん。俺、鍛冶屋で修行してるんだ」

仕舞い込もうとしていた想いが、いつの間にか、口をついてでていた。「クレアさんが牧場で使う道具にも大きく関係している仕事だから―、俺にも何か、助けられることがあると思う。

 だから、無理はしないで。困ったことがあったら、何でも言ってきてくれ。

 俺、クレアさんのこと、応援してるから」


「ありがとう」

そのとき、胸元に光るものを見つけて、グレイははっと息を呑んだ。

 シルバーのチェーンに、アクアマリンのムーン・ドロップ。


 昨日、彼女に手渡ししたかったもの。


 ―身に、つけてくれてたんだ―


 その視線に気付いたクレアは、一番優しく温かな視線を、グレイに向けて笑った。


はじまり6

「ある人を、ずっとミネラルタウンに留まらせたい?」

クリフは目を丸くする。

「ああ」

グレイは俯いて肯く。

 明らかに言葉の足りないグレイの説明に、クリフは困惑した表情を浮かべていたが。それ以上は追及することもなく、何かを考え込んでいるようすであった。

 そして、口を開く。

「100パーセント成功するかどうかは分からないですけど」

クリフは続けて、「方法が無いわけじゃないですよ」

「え!?」

クリフは傍らに置いていた本を、グレイに渡す。

「―!?」

更にグレイは大きく目を見開く。その本に記されていたのは―見たことも無い文字。尖った文字で構成されたそれが、ページにびっしりと詰まっている。パラパラ…とページをめくってみると、文字とはまた違う、三角や四角を組み合わせたような不思議な記号が踊っている。

「な、何だ、こりゃ!?」

「魔術書、だよ」

「魔術書!?」

「ボク、魔法使いなんですよ」

クリフはそう言って、左手の掌をグレイに差し出す。―その次の瞬間、その大きくない掌にすっぱりと収まりそうな、青白い炎が浮かび上がる。

「!!?」

炎は確かに、揺らめいている。震える手を近付ける。

 熱い。

「ちゃんとできるのは、これだけなんですけどね」

クリフは照れくさそうに笑う。「でも、これで、ボクの言っていることが嘘じゃないって分かりました?」



 ―クレアさん。

 ―どうか、この街に、ずっと居てください


 どうか―

 どうか。


 彼女と、結ばれますように―



「終わりました?」

頬を赤らめて肯くグレイにクリフは満足げに、「それじゃ、こっちに来て下さい」

 グレイが立っていたのは、部屋の床に作られた、急ごしらえの魔方陣の中心。

「成功すれば、グレイさんの願いは叶う筈です」


 知人の秘密と、

 期待と不安。


 改めて確認してしまった、自分の想い。


 その晩、グレイは興奮で眠ることが出来なかった。