はじまり7 | GO TO FARM! (牧場へ行こう)~牧場物語 ミネラルタウンストーリーズ~

はじまり7

 降りしきる雨のなか、ピートの姿が近付いてくる。

「よう」

ピートは相変わらずの人懐っこい笑顔で、「折角週に一度の休みだっていうのに、雨だなんてついてないな」

「たまにはこんな日だってあるさ」

グレイは苦笑し、「それに、お前にとっては恵みの雨になったんじゃないのか?」

「―まあね」

「ったく、さっさとじょうろレベルアップしろよ」

二人は談笑しながら、病院へと向かう。そのドアに手をかけたとき―グレイの表情に、緊張が走った。


 彼女の泣き顔。

 願いを叶える『魔法』―。


 長い昨日の出来事が、彼の頭に次々と浮かび上がってくる。

「グレイ?」

ドアノブに手をかけたまま止まるグレイに、ピートは怪訝そうに顔を覗き込んでくる。グレイは慌てて、

「あ、わ、悪りぃ」

受付のエリィが、二人を見て、にっこりと微笑む。

「や、やあ、エリィ」

グレイはドギマギしながら、「あ、あの、クレアさんは…?」

「ええ、大丈夫よ」

と、エリィ。その明るい返答に、グレイは大きく安堵する。「昨日のお見舞いの品に、とても喜んでいたわ」

「…」

自然に顔が綻ぶグレイに、彼女は、更に一言付け加える。「この分だとこの二・三日の間に退院できそうよ」

「―!」


退院。


「へぇ。思ったよりも早かったなぁ」

ピートは嬉しそうに、「ドクターとエリィのお陰だよ」

「そんなことないわ。二人が、彼女のお見舞いに来てくれたからよ」

と、エリィ。「さ、二人とも、クレアさんに会っていらっしゃい」

「おい、グレイ、行こうぜ」

どこか浮かない表情のグレイに全く気付くことなく、ピートは声を掛ける。

「あ、ああ」


 クレアは、昨日のことなど全く微塵も感じさせない笑顔で、二人を出迎えた。なるほど、もうすぐ退院というのも肯けた。

 二人が椅子に座るや否や、彼女はピートのほうを向いて口を開く。

「ねえ、ピート君。ピート君は牧場をやっているんだって?」

「え? そ、そうだけど、どうして…」

「昨日のミルク、すごく美味しかったから。どこのミルクかってエリィさんに尋ねたら、あなたがやっている牧場のだって教えてもらって」

と、クレア。「―ねえ、牧場をやるのって、大変?」

「うーーん。大変じゃないっていえば、嘘になるかな」

ピートは少し考えてから、しかしクレアの瞳を真っ直ぐ見つめて答える。「けれども、すごく楽しいよ」

「…」

その答えに、クレアは柔らかに微笑む。

(…!? な、何なんだ…!?)

明らかに置いてけぼりにされているような雰囲気に、グレイは戸惑い、男として隣に居る親友に嫉妬した。

 しかし、次の瞬間。

「私みたいな素人でも、始められる?」


(―え…?)


「ああ、勿論だよ。俺だって、別にそんな勉強をしていたわけじゃないし、まだ牧場始めてからまだ半年しか経ってないし」

「…そっか」

と、クレア。「ここにはまだ、荒れた牧場があるって、そう聞いたの―だから―」


(…!!)


「私もここで、牧場やってみたいなって…そう思ってるんだけど」

控えめに、照れたように笑う彼女。太陽の光をそのまま束ねたような金髪が揺れる。


 ここで。

 牧場を。


「ということは、ここに、住むんだ」

確かめるように、グレイが口にした言葉に、クレアは肯く。

「うん。私が、どこまでできるか分からないけど―」

「協力するよ」

ピートは力強く約束する。正直、グレイにとってはやや複雑な心境であったが―、まあ、ここで暮らすという彼女に力を貸すといってきてるんだ。歓迎するべきものなのだろう。

「クレアさん。俺、鍛冶屋で修行してるんだ」

仕舞い込もうとしていた想いが、いつの間にか、口をついてでていた。「クレアさんが牧場で使う道具にも大きく関係している仕事だから―、俺にも何か、助けられることがあると思う。

 だから、無理はしないで。困ったことがあったら、何でも言ってきてくれ。

 俺、クレアさんのこと、応援してるから」


「ありがとう」

そのとき、胸元に光るものを見つけて、グレイははっと息を呑んだ。

 シルバーのチェーンに、アクアマリンのムーン・ドロップ。


 昨日、彼女に手渡ししたかったもの。


 ―身に、つけてくれてたんだ―


 その視線に気付いたクレアは、一番優しく温かな視線を、グレイに向けて笑った。