本日のテーマ

家族の絆

 

 

日頃から日常会話で、何気なく“家族”について語られたりしますが、改めてこの“家族”を考えてみました。

 

家族とは…
夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団。
(大辞泉より)

 

改めて……家族とは何でしょう?
男性と女性が結婚して、一つの家族が誕生します。

そして子どもが生まれることにより家族が増えることになります。

その小集団が家族となるわけですが、単純に血の繋がる人間が一緒に暮らすことで本当の家族と言えるのでしょうか……。

最近では、家族にまつわる多くの問題が目立ちはじめています。
 離婚率の増加…

 子ども虐待…

 高齢者の孤独死…

 家族同士の殺人事件…

等々、これらの原因として考えられることが家族間の関係です。
なぜ一番身近な家族同士で、これほど世間を騒がせる問題事が起こるのでしょうか?
その背景には、家族として何か大切なモノが欠如している気がしてなりません。

家族という小集団は、人間が成長する上でとても重要な役割を果たすでしょう。
その役割を果たさなければ問題事を起こす引き金になる可能性があります。

 

過去の事件でこのようなことがありました。
「2008年3月、茨城県土浦市で、2人の死者を含む9人が25歳の男に切りつけられた連続殺傷事件」
この事件に対し、朝日新聞の記事に書かれていたことが気になりました。
「…被告の25歳が暴挙に走った背景の一つに、会話のない空虚な家庭環境が浮かんできた。」

 

家族同士の会話がほとんどなかったようです。
会話がなければ、意思の疎通もなく、他人同士の生活と同じです。

またアメリカのFBI心理分析官は、このようにも言っています。

 

アメリカ中の連続殺人犯と面接し、彼らの精神構造を詳細に分析したロバート・K・レスラーは、殺人犯に共通している要因として次の点を挙げています。(FBI心理分析官)
・さほどまずしくない家庭に育っている。
・IQ(知能指数)は高い。
・誕生から六、七歳ごろの幼児期に母親の愛情が薄い。
・親から、何が正しく、何が間違っているかを教えられていない。
・自己中心である。

 

これらには共通点が挙げられます。
「親の愛情が薄かった」ことです。
いくら同じ屋根の下に暮らしていようが、血が繋がっていようがそこに愛情がなければ家族の絆はできないでしょう。
世の中では、事情によって血のつながりのない家族もいます。
家族とは血の繋がりだけでなく、想い合いながら、寄り添うことで家族となるのではないでしょうか。

 

 男と女が結婚さえすれば…
 子どもができさえすれば…

幸せになれるものではありません。
夫婦が幸せに、家族が幸せになるためには、大切なことに気づき、家族同士が協力し合い、そして努力する必要があるでしょう。

 

■トルストイの言葉…

「しあわせな家庭は、みな同じ形をしているが、不しあわせな家庭は、それぞれにちがった形をしている」

 

人間は孤独であり弱い生きものです。

孤独とは、

「一人でいるから孤独なのではなく、自分にとって大切な人や、一緒にいる人と心がつながっていないこと」

と、わたしには思えます。


だから一人では生きられないし、成長できないのでしょう。
人は、人からの支えが必要です。
支えてくれる人、そして支えてあげる人が精神的な思いやりでつながった温かくぬくもりのある関係という意識を共有するのが「家族のあり方」ではないでしょうか。

 

わたしは、過去に家族に対し申し訳ないこともしてきました。
だから今、このように思います。
家族とは、
「一番許される仲であり、一番許されない仲である」
この意味は、「誰よりも甘えられる」だからこそ「裏切ってはいけない」ということです。

 

家庭とは、家族が理解し合い、支え合う環境であれば、人生にとって最高の居場所のはずです。
家族は親、夫婦は当人同士の価値観で築かれていくと思います。
愛情の欠如と、間違った愛情で家族は不幸になります。
逆に言えば、正しい愛情があれば、家族は幸せになるといえるでしょう。

 

夫婦、親子が心のつながりがない家族に絆はできません。
逆に言えば、心のつながりがあれば、家族に絆ができるでしょう。

 

恋人や夫婦の絆は切れても、家族の絆は切っても切れないもの。

それは、家族には先祖からの肉体と精神のつながりがあり、先祖からの無数の愛情が送られている尊い絆があるから。
たとえ血の繋がりがなくとも、家族の真の愛にふれ、尊い関係があれば、家族には家族にしかない絆がきっとあるはずです。

 

並んで立っている数人の人たち

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■ゲーテの言葉…
「王様であろうと、百姓であろうと、自己の家庭で平和をみいだす者が、いちばん幸福な人間である」