令宣の赴任から更に二年が過ぎた。

遂に令宣の凱旋が決まったと喜ばしい知らせが徐家に届いた。

反乱を鎮圧平定した徐令宣は征西大将軍となり陛下より太子少師の名誉と正二品の品階を賜った。


この報に胸を躍らせたのは徐家の人々だけでは無かった。

喬母娘もこの日を待ち侘びていた。

蓮房は朝からうろうろと落ち着きがない。

「お母様…とうとう、、とうとう令宣兄様が帰っていらっしゃるわ…」

「うんうん…もうすぐ逢えるわよ…蓮房」

蓮房はこの年、早や二十歳となる。

高齢の父・喬公爵からは選り好みせず早く嫁げと矢の催促を受けていたが気の強い蓮房は縁談に耳を貸さなかった。

「ふん、父上に言われなくとももうすぐ嫁ぐわ…」

「見ておいで…あの女の生命ももうすぐ尽きるわ…そうなったらこの母がお前を令宣殿の正室にしてあげる。もう姉姉にはそれとなく根回ししてあるのよ」

「お母様大好き!期待してるわ!」

「ふふふふ…私の蓮房の為だもの…姉姉は貴女の事を気に入ってるから安心してればいいのよ。母が出来るだけの手を打ってあげるから」

喬夫人は常日頃から大夫人の蓮房への傾倒ぶりを見ている。

令宣殿に後添を娶るなら蓮房に決まっていると独り決めし疑わなかった。


この二年で元娘は回復を見込めないほどに弱った。

太医も半ば匙を投げるほど、もうどんな薬剤を試しても効きはしない。

それでも彼女には意地がある。

大切な諄の為には命を削ってでもやり遂げねばならない事がある。

この節は羅家から大夫人が再三見舞いに訪れていた。

羅夫人には娘の健康状態が信じられなかった。

嫁ぐ前は健康そのものだった元娘が…。

裏に何かあると疑えど確たる証拠も無しに口に出せない。


「母上、後添えは必ず羅家から娶って貰うよう夫に頼みます…ですからその積りでいて下さい」

「元娘…そんな弱気でどうするの?元気を出して奮起して頂戴」

「母上…私の身体です。分かるのです…私にはもう後がありません。これは真面目な話です…母上にしか相談出来ません。後生ですから聞いて下さい」

「元娘…」

娘が最高水準の医師に掛かっているのは羅夫人にも分かっていた。

羅夫人も慰めにもならない言葉を繰り返して娘を疲れさせたくなかった。

「分かったわ…諄の為ですもの。全力で貴女の望み通りにするわ」

「ありがとう母上…当面の敵は喬家です。母親がいつも娘を連れて徐家のお義母様に会いに来ています。令宣の正室の座を狙っています」

陶乳母が後ろでしきりに頷いていた。

羅家と喬家とは面識もないが都の名家で財産家…その上徐大夫人と縁戚関係と来ている。

手強い敵だ。

「喬家の娘を娶れば諄は世継ぎの座から追い落とされ生命さえ奪われます…それだけは阻止しなければなりません…」

羅夫人も同じ考えだった。

夫人は娘に近付き声を潜めた。

「元娘…あなた何か策があるようね」

元娘は人払いをした。

「陶乳母…母上にお茶のお代わりを…」

「はい」

陶乳母達が出ていった。

「もうすぐお義母様は春日宴を催して羅家は元より他家からも大勢未婚の娘を呼びます…その時を狙って喬家の娘を罠にかけて仕留めます…」

元娘はその詳しい計画を母親に打ち明けた。


令宣の後添えに誰を充てるか…

帰る馬車の中で羅家大夫人の頭に去来したのは腹違いの三人の娘達の事だった。

娘達には其々個性がある。

五娘は素直で優しく扱い易いが夫が既に出世を見込んだ国子監の学生と会わせて婚約を取り付けた。

良く言えば素直だが悪く云えば単純で元娘のような冴え渡る知恵を持ち合わせない。

徐家に入れば忽ち周りの敵に陥れられるだろう。

上の二娘は私には素直で従順だけれど計算高く小賢しい。腹の中では何を考えているのか読めないところがある。

そして…

末娘の十一娘は母親と共に余杭の田舎で暮らしている。

もうじき十五になる。

十一娘は頭が切れしっかり者だが誰に似たのか独特の考えを持ち己の主張を曲げない頑固なところがある。しかしあれから三年も経つのでそろそろ娘らしく成長して変わっているかも知れない。

一長一短だ。

二娘にするにしろ、十一娘にするにしろ手駒は多いほど良い。

いよいよ呂姨娘母娘を都に呼び戻す時期が来たようだ。


羅夫人は家職を呼ぶと旅費を付けて文を送り

余杭の母娘を呼び戻すだんどりをつけるよう命じた。


参考記事