遅くなりました。
昨日、がん治療解体新書(2)と題し「がんの変異、血液検査で一網打尽」を取り上げましたが、1もあることに後で気がつきましたので、これを取り上げます。
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みんなの遺伝子検査
がん治療解体新書(1)
ヘルスケア
2018/3/8 6:30
人の遺伝子を調べることでがんの正体を突きとめる遺伝子検査が身近なものになり始めた。遺伝子は細胞活動のいわば設計図。がんの発生はこの設計図に狂いが生じることが原因で、これを読み込めれば、がんとの闘い方が見えてくる。千差万別のがんの個性を見極め、ピンポイントで「効く」薬を選別できる。
「がん遺伝子を調べたところ、効く薬はこれだと判断されます」
2016年夏、京都大学付属病院の外来の一室。がん薬物治療科の武藤学教授は、50歳代の女性患者Aさんにこう語りかけた。
Aさんは原発巣不明のがん患者。体全体に病巣が広がり「出元」が分からない。
治療は行き詰まり、1カ月前にがんの遺伝子検査「オンコプライム」を受けた。米国に送った検体の解析結果が出て、その説明を受けていた。
武藤教授が提案したのは「タルセバ」という肺がん用の分子標的薬。がん増殖のシグナルをストップする薬で「EGFR」という遺伝子に変異がある肺がんに効く。
これまでなら「タルセバ」の選択肢はなかった。タルセバを使った治療は高額医療で年400万円。高額医療を何のがんか分からない患者に「試す」医師はいなかった。
■着実に小さく
しかし、武藤教授は「タルセバ」を選んだ。遺伝子検査の結果、Aさんのがんに肺がんに多いEGFR遺伝子の変異が見られたからだ。見立ては的中、Aさんのがんは着実に小さくなった。1年以上経過した後も生存し続けている。
「がんは遺伝子を解析してから薬を選ぶ。これからはそれが当たり前」と武藤教授。15年4月、京大は日本で初めて網羅的がん遺伝子検査を導入、今後も精密医療に前向きに取り組むという。
良いことずくめにみえる遺伝子検査。なぜ普及してこなかったか。理由はコスト。高すぎた。使えるのは富裕層だけだ。
11年に膵臓がんで亡くなったアップル創業者のスティーブ・ジョブズはその1人でスタンフォード大学で遺伝子検査を受けた。この時の価格が10万ドル(1100万円)超だった。この時点で世界で遺伝子検査を受けたのは20人程度だった。
だがその後、シーケンサーが遺伝子を解読するスピードが年々アップ、さらにそれを解析し、がんの正体を明かにする研究が日進月歩で進むと遺伝子検査のコストは急激に低下した。もともと1990年に米国で始まったヒトゲノム解読プロジェクトでは、1人のヒト遺伝子の解読に30億ドルと13年を費やしたが、今は違う。AI(人工知能)などを駆使、一気に読解力を高め今や遺伝子を読むだけなら1000ドル(11万円)、1日でできる。
とりわけ遺伝子の塩基配列を読み取るシーケンサー技術の進展は大きな意味を持つ。これまでは数時間で、せいぜい数百本から数千本を同時に読みとる程度だったが、05年に登場した新型シーケンサーのおかげで数百万~数億本のDNAの塩基配列を並列で一気に読みとれる。
今では遺伝子を解読した後、そのデータを基に「どんな、がんか」の判定費用を含め全部で50万~100万円でがんの遺伝子検査ができる。
さらに19年度、患者の経済的な負担は軽くなる見通し。すでに政府はがんゲノム医療中核病院を11カ所選定、18年春ごろから先進医療として遺伝子検査を行う計画。18年度末までに薬事承認をする方針で、早ければ19年度からは、保険でがん遺伝子検査が受けられるようになる。患者負担は数万円になる見込みだ。
こうなれば「遺伝子検査が一般に普及、データが一気に増える。日本は世界のトップレベルになれる」(国立がん研究センター中央病院の藤原康弘副院長)という。遺伝子検査が保険適用の対象となり、多数の患者から正確なデータが集積できるなら日本は遺伝子検査で世界のトップに立つ。
■巨大市場に浮上
それは同時に企業にとっては巨大マーケット(市場)が浮上することを意味する。放っておくわけはない。
最先端を行くのが血液検査機器大手のシスメックスだ。がんに関する遺伝子をまとめて調べる遺伝子検査を保険適用で初めて実施する可能性が高い。シスメックスはがん患者の遺伝子のどこに変異が見つかる可能性が高いのかを国立がん研究センターと共同で徹底研究してきた。
がん患者の遺伝子に異常が発生するのは日本人も欧米人も同じ。ただ、パターンが違う。日本人の遺伝子を調べるには日本人向けの検査キットを使うのがベストで、その開発を国も予算措置を施し支援してきた。シスメックスのキットは国の「先駆け審査指定制度」の対象に選ばれ、スピード審査が行われる予定だ。
「日本のがん遺伝子検査を盛り返せるかもしれない」と、同社執行役員の久保田守氏。
日本の遺伝子検査マーケットが有望とみて海外勢も動き始めた。
有力なのがロシュだ。ロシュには遺伝子検査の蓄積はさほどなかったが、15年に米国で12万人以上のがんを解析した実績を持つファンデーション・メディシン(マサチューセッツ州)を買収、同じロシュグループの中外製薬を通じて日本でも攻勢の準備を進めている。
「ファンデーションのサービスを日本で展開することを検討中」。中外製薬の上席執行役員である伊東康氏はこう打ち明ける。「国が保険適用を決めたことでビジネス環境が整ってきた」(伊東氏)という。
■異業種含め続々参入
2月28日、国立がん研究センターが発表したがん患者の10年生存率は55.5%と昨年に比べ1.3ポイント延びた。コスト削減による価格の低下や保険の適用などでこれまでがん治療の現場でなじみのなかった網羅的な遺伝子検査の普及が進めばまた一歩、人類はがん克服に近づく。
一口にがんといってもそのタイプはバラバラで、例えば同じ胃がんでも効く薬は全く異なる。それを分かっていながら従来型の治療ではシスプラチンのような抗がん剤を絨毯(じゅうたん)爆撃で投与し続けていた。たまたま薬が効くなら幸いだが、そうでなければ正常細胞が大きく傷つく。
こうした「絨毯爆撃型」の治療は体の負担が大きいのはもちろん、薬も無駄になる。遺伝子検査でがんの属性を特定し、それぞれのがんにあった薬を投与していけば、治療効率は大きく改善する。
遺伝子検査にはタカラバイオも関心を示している。2017年8月、同社は大阪大学と共同で遺伝子検査用のセット(パネル)を開発する方針を明らかにしている。シスメックスに真正面から対抗する形だ。
「当社が初めて診断薬を作るチャンス。逃すわけにはいかない」(常務取締役の峰野純一氏)
タカラバイオは70年代に国産初の遺伝子操作用試薬を発売し、いち早く遺伝子受託解析も行った。遺伝子研究では国内ナンバーワンの自負があり、阪大と組んで挽回を狙う。
「自由診療で1人20万円、保険診療ならその数割が患者負担額」(峰野氏)
タカラバイオが手を組む阪大には、米国留学中にがん遺伝子検査の研究で実績を上げた著名な研究者、谷内田真一教授がいる。阪大はわざわざ遺伝子検査のために「がんゲノム情報学」という講座をつくり教授に谷内田氏を招いた。
阪大病院は2月、全国11カ所しかない、がんゲノム医療中核拠点病院の1つに選ばれた。患者を遺伝子診断して効きそうな抗がん剤が発見された場合、未承認薬でも中核病院なら臨床研究扱いで投与しやすい。実績を積めばその診断法が市場に浸透しやすくなる。
異業種も参入する。コニカミノルタは昨年7月、米国のがん遺伝子診断企業、アンブリー・ジェネティクス(カリフォルニア州)を官民ファンドの産業革新機構と共同で900億円で買収すると発表した。
山名昌衛社長は「本格的に個人の遺伝子を使ったプレシジョン・メディシン事業に参入する」と買収の理由を説明。「5年後には1000億円の売り上げと200億円の利益を狙う」。
同社は成長が見込まれるヘルスケア領域にシフト。乳がんや大腸がんなど向けの診断パネルを持ち、これらを用いた診断サービスを日本で展開する予定だ。
このほか、化学メーカーのデンカは昨年3月に、がん遺伝子検査を日本で展開するための会社を米企業と共同で設立し事業をスタート。日立ハイテクノロジーズも同8月、独キアゲン社のパネルを用いた受託解析をグループ会社で開始すると発表している。
遺伝子検査 個人の遺伝子の配列を調べて、親子関係の確認や病気の診断などに役立てる検査のこと。遺伝子の配列に異常があると、タンパク質の合成量や機能に問題が発生、病気の原因になることがある。最も研究が盛んなのががん治療の分野で、遺伝子異常をあらかじめ網羅的に調べて、効果が期待できる治療を選択する際の判断材料とする。身体的・経済的な負担を軽減したがん治療のツールとして期待される。
(企業報道部 野村和博、前野雅弥 大阪経済部 高田倫志)
[日経産業新聞 2018年3月5日付]
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これは、古い記事なので、あくまでも参考としてみていただきたいのですが、この後、国立がんセンターを中心とした他10箇所では、最先端医療として保険と併用して受けることが出来るようになりました。このことは前に取り上げましたが、新しい情報も出ていますので、後日、がん遺伝子検査についてのまとめを取り上げようかと思います。
次は、恒例のネイチャーを取り上げます。