GO TO FARM! (牧場へ行こう)~牧場物語 ミネラルタウンストーリーズ~ -3ページ目

はじまり5

「おかえり」

ベッドに腰掛けて本を読んでいたクリフが、グレイを小さな声で出迎える。

「ああ」

半月ほど前から同室になったこの青年とは、決して仲は悪くは無いが、まだ親密な間柄というわけでも無い。このクリフという若者、とにかく大人しく根暗で、口数も少ないのである。グレイはグレイで、他人に対して決して器用なほうではない。共通の趣味や接点を見出すことも出来ず、どう仲良くしていいのか分からないというのが本音であった。

 ベッドにドサッと身体を投げ出すと、安堵からかグレイは急に空腹を感じた。そのとき彼は、昼から何も食べていなかったことに気が付いた。

 一階の食堂兼酒場は、もう閉店時間だ。

 

 ―仕方ない…


 グレイは溜め息をついて、部屋のなかにあるキッチンに渋々歩を伸ばした。屈みこんで冷蔵庫を開ける。―雑貨屋で買ったおにぎりやパン、調味料。下の野菜室に収まっている野菜は、ピートから貰ったものだ。彼は少し考えてから、数個のジャガイモとチーズ、カレー粉を取り出した。

 と。

「あ、あの、グレイさん」

振り返ると、クリフが伏し目がちに、「な、何か作るんですか?」

「ああ、ベイクド・ポテトをカレー風にしようかと」

「カレー…」

美味しそうにそう漏れるクリフの声が、控えめに、しかししっかりとグレイの耳に飛び込んでくる。

「もし食うんだったら、クリフの分も作ろうか?」

「…!」

そのときグレイは、クリフの満面の笑顔を、初めて見たのだった。


「ごちそうさまでした」

クリフは心底幸せそうな表情だった。「グレイさんって、料理、上手なんですね」

「そ、そうか?」

そう言われたのは、実は、初めてではない。


 ―へー、お前、けっこう料理上手いじゃん。

 ―鍛冶屋休みのときとかさ、気が向いたら俺の海の家手伝ってくれよ。


(もう一年近くなるのか)

今は海の向こうに居る友人。(今年は、新しい住人が多いからな…、あいつも驚くかもな)

 このクリフ、ピート。

 そして―。


 クレアさん。

 

 あいつがやって来るとき、クレアさんは…。


 この街にいるのだろうか。

 それとも―。


「あの―グレイさん」

笑顔を少し崩し、クリフは躊躇いがちに尋ねる。

「うん?」

「最近、ちょっと雰囲気が違うような気がするんですが…何かあったんですか?」

「―え?」

ビクッと首を硬直させるグレイに、クリフは重ねて、

「なんか思い悩んでいるっていうか…そんな感じがするんです。ボクに出来ることなんてないかもしれないけど、こういうのって人に話すだけでもけっこう気が楽になるし。

 この料理のお礼、ってわけじゃありませんが…もし良かったら、話してもらえませんか?」

はじまり4

 それからグレイは、鍛冶屋での修行を終えると、即病院に寄るようになった。

 

 自分に向けられる笑顔が、それほど珍しくもなくなってきて―。

 それが無性に嬉しくて―。

 ただただ彼女が愛おしくて―。


 一目彼女を見たときから、自分のなかに芽生えた感情が何だったのか、それなりに自覚はしていたが。ここまで一気に想いが膨れ上がることは、全く予想だにしていなかった。


 激しい戸惑いが、グレイを襲っていた。

(クレアさんは、ずっとここにいるわけじゃない。身体が良くなれば―ここを出て行ってしまうんだろうし)

彼女は旅の途中だったと言っていたはずだ。となれば、退院すればまた旅に戻ってしまうのだろう。


 こんな、何も無い街、いたってしょうがないもんな―


「グレイ?」

隣を歩くピートが怪訝そうに、「どうしたんだ、ため息なんかついて」

「あ、ああ、いや、何でもない」

(そうか、今日はこいつと一緒なんだった)

やや失礼な思いを胸に、グレイはピートと共に病院への道へ、歩を進めていた。ピートは今朝収穫したばかりのジャガイモとミルクを抱え、グレイはシンプルな柄の小さな紙袋を持っていた。

 今日もいつものようにミネラル医院のドアを開ける。

「あら、いらっしゃい。クレアさんのお見舞いね」

出迎えるエリィの笑顔もいつものままだ。こんなことになる前まではろくに来ることのない場所だったのに―本当に俺はここに通いつめてるんだな、と今更ながら、グレイは思う。

「あ、俺、トイレ行きたくなった」

ピートが気まずそうに、「エリィ、お手洗い借りていい?」

「ええ、どうぞ」

エリィはクスクス笑う。

「じゃ、グレイ、先行ってていいから」

「ああ、分かった」

グレイは苦笑して、彼女の病室がある二階の階段を上る。


 ―と。


 思わず彼は、自分の耳を疑う。


 ―く。ひっく。

 床を這ってくるような、低い嗚咽―。


「どうして…」

それは彼女の声だった。涙に濡れた声と、鼻をすする音が入り混じり。あるいは、交互に聞こえて。

「…私、また、一人になっちゃったの…?」


 グレイはびくりと身体を硬直させる。


「どうして、死んじゃったの…?」


(死んだ…?)

グレイの脳裏に閃くものがあった。トーマス町長から、生き残りが自分だけだと知らされたときの、彼女の反応。


(もしかして、あの船には、彼女の大切な人が…?)


 自分にはもう親も兄弟もいない、彼女は少し前にそう話していた。

 ということは―。


 友人か、恋人…。


「…」

浮かび上がった後者の可能性に、グレイの心臓は強く締め付けられる。


 ますます強くなる泣き声にグレイはいたたまれなくなり、踵を返して階段を下りた。


「あら、グレイ、どうしたの?」

エリィが不思議そうに尋ねてくる。

「―」

なんと言えばいいのか、グレイは暫くの間思考を巡らせていたが。「…どうもクレアさん、今日は、気分が余り良くないみたいだ」

「…」

エリィの表情から笑みが消える。精一杯言葉を選んだつもりだったのだが―エリィは何かを察したらしく、静かに、階段を上がっていく。

 彼女の姿が見えてきたのは、ほんの数秒後。

「…」

彼女も、悲しげに困惑した表情を浮かべていた。

 と。

「お、グレイ、待っててくれたんだ!」

その場に似つかわしくない明るい声が響き、グレイはずっこけそうになった。

(何だってこいつ、こんなにも空気読まないんだろうな…)

 目の前の(一応)親友を恨めしげにグレイは見つめる。

「? どうしたんだ、グレイ?」

「あ、あの、ピートさん」

と、エリィは取り繕った笑顔で、「すみません、クレアさんはついさっき具合が悪くなって…」

「そうなんだ」

ピートの表情がようやく曇り、「じゃ、また来ます。おい、グレイ、帰ろ」

 言われなくても帰るよ、全くこっちはすごいショック受けてんのに、という苛立ちを必死に抑え、グレイはその言葉に肯いた。

「あ、そうだ」

ピートはジャガイモとミルクの入った籠をエリィに渡して、「これ、差し入れ。これ食べて元気出してって、言ってください」

「まあ、ありがとう」

「そういや、グレイも何か持ってなかったっけ?」

「―!」

頬がカッと熱くなったのが分かった。グレイは左手に下げていた小さな紙袋を、エリィに渡した。

「これ、俺から、です」

「ありがとう。きちんと彼女に、渡しておくわね」

その言葉にどこか含みがあったのを、グレイはしっかりと理解していた。


 

『…私、また、一人になっちゃったの…?』

『どうして、死んじゃったの…?』


(…)

ミネラルタウンを一望する、マザーズヒル山頂。それは見ていたのではない、見えていただけ。


(一人じゃない)

(一人になんか、させない)


(例え、それが、彼女の最愛の男だったとしても)

(そいつを超えるくらいの存在に、俺は、なってやる)


 だから。

 泣かないで。

 この街に、ずっと居てくれ。


 青い瞳は、街の北に灯る、小さな光をじっと見据える。

はじまり3

 少女の名前はクレア。あてもなく世界中を旅していたその途中、乗っていた船が難破したのだという。

 彼女が背負っていたリュックのなか、未だにじっとりと濡れて、気をつけないと簡単に敗れてしまいそうな皺だらけの乗船券が、その言葉が真実であることを告げていた。


『エンダール号  乗船番号 176 』


 その船の名は、ここ数日、いやというほどに聞き覚えがあった。三日前、大嵐に巻き込まれて沈没してしまったという大型客船だ。その悲劇的なニュースは、比較的近い距離にあったのどかな田舎のミネラルタウンにも容赦無く流れ、珍しくかの地にも暗い影を落としたのだった。

 乗船券に記されていた到着予定時間は、丁度昨日だった。


「しかし、驚いたね。エンダール号の生き残りがわが町にたどり着いてきたとは…」

事情を聞いて病院に顔を出した町長のトーマスの呟きを、少女クレアは、聞き逃さなかった。

「『生き残り』…?」

そして彼女はすぐに表情を強張らせ、「私以外の人は!?」

「…!」

トーマスはしまった、というように表情を崩す。そして少し考えてから、口を開いた。「済まない。君以外の生存者は、見つかっていないんだ」

「…」

彼女は真っ直ぐな瞳でその言葉を受け止めていた。そしてそのまま、暫くの間、ややうつむき加減でその言葉を頭の中でめぐらせている様子であった。ただただ、押し殺したような、悲しげな表情が、グレイを強く貫いた。

「だ、大丈夫ですか、しっかり―」

そう言いかけたピートを遮るかのように、グレイは慌てて、

「俺ら、もう帰りますね」

そしてピートの後ろ首を、彼女には見えないように強引に掴む。「どうか、―無理なさらないで」

「…」

クレアは、泣きそうな笑顔で微笑む。


「悪い、俺―」

決まり悪そうにピートは口を開く。「なんか、言わなきゃって思っちゃって」

 ああいうときの「気を遣った」言葉が、実は言われて本人にとってなんの慰めにもならない、むしろ虚しいだけだということを、グレイはよく分かっている。


「それじゃあな」

「ああ、また」

宿屋の前で、二人は別れる。