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「お母様、苦しい?」
十一娘は母の背中を撫でさすった。
「大丈夫よ」
呂姨娘は優しい目を娘に向けた。
母・呂青桐は十三年ぶりに身籠った。
母は羅家の当主である父・斉興の四人目の姨娘(妾)である。
最初に迎えた姨娘は既にみまかって三人になり、産まれた娘達も早産や難産で無事に育った娘は四人だけだった。
十一娘は一番末の娘として十二歳となった。
呂青桐の久々の懐妊に父は大層喜んでいた。
しかし喜ばない者も居た。
正室である羅夫人は不愉快さを隠そうともしなかった。
事有る毎に呂姨娘に辛くあたり、娘十一娘にも厳しい目を向けた。
折しもその年にかつて朝廷の言官として重職に就いていた祖父羅巌がみまかり、当主となった羅斉興は三年の喪に服するにあたり慣例に従って官職を辞さなければならなかった。
いわば無職の状態に置かれ羅家は経済的に厳しい状態となったばかりで大夫人の機嫌は更に悪くなった。
久々の悪阻で辛い母を労っていると十一娘は嫡母である正室の李安汐から呼び出された。
大夫人は十一娘を見るなり厳しい顔で命じた。
「跪け!」
娘を心配して付き添って来た呂娘はいきなり怒声を浴びせる羅大夫人に驚き娘を庇った。
「お待ち下さい!奥様、十一娘が何をしたと云うのでしょう?」
叱られるような心当たりが無かったのだ。
大夫人は命令通り跪いた十一娘の膝の前にカシャリと簪を投げ捨てた。
簪の根本に付いている金の帷子が歪んでいる。
「子どもだからと大目に見て来たが…この簪は元娘が大切にしていたものだよ。それをお前が壊したんだ…あの子が嫁に行った後も私が大切に保管していたもの…それをお前が勝手に触って壊した」
十一娘は顔を上げた。
「義母上!私はこの簪を知りません!触った事もありません!」
「お黙り!言い訳は結構。お前が元娘の部屋に入ったのを見た使用人が居るんだ。犯人はお前しか考えられないんだよ」
「本当に触った事がありません!元娘義姉様の部屋にも入った事がありません!」
この羅家は嫡庶の別には格別に厳しい。
また瓜田に沓を踏み入れずの理くらい承知している。
「素直に謝罪すれば許してやろうと思っていたが…その性根を叩き直さなければな。誰か!十一娘を板打ちにせよ!謝るまで打て!」
「そんな!奥様!お待ち下さい!」
呂姨娘が必死に止めたが大夫人は耳を貸さなかった。
十一娘は姥二人がかりで外に連れ出され仕置きの為の床几に身体を組み伏せられた。
下男が呼ばれ板打ちが始まった。
折しも降って来た雨に彼女の着衣はたちまち濡れそぼり板で打たれる痛みは倍化し脳天に達した。
「奥様、お願いします!十一娘をお許し下さいお願いします…お願いします…」
呂姨娘が泣いて必死で許しを請うが大夫人は口元に薄笑いを浮かべその様子を見ていた。
「十一娘お願いだから奥様に謝って!十一娘〜お願い」
呂姨娘はずぶ濡れになりながら娘に頼んだ。
板の痛みに耐えて十一娘は歯を食いしばった。
壊していないものは壊して居ない。
十一娘は屈する積りはなかった。
ところが呂姨娘が娘を庇い差し出した腕に打ち下ろされた板がまともに当たった。
「嗚呼っ!」
骨が折れたのではないかと思う程の強い痛みに呂姨娘は思わず喘いだ。
それでも尚呂青桐は我が身を投げ出した。
その身体の上に容赦なく板が打ち付けられた。
「…!……」
「お母様っ!」
冷え切った呂姨娘の下腹から血が流れ出した。
その血は激しく降る雨と共に一筋の流れとなって行った。
その日、呂姨娘のお腹の子は流れた。
妾に充てがわれた古びた一室で床に臥す母に十一娘は泣きながら謝った。
「うぅ…お母様ご免なさい…私のせいです」
呂青桐は決して娘を責めなかった。
「十一娘、あなたのせいじゃないわ。仕方なかったのよ。この子はこの世に縁がなかったの。仏様が預かってくださったのよ…十一娘泣かないで…」
「ご免なさい…ご免なさい…」
こんな事になるなら意地を張らず冤罪でも何でも受け容れたら良かった…。
そうすればお母様とお腹の子は助かったのに…。
十一娘の心はズタズタに引き裂かれていた。
零れ落ちる涙が乾かないうちに母屋から張乳母がやって来た。
「奥様が呂様のお身体を心配されています。
この都に居るとどうしても呂様のお身体に障ります。
是非十一娘様と母娘で水の良い余杭に療養に行かせてやりたいと仰っています。奥様のご厚意です。そのお積もりで三日後には出発出来るように準備しておいてください。道中の手配はこちらで行っておきます」
それだけ言うとさっさと引き揚げて行った。
乳母が去った方向を睨んで十一娘は沸々と憤っていた。
「こんな目に合わせておいて私達を此処から追い出すのね!」
呂姨娘は唇に人差し指を当てた。
「しっ!聴こえるわよ…」
「でも…お母様、悔しくないのですか?」
呂娘は穏やかな顔をしていた。
「いいえ…余杭に行けば此処に居るよりあなたと水入らずで過ごせるわ。それに…」
呂娘は娘を手招きしてその耳に囁いた。
「奥様から嫌味を言われたり折檻を受けないで済むわ」
十一娘は優しい母の頬に自分の頬をぴったりと寄せた。
「お母様…お母様の行くところなら何処でも喜んで行きます」
そしてまだまだ子どもっ気の抜けないキョトンとした顔つきの冬青を手招きした。
「冬青、これから行くところはね、羅家の出身でもあるけどお母様の故郷なのよ。三人で暮らせるわよ!」
冬青は全身で喜びを表した。
「わーい、やったあ〜…お嬢様!鶏も、ニワトリも飼えますか?」
「うん!飼おうね!」
「わーい、毎日卵を食べられます」
「食べる事ばっかり!」
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