本日のテーマ

【バランスのとれた幸せを】

 

 

幸せとは何でしょうか。
何を手に入れれば、人は幸せになれるのでしょうか。

 

以前、「失くしてはいけないもの」について触れました。
大切で必要なものを失うことで、人は不幸に陥ってしまう――そのようなお話をしました。

 

人はよく「ないものねだりをする」と言われます。
自分が持っていない、そして欲しいと望むものを手に入れれば幸せになれると、つい思ってしまうのです。
例えば、
「お金がなければ……お金さえあれば幸せになれる」
これは、誰もが一度は抱く思いでしょう。
しかし、本当に「ないもの」を手に入れることで、人は幸せになれるのでしょうか。

 

元カリフォルニア臨床心理大学院学長のジョン・オニール氏は、著書『成功して不幸になる人びと』を出版しています。
その前書きで、監訳者の神田昌典氏は次のように述べています。

「かつての私がそうであったように、自分の夢に向かって一歩を踏み出す人びとは、成功者に憧れ、雑誌や本に書かれている成功法則を実践するだろう。しかし、成功者には二つのタイプがいることを私は知るようになった。それは、幸福な成功者と不幸な成功者である。残念ながら、世の中でもてはやされている成功者の多くは不幸な成功者である。なぜなら、マスコミに登場する成功者の中には、借金に悩みながら成功者の仮面を被らざるを得ない人もいるからだ。高収入を誇る人びとは、その姿を保つためにブランド品を身につけなければならない。そうした不幸な成功者が語る成功法則をうのみにすれば、たとえ収入が増えたとしても、家庭や男女関係において幸せを見失う危険がある……」

 

 

わたしは、真の幸せとは「欲しいもの」を得ることではなく、「本当に必要なもの」を得ることだと思うのです。
そのために、まず優先すべきなのは、「幸せとは何か」を知ることではないでしょうか。
幸せの正体が分からなければ、どれほど多くのものを手に入れても、幸せを感じることはできないからです。

 

わたしはこう考えています。
「幸せ = 欲しいもの」ではない、と。

 

■エピクテトス(古代ギリシャの哲学者)の言葉…
「自分に欠けているものを嘆くのではなく、自分の手元にあるもので大いに楽しむ者こそ賢明である」

 

 

本日のテーマ

【なぜ戦争をするのか?】

 

 

戦争の歴史をたどってみると、明確に断言できることばかりではありませんが、考古学者や人類学者の間では、少なくとも旧石器時代中期(紀元前10万~前3万年)あるいは後期(紀元前3万~前1万年)には、すでに戦争や集団間の武力衝突が行われていたと考えられています。

 

 

記録によれば、紀元前1500年から現在までのおよそ3500年間のうち、完全に平和であった期間は300年にも満たないと言われています。
人類の歴史の大部分は、戦争とともにあったのです。

 

時代の転換点や大きな変革の節目には、しばしば戦争が勃発してきました。
時代が生まれ変わるためには、戦争という手段しかなかったのでしょうか。

 

戦争の原因として考えられるものは、大きく三つの分野に分けられます。
1.経済的要因
2.政治的要因
3.精神的要因(宗教・イデオロギー・民族問題)
これらが複雑に絡み合い、戦争という結果を生み出すようです。

 

では、戦争とは何なのでしょうか。
その答えは、大きく二つに分かれるようです。
「戦争は地獄」であり、同時に「戦争は栄光」だという考え方です。

 

国家間の戦争には、いずれ決着がつき、勝者と敗者が生まれます。
勝者によって国が統一されると、以前よりも広い範囲での秩序や平和が実現することがあります。
歴史を振り返ると、世界大戦以前は、常に他国から攻め込まれる不安を抱えていた時代もありました。
しかし、大きな戦争を経て、結果的に広域的な平和が訪れた例があるのも事実です。
そのため、戦争は地獄である一方で、「栄光」と表現されてきたのかもしれません。

 

では、人間はなぜ争い、対立するのでしょうか。
ここには二つの代表的な説があります。
一つは本性説――人間は本来、暴力的で攻撃的な存在であるという考え方。
もう一つは環境説――人口の増加、資源不足、気候変動など、環境が人を争いへと向かわせるという考え方です。

さまざまな見方がありますが、最も根本的な原因は、案外シンプルなのかもしれません。
それは、平和が何よりも尊い価値であることを、私たちが本当の意味で知らないからではないでしょうか。

 

問題や争いには、必ず原因があります。
野生の動物は、生きるために必要以上の殺戮を行うことはありません。
彼らは人間よりも、自然の法則――「生き永らえること」の意味を本能的に知っているのかもしれません。

 

大自然に生きる動物たちには、
強欲がなく、
他者を貶めることもなく、
恨みや執着を抱き続けることもありません。

 

平和のために、今人間に最も必要なことは、「相手を理解しようとする姿勢」ではないでしょうか。

そして、平和な時代だからこそ、私たちは戦争について学ぶ必要があるのだと思います。

 

■フロイトの言葉…
「もし、われわれを無意識の願望の動きをもとにして判断するならば、われわれ自身もまた、まさしく原始人のごとく人殺しの群れである」

 

 

本日のテーマ

【自然淘汰】

 

 

形あるものは、いつか壊れると言われますが、自然淘汰もまた、時間の流れの中で環境に適応できないものが自然に除かれ、やがて滅びていく現象です。

 

ダーウィンの進化論では、生物は少しずつ環境に応じて変化していくとされています。
環境によって必要とされるか否かで姿を変え、あるいは滅びていく――それが進化であり、自然淘汰の本質です。

 

【自然淘汰】
時の経過とともに、優れたものが生き残り、劣ったものが自然に滅びていくこと。
(大辞泉より)

 

人間社会においても、競争の中で次々と消えていくものがある一方、新たに生まれてくるものもあります。
街に大型スーパーマーケットができれば、地域の商店街が影響を受け、閉店に追い込まれ、シャッター街へと変わってしまう場所も少なくありません。

 

建物, ストリート, 歩道, 座る が含まれている画像

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必要とされないもの、求められなくなったものは、消えていく運命にあるのでしょう。
まさに、時の流れは生き物のようです。
時代そのものがニーズを持っているとも言えます。

 

何が必要で、何が不要かを決めるのは、その時代を生きる人々です。
そこには経済状況や流行といった背景も大きく関わっています。
景気が良ければ豪華さが求められ、環境問題が深刻になればエコが注目されます。
企業も景気が悪化すれば規模を縮小し、人員削減が行われます。
これらもまた、一種の淘汰と言えるでしょう。

 

自然界は弱肉強食で、力のあるものが生き残ります。
人間社会もまた競争の世界であり、力のあるものが残る仕組みになっています。
しかし人間の場合、その「力」とはお金や権力になってしまっているのではないでしょうか。

 

本当の淘汰とは、無駄なものを削ぎ落とすことではないでしょうか。
「シンプル・イズ・ベスト」という言葉があります。
時代は試行錯誤を繰り返し、巡り巡って、再びシンプルさへと立ち返るように思えます。
本当に必要なものは、案外とてもシンプルなものなのかもしれません。

 

人間が本当に求めているのは、豪華さよりもシンプルさ――すなわち、無駄を生まないことなのではないでしょうか。
形や目先のニーズにとらわれると、物事は複雑になりがちです。
複雑になってしまったものを、あらためてシンプルに考えてみることも大切なのかもしれません。

意味のないものは、やがて淘汰の対象となるからです。

 

■ダーウィンの言葉…
「自然淘汰とは、有用でさえあれば、いかに微細なものであっても保存される原理である」