人口減少社会における地域と保育サービス
大石 亜希子(千葉大学法政経学部教授)
保育士の確保困難の背景には
保育サービスを巡る第2の格差は、保育士需給の格差である。政府の「待機児童解消加速化プラン」では2017年度末までに保育所の受け皿を40万人分拡大するとしている。これを実行するうえで保育士の確保は重要なポイントとなるが、政府の推計では2017年度末時点で7.4万人の保育士不足が生じるとされている。
現在でも首都圏では保育士を確保できないために保育所の新規開園が延期されるケースが出ている。このため、寮や住居を用意したうえで、東北地方などに遠征して保育士を募集する事業者も見られるようになった。自治体もそのような事業者の支援に積極的で、横浜市では2014年4月から、保育士用に宿舎の借り上げをする事業者に対して賃料補助を行う制度をスタートさせている。
こうした動きを受けて、地方にも保育士不足が波及しつつある。たとえば全国の自治体を対象に三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が2012年に実施したFAX調査では、「年度途中の欠員補充や非常勤保育士の採用が困難」という声が市部の保育所からも出ており、「地域に有資格者がいない」(岩手県、山梨県)、「保育士のなり手がいない」(鳥取県)、「新卒者が他の市町村の保育所に就職してしまう」(秋田県)といった声も出ている。
賃金面での処遇の低さは、保育士不足をもたらす最も大きな要因である。本来、保育士への超過需要が発生しているのであれば、賃金が上昇して調整されるはずである。しかし、現在の保育システムではそうした価格メカニズムが働くようにはなっておらず、保育士不足が続く中でも、民営事業所の保育士の月収は、全産業平均よりも9万円低い。従来から私立保育所に対しては、保育士の賃金改善のために保育所運営費の民間施設給与等改善費(民改費)が交付されていたが、勤続10年以上の保育士に対する加算率は頭打ちになるため、長く勤めるインセンティブが湧かない給与体系となっていた。今回の「加速化プラン」によって、民改費に特例加算が上積みされることになったが、月額では8000円から1万円程度の増収にとどまるとみられている。
図2は、女性の一般労働者について、看護師と保育士の時間あたり所定内賃金を都道府県別に比較したものである。同じように資格を必要とする職種であっても、保育士は相対的に低賃金であることが分かる。さらに、保育士の時間あたり所定内賃金を、各都道府県の最低賃金に対する比でとらえてみると、東京・千葉・神奈川など保育士不足が顕著な都県であっても、保育士の時間あたり賃金は最低賃金の1.5倍程度に過ぎないことが分かる。保育士としての責任の重さや労働時間の長さを考えあわせれば、他の就業機会が豊富な都市部で保育士が不足するのは当然ともいえる。
賃金面以外で保育士不足を招いている要因として、保育士のワーク・ライフ・バランスの問題がある。先ほどふれた自治体調査で明らかになったのは、都市・地方を問わず、全国的に「非正規」や「臨時」の保育士を募集しても確保できないという状況である。前述したように仕事内容の厳しさに処遇が伴っていないということもあるが、勤務時間のミスマッチがもたらす影響も大きい。保育所側は早朝や夕方の時間帯の人員補充のために非正規保育士を採用したいのに対し、有資格者側は自らが子育て中であったり、要介護者を抱えていたりするケースも多く、日中の仕事を希望する傾向にある。そもそも、子どものいる有資格者が早朝勤務や夕方以降の勤務をする場合に、自分の子どもを預けられるような保育所や学童保育が存在しない。たまたま三世代同居をしていて世帯内に健康な祖父母がいるような有資格者でない限り、保育士としての復帰には困難が伴う。いきおい、他の就業機会を追求することになりがちである。これまでワーク・ライフ・バランスを軽視して、保護者の長時間労働に延長保育で対応してきた結果、現在の保育士不足が生じている。
それでは三世代同居率の高い地方であれば、有資格者も復帰しやすいかというと、そうでもない。こうした地方では祖父母の就労率も高いため、同居していても子育ての手助けが得られるとは限らない。さらに、広域に保育所が点在しているため、通勤の便が悪い保育所には非正規保育士が集まりにくいことが自治体調査でも指摘されている。

