本日のテーマ

【悪口は巡る】

 

 

人は、とかく他人の噂や陰口を言ってしまうものです。


例えば…
「本当のことだから言うけど…」
「悪く言うのではないけど…」
と前置きしながら、人のことを言います。

 

人は、自分のことを他人から悪く言われることは誰も好むはずはありません。
噂、陰口、悪口など……。
人は、自分の悪口を言われると怒りますが、自分で同じことを人にしている場合がります。

 

 

人の悪口をストレートに言う人もいますが、中には悪口ではなく話題のように軽く思っている場合もあるようです。
でも、言っている本人はそのつもりはなくても、相手の印象が悪くなることは、結局悪口になってしまうようです。

言っている人が決めるのではなく、言われた相手や、聞いた人が悪口と判断したら、悪口になってしまうということです。

 

悪口は巡り巡って、結局自分に戻ってくるようです。
人の悪口は、聞くのはイヤですが、特に「家族の悪口」が一番聞きたくないですね。
わたしはこう考えます。

「悪口は、言った本人に巡り巡って、いつか返ってくる」
 

そして、人間関係が崩れ、相手から敬遠されたりして、孤独や多くのマイナスをつくってしまうことになります。

悪口が相手に届いた場合、感情が入り、更なる悪口に発展し、相手の気持ちが離れてしまいます。
結局、悪口は巡り巡って自分に返ってきてしまうのですね。

だから自分を知らないで、天につばを吐いていることになります。

 

■コリンズの言葉・・・
「すべての人々についてよく言う人間は信頼する」

 

 

本日のテーマ

【程よい加減を知る】

 

 

人間の欲求は果てしないようです。
次から次に欲しいものが出てきます。

 

欲しかったものを、やっとの思いで手に入れたときは嬉しいものです。
初めは、大切にするのですが、やがて時間が経ち、慣れてくると喜びも薄れてきます。
すうと、せっかく手に入れたものが、だんだん有って当たり前という感覚になってしまいます。
このときは、もう欲しいものではなく、欲しかったものという過去形なり、そしていつの間にか、また新たに欲しいものができるのです。
このようにして消費がどんどん増えて行くのでしょう。

 

ものが増え過ぎると処分するのも一苦労です。
皆さんの身の周りでも、以前欲しかったもの、今どうなっていますか?……

 

 

憧れていてものでも、いざ自分のものになると、段々気持ちも変わってくるというお話があります。


昔、ある農民が借地で農業をしていました。
いつか自分の土地が欲しい。それも広い土地が欲しいと望んでいました。

その夢はやがて叶うことになります。
最初は大変な喜びで、仕事に精を出しています。
しかし、あるときから困るようになってしまったのです。
それは、土地が広すぎて管理するのが大変になってしまったからです。
そして今度は広い土地を嘆くようになってしまいました。

 

世の中には、“程よい加減”があります。

“丁度よい”“普通”というようにも表現されます。
例えば…“多くも少なくもない”などですね。

 

程よい加減とは、どんなことでしょう?

お金では…

お金が無くて困る人もいれば、お金があり過ぎて困っている人もいる。

 

食べることでは…
お腹が空きすぎるのも苦しいが、食べすぎても苦しい。

 

健康では…
便秘になっても苦しいが、下痢になっても苦しい。

 

気候では…
寒過ぎると暑過ぎる。

 

このように何かが、有りすぎても無さすぎてもあんばいがよくありません。

 

釈迦はこのことをこう説いています。
「有無同然(うむどうぜん)」
(有る苦しみも無い苦しみも同じ苦しみである)

 

そこで大切なのは、「程よさ」です。
丁度よい加減です。
「不増不減(ふうぞうふうげん)」
般若心経の中に、“不増不減”があります。
この世の中では増えるものも減るものもない! “空”(くう)を表します。

 

「空」とは…
木は単体である物ではない。土、空気、光、水、種等、それぞれがあって出来た物である。この世の中はすべての物質は何かと影響し合い存在している。
すなわち、単独で存在している物は何もないから“空”である。

 

また、“何かが増えれば何かが減る”という意味でもあります。
…バランスの法則とでも言うのでしょうか。

 

例えば、毎日の生活の中で増える“ゴミ”です。
じつは、このゴミは自然の資源から出来ています。
紙はパルプ(木)、プラスティックは原油から作られます。

自然の資源を削りゴミが作られていることになります。
まさしく、ゴミが増えれば、自然環境が減ることになります。

 

自動車は便利ですが、走ることにより空気が汚れる燃料が使われます。
これもまた便利と引き換えに自然環境が失われていくことになります。


無駄な消費は、自然の資源の無駄使い。
程よさを知ることにより無駄をなくしたいものです。

また、バランスの法則を知り、増えるものがあるときには、減るものがないかをよく考えてみたいですね。

 

 

 

■ロダンの言葉…
「自然は常に完全である。けっしてまちがわない。まちがいはわれわれの立脚点、視点の方にある」

 

 

本日のテーマ

【子どもの教育に日本地図】

 

 

今を生きる子ども達に、やがて次の世代を任せるときがやってきます。

 

今を生きる大人の皆さんは、子ども達がつくる未来に、どのような希望をもっているでしょうか?

わたしは、「広い視野」を持って物事を見て欲しいと願います。

 

 偏った見方……自分だけが正しい
 自己中心………自分だけ良ければ
 無知……………発想が小さくなる

 

ココから視野が狭くなり、生き方までもが狭くなってしまうように思えるからです。

 

明治維新を成し遂げた志士たちを育てた吉田松陰は、松下村塾を起こしたときに、このような宣言をしました。
「ぼくは、この松下村の一角で塾を開いた。しかしこの塾から出る英才たちは、長州藩を改革し、日本を改革し、世界を改革するはずだ。そういう俊英が、この小さな村の一角から育っていく。そうありたい」

 

 

大きく捉えることの大切さがヒシヒシと伝わります。
この教えを受け、志を持った志士たちが見事に日本を改革したのです。

広い視野で見て、大きく捉え、大きな夢を持つ!

今の日本に一番大切な事なのかもしれません。

 

わたしは、我が子が小学校のときに感じていた事がありました。
それは、日本の地理を知らない子どもが多いという実態でした。
どこに何県があるかが分かっていなかったのです。

子どもだからしたかない、と言えばそれまでですが……。
日本人として、少し寂しい思いと同時に日本の未来が心配になりました。

 

そこで、気がついたのが、トイレに日本地図を貼ることでした。
我が家では、日本地図を毎日見させ、日本全体を覚えさせるようにしました。

 

まず、日本人であるのなら、自分の生まれた国を知ってほしい。
日本人として、知らない県があった場合、その県民に失礼である。

……そんな思いでした。

 

そして、子どもに教えたことは、
「物事、広い視野で全体を見てから取りかかることの大事さ」

でした。

 

 

■日本のことわざ…
「木を見て森を見ず」
(細かいことばかりに気を取られて、全体を見わたせないこと)