本日のテーマ

【人生最期の言葉】

 

 

人はいつか必ず死を迎える定めにあります。
私たちの周りでも、日々誰かとの永遠の別れが訪れています。

 

人は、他人の死は受け入れることはできても、自分の死については遠くにあると思っている人が少なくないようです。

 

わたしは、自分が死を迎える場面を、ふと考えることがあります。

「死ぬときに最期に何と言おうか……」

もし今、死を迎えるとしたら、家族に遺す言葉はありますが、先のことはまだ分かり

せん。

でも、最期の言葉は、後世に遺るので考えておきたいと思うのです。

 

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ココに著名人の最期のことばを紹介します。

 

■松尾芭蕉(1644~1694)俳人。

「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」

 

■葛飾北斎(1760~1849)浮世絵師。

「天があと五年の命を与えてくれるなら、眞の画家になれただろう」

 

■二宮尊徳(1787~1856)

「葬るに分を越ゆるなかれ、墓や碑を立てるなかれ。ただ土を盛り、そのわきに松か杉一本を植えれば足る」

 

■勝海舟(1823~1899)

「これでおしまい」

 

■小泉八雲(1850~1904)イギリス人の作家、英文学者。

「人の苦しがるのを見るのは不愉快でしょう。あなたはあちらへ行って子供と遊んでいなさい」
 

■市川房枝(1893~1981)婦人運動家。

「富士山ってこんなにきれいだったかしら」

 

■細川ちか子(1905~1976)女優。

「最後の時間まで努力する。それが人間なんだよ」

 

■高橋圭三(1918~2002)元司会者、アナウンサー。

「みんな、今までどおり仲良くね」

 

■林家三平(1926~1980)落語家。

「なんでもまじめにやれよ」

 

短い言葉ですが、そこには深い意味が込められているように感じました。

本当の最期の言葉は、そのときを迎えなければ分からないかもしれませんが、私たちはいつの日か死を迎えることになります。
そのとき、愛する人に何を言うのでしょう……。

 

この最期の言葉を知り、わたしはこう想うのでした。

「どんな短い言葉にも想いを込めたい」

 

参考文献:「心に響く最期のことば」藤井則彦編著 現代図書

 

 

本日のテーマ

【譲る】

 

 

もう30年以上も前のことになります。
ある新聞のコラムに目がとまりました。

列車で、若者が年寄りに席を譲ったことが書かれていました。
わたしは、この記事を読み、深く感動を覚えたことと、譲ることの大切さを教えられました。

 

確かこのようなことが書かれていたと記憶しています。

田舎に帰省する人で混み合う上野駅で東北に向かう列車はすでに満席状態です。

 

駅のホームの白黒写真

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その混み合う列車に、おばあさんが乗ってきました。
座る席はありません、あきらめて、すき間を探し、床に新聞紙を敷き、やっとの思いで座りました。

年寄りには辛い姿勢を長時間強いられることになったのです。
そのときです、横の座席に座っていた、少し不良ぽい青年がスッと立ち上がりました。
そしておばあさんに座れと言うのです。
おばあさんは譲ってもらっても長距離の列車、いくらなんでも申し訳ないと思ったのでしょう、遠慮して断っていました。
しかし青年はどうしても座れと言っています。
そこで、おばあさんは席を譲ってもらうことにしました。
きっとこの青年は何時間も前から席を取るために並んで待っていたのでしょう。
そう思ったのか、おばあさんは申し訳なさそうに、指定席料金を青年に渡そうとしました。すると青年は「そんなものはいらないョ!」といって通路に立っているのでした。

 

この光景を見ていた人からの投稿でした。
わたしは、なぜこの話に感動したのか?
それは、おばさんに席を譲った後、青年は5時間も立ちっぱなしだったからです。
この青年の優しさに感動しました。
立っている5時間はかなりの疲れもあったでしょう。
青年にとっては辛く長い時間だったかもしれませんが、その行為は人の心に長く残る感動となったのでした。

 

当時、この話を知ったわたしは、感動を与えられる人間になろうと心に誓ったのでした。

 

 

■法句経(原始仏教の経典)…
「花のかおりは風に逆らえば匂わず。されど、善(よ)き人のかおりは風に逆らいても匂う」

 

 

本日のテーマ

【苦しみから得られるモノ】

 

 

人生には、苦しみはつきものです。

きっと誰もが苦しみのない人生を求めているでしょう。

しかし、よく考えると苦しみがあったから得たモノがあったという場面もあるものです。

 

本日は、苦しみから得られるモノというお話です。

 

人は人生の中で、幾度もの苦しい思いをしてきたという経験を持っていると思います。

他人には言えないこともあったでしょう。

苦しみのどん底は、八方塞がりという言い方をします。

どんなに悩み考えても、苦しみを抜け出す方法が見つからないのです。

 

わたしも幾度かこのような状況に陥ったことがありました。

苦しみに陥っている時には、苦しみがなかった穏やかだった時がどれほど恵まれていたかに気づかされました。

しかし、今考えると苦しみがあったからこそ、人として成長できたと思えるのです。

それは苦しみが与えてくれたモノがあったからです。

 自分の小ささ…
 人が必要であること…
 自惚れてはいけないこと…
 強くなれること…
 優しさ…
 感謝すること…

苦しみがあったから、気づき学べたのだと、つくづく思えるのです。

 

今、苦しんでいる人もいるでしょう。

でも、その苦しみは、きっと意味があると思います。

 

わたしは経験上から苦しみの意味をこのように考えます。

「苦しみの中からしか見えないモノがある。それはとても大切なモノ。光の中から闇は見えないが、闇のなかであれば一点の小さな光も見える。苦しみから生まれるモノこそ価値あるモノである」

(意味:恵まれている時には肝心なモノは見えないが、苦しみの中だから肝心なモノが見える)