本日のテーマ

【哲学とは何か?】

 

 

人の話を聞いていて、説得力があると、

 なるほど…

 その通りだ…

 確かにそうだ…

と、相槌をうってしまい納得することがあります。
裏付けられた確信や知識の深さにより説得力が備わるからなのでしょう。

 

一つの知識をさらに深く考え、具体的することで、より明確に表現できるようになります。
物事をハッキリさせるときには、良く考え、疑問に思うことを追究します。
このように考えを深く追究することが“哲学”です。

 

哲学とは…
世界・人生などの根本原理を追究する学問。
(大辞泉)

 

宗教と哲学は似ていると思っている人もいるようですが、しかしココに違いがあります。

 宗教は信じることからはじまる…

 哲学は問いからはじまる…


哲学とは、

 人間とは何か?…

 生きることとは何か?…

 知るということはどういうことか?…

そういうことを深く考える学問です。

 

わたしは、“死の淵から生還する体験”から、自身の人生を深く考えるようになりました。
そして、人生に対し“問い”を投げかけてきました。

 

その問いは…
「何のために生きているのか?」

 

その答えは…
「幸せになるために生きている」

 

では、幸せとは何か?
「……」

 

このようにして、より深く追究することにより、人生をどう生きるかのヒントがハッキリしてきます。

 

ヘレン・ケラーの先生であった、サリバン女史の言葉に、

「“なぜか”の問いこそ、子どもたちの理性と内省の世界に入る扉だ」

があります。
“なぜか?”の問いは、知ることをより深く知るキッカケをつくります。

 

月の夜に、池の水面にうつる月が揺れていました。
はじめて、この光景を見た人は、きっと月が揺れていると思うかもしれません。
しかし、

「“なぜ”月が揺れているのか?」

という問いを追究していくと、そこには池の水に映った月が水面の波で揺れていたという正体を知ることになります。

 

知ることは、大きな可能性を秘めています。

たとえば、こんなことも知れるでしょう。

「人生をハッキリさせる」
人は誰でも、自分の人生を考えて生きていると思います。
皆さんも、人生を「いかに生きるべきか」を考えてきたのではないでしょうか。

 

 人生とは何か…?
 生きるとはどういうことか…?

 

人は、人生を自分の人生観をもとに生きているのでしょう。
その人生観で、浅く考えるか、深く考えるかで、気づくことも変わってきます。
だからこそ、人生観を磨くために、深く考えることも必要なのです。

 

人生観とは…
人生に対する見方。人生の目標・意味・価値などについての全体的、統一的な見方で、人生とは何か、人生いかに生きるべきかについて、具体的、実践的な記述・指針を含む。
(大辞泉)


哲学を、わたしはこう考えます。

「価値観や人生観を磨くため、そして自分を知るための学問であり人生に必須のモノ」

 

 

 

 

本日のテーマ

家族の絆

 

 

日頃から日常会話で、何気なく“家族”について語られたりしますが、改めてこの“家族”を考えてみました。

 

家族とは…
夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団。
(大辞泉より)

 

改めて……家族とは何でしょう?
男性と女性が結婚して、一つの家族が誕生します。

そして子どもが生まれることにより家族が増えることになります。

その小集団が家族となるわけですが、単純に血の繋がる人間が一緒に暮らすことで本当の家族と言えるのでしょうか……。

最近では、家族にまつわる多くの問題が目立ちはじめています。
 離婚率の増加…

 子ども虐待…

 高齢者の孤独死…

 家族同士の殺人事件…

等々、これらの原因として考えられることが家族間の関係です。
なぜ一番身近な家族同士で、これほど世間を騒がせる問題事が起こるのでしょうか?
その背景には、家族として何か大切なモノが欠如している気がしてなりません。

家族という小集団は、人間が成長する上でとても重要な役割を果たすでしょう。
その役割を果たさなければ問題事を起こす引き金になる可能性があります。

 

過去の事件でこのようなことがありました。
「2008年3月、茨城県土浦市で、2人の死者を含む9人が25歳の男に切りつけられた連続殺傷事件」
この事件に対し、朝日新聞の記事に書かれていたことが気になりました。
「…被告の25歳が暴挙に走った背景の一つに、会話のない空虚な家庭環境が浮かんできた。」

 

家族同士の会話がほとんどなかったようです。
会話がなければ、意思の疎通もなく、他人同士の生活と同じです。

またアメリカのFBI心理分析官は、このようにも言っています。

 

アメリカ中の連続殺人犯と面接し、彼らの精神構造を詳細に分析したロバート・K・レスラーは、殺人犯に共通している要因として次の点を挙げています。(FBI心理分析官)
・さほどまずしくない家庭に育っている。
・IQ(知能指数)は高い。
・誕生から六、七歳ごろの幼児期に母親の愛情が薄い。
・親から、何が正しく、何が間違っているかを教えられていない。
・自己中心である。

 

これらには共通点が挙げられます。
「親の愛情が薄かった」ことです。
いくら同じ屋根の下に暮らしていようが、血が繋がっていようがそこに愛情がなければ家族の絆はできないでしょう。
世の中では、事情によって血のつながりのない家族もいます。
家族とは血の繋がりだけでなく、想い合いながら、寄り添うことで家族となるのではないでしょうか。

 

 男と女が結婚さえすれば…
 子どもができさえすれば…

幸せになれるものではありません。
夫婦が幸せに、家族が幸せになるためには、大切なことに気づき、家族同士が協力し合い、そして努力する必要があるでしょう。

 

■トルストイの言葉…

「しあわせな家庭は、みな同じ形をしているが、不しあわせな家庭は、それぞれにちがった形をしている」

 

人間は孤独であり弱い生きものです。

孤独とは、

「一人でいるから孤独なのではなく、自分にとって大切な人や、一緒にいる人と心がつながっていないこと」

と、わたしには思えます。


だから一人では生きられないし、成長できないのでしょう。
人は、人からの支えが必要です。
支えてくれる人、そして支えてあげる人が精神的な思いやりでつながった温かくぬくもりのある関係という意識を共有するのが「家族のあり方」ではないでしょうか。

 

わたしは、過去に家族に対し申し訳ないこともしてきました。
だから今、このように思います。
家族とは、
「一番許される仲であり、一番許されない仲である」
この意味は、「誰よりも甘えられる」だからこそ「裏切ってはいけない」ということです。

 

家庭とは、家族が理解し合い、支え合う環境であれば、人生にとって最高の居場所のはずです。
家族は親、夫婦は当人同士の価値観で築かれていくと思います。
愛情の欠如と、間違った愛情で家族は不幸になります。
逆に言えば、正しい愛情があれば、家族は幸せになるといえるでしょう。

 

夫婦、親子が心のつながりがない家族に絆はできません。
逆に言えば、心のつながりがあれば、家族に絆ができるでしょう。

 

恋人や夫婦の絆は切れても、家族の絆は切っても切れないもの。

それは、家族には先祖からの肉体と精神のつながりがあり、先祖からの無数の愛情が送られている尊い絆があるから。
たとえ血の繋がりがなくとも、家族の真の愛にふれ、尊い関係があれば、家族には家族にしかない絆がきっとあるはずです。

 

並んで立っている数人の人たち

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■ゲーテの言葉…
「王様であろうと、百姓であろうと、自己の家庭で平和をみいだす者が、いちばん幸福な人間である」

 

 

本日のテーマ

【毎日の積み重ねが偉大な力となる】

 

 

二宮尊徳の教えに

「積小為大(せきしょういだい)」

があります。
(世の人は、とかく小事をきらって大事を望むけれども、本来、大は小を積んだものである。だから、小を積んで大をなすほかに方法はない)

 

大きなことは、小さいことを積んだものであり、
「千里の道も一歩から」

という言葉もあります。

 

世の中は、すべてこの法則が当てはまるようです。
人間は、一日にできることは限られています。
一度に、そう大きなことはできないでしょう。
でも、それを続けることにより、信じられないほどの大きなものに変わります。


仕事で大分県中津市を訪れたときのことです。
そこで、まさしく日々の積み重ねで大きな功績を遺した江戸時代中期の人物を知ることになります。
この人物が遺した功績との出会が、わたしに大きな希望と勇気を与えてくれました。

 

山国川に面してそそり立つ競秀峰(きょうしゅうほう)の裾に“青の洞門”と言われるトンネルがあります。
そのトンネルができる前までは、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で、多くの通行人や馬が転落して命を落としていました。

諸国遍歴の旅の途中にこの光景を目の当たりにした禅海和尚(ぜんかいおしょう)はココにトンネルを掘り、安全な道を作るという決意をするのでした。
そして1763年に完成しました。
その後、人や馬の命を犠牲にすることなく多くの人々に利用され、後世に偉大なる功績となって遺ったのです。

そして多くの感動をつくりました。
じつは、このトンネルは、禅海和尚がノミと槌だけ30年かけて素手で掘り続けたのです。
なんと、その長さ約342メートルです。

ノミと槌だけで342メートルも掘り続けるなど、不可能であると誰でもが思うでしょう。
もし禅海和尚がこの決意をしていなければ、多くの犠牲が出ていたにちがいありません。

 

岩の崖にいる男性

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「あの人がいたから今がある」

「あの人のお陰で、助かっている」

と言う声が聞こえてくるようです。

後世の人々の役に立つ功績を遺すことは本当に偉大なことです。

 

わたしは、この功績を知ることにより希望と勇気をもらい、こんなことが頭に浮かびました。
「豊かでものが有り余っている時代、大きな不便さを感じることはないが、こんな時代だからこそ何かできることがあるはず。小さい積み重ねなら自分にもできる。自分が死んだ後でも後世からありがたがられる生き方を目指したい…」

 

■中井竹山の言葉…
「今日一字を覚え明日一字を覚え、久しければすなわち博学となる」