本日のテーマ

【人生の達人とは身内から尊敬される人】

 

 

尊敬している人は、いますか?

 

わたしにも尊敬する人はいます。
個人的には人間として立派に生きている方は尊敬に値する人物だと思っています。
しかし、人間性とは別に、やってきた行為、業績に対し尊敬すこともあります。

 

他人のことは、表面上のことしか分からないこともあります。

だから全て人間性を尊敬するということは安易にできないでしょう。

人間には表と裏、本音と建て前があります。
とかく人は表向きで好感を持てば中身も良いイメージを持ってしまうこともあります。
しかし、人によっては表では立派な振る舞いで尊敬の視線を集めるのですが、裏になればガラリと変わる人もいます。

 

私生活では一見、“アットホームな家庭”や“おしどり夫婦”を築いている装いなのですが、じつは家庭を返りみないことや、家庭内暴力の問題があったりすることはよくあります。

本当に人間性を尊敬できる人とは、表裏が一致している人、言葉と行動が伴っている人です。

わたしが尊敬する一人に、マザー・テレサがいます。

 


36歳で、貧しい人の間で神に仕える決意をし、2年後にカルカッタのスラム街に入るのです。
貧しく家もなく、路上で死にかかっている人たちのための施設「死を待つ人々の家」を開設して生涯をかけ人々のために生き抜いたのです。

マザー・テレサは言います。
「愛情を注ぐことは、まず家庭から始めなさい」。
分かりやすい言葉で多くの人に教えを広めました。
しかも本人の生活は質素でした。
まさに表裏一致した人物でした。

 

わたし自信も表裏一致の生き方を心がけて行きたいと思っています。

本当の人生の達人とは…
一番身近にいて、その人の全て(表裏)を知っている人、“身内から尊敬される人”ではないでしょうか。

 

■J・ケネディの言葉…
「われわれは、ことばではなしに行為を見守らなければならない。そしてまた、われわれもことばではなくて行為で示さなければならない」

 

 

本日のテーマ

【苦の後に楽がくる「苦楽」】

 

 

こんな話はよく聞きます。

「仕事が順調に行っているときは、これで大丈夫と思い込み、調子に乗ってやり過ぎてしまい、その結果、後で失敗した……」

 

人生では、「苦」と「楽」があります。
これを苦の後に、楽が来る「苦楽」と言います。
昔の人の言葉です。
人間が苦労を積み重ね、真剣に取り組んでいるときに発した言葉には重みがありますね。

 

しかし、環境が整い、何の不自由もない今の時代に、はたしてこの苦楽は当てはまるでしょうか?
「楽 → 苦」の時代、とわたしは思います。
“楽の後には苦が訪れる”……

と気にかかるところです。

 

挿絵, フルーツ が含まれている画像

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苦労の後に、なぜ楽が来るかというと、
苦労したことにより、気づきや感謝することを知る経験が本人を成長させるからなのでしょう。

楽が先に来た場合、人生はこんなもんだ、これでいいと思い込み、甘く見てしまったり、うぬぼれてしまうことになりかねません。

 

わたしの知人で、京都で健康関係の会社を経営し、成功して自社ビルを持っている社長がいます。
その社長は言います。
「会社の業績が良くなってきたときでも、毎日考えることがある。朝、家を出てくるときに自分自身に投げかける言葉がある。それは、もし会社が倒産したらどうしようか?…」

 

どんなに順調なときにも、この言葉を自分に投げかけ、油断をしないように引き締めてきそうです。

 

成功しているときに油断したり、うぬぼれたりすると、その先には業績が悪くなってしまったという話をよく耳にします。
良いことは続かないと言いますね。

 

また逆に、業績が落ち込んだときは、厳しい状況下におかれますが、考え方によって、これから良くなって行くときになります。
悪いことも続かないと言いますね。

ですから、順調なときこそ調子に乗るのではなく慎重に用心が必要です。
また落ち込んでいるときだからこそ、前向きに元気よく希望を持つことが大事です。

 

わたしは、辛いとき、いつもこの考え方で乗り越えてきました。
「苦しいときは、気づきのとき……苦の後に必ず良くなる!」

 

 

■徳川光圀の言葉…
「苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし」

 

 

本日のテーマ

【学んだことを人に教えて

本当の学びとなる】

 

 

学ぶためにこんなことをします。

 本を読む…

 人の話を聞く…

 セミナーや研修に参加する…

 情報を集める…

 

学び方は様々な方法がありますが、いくら学んでも、それが時間の経過とともに忘れてしまうこともあります。

学ぶことで知識を得られますが、その事柄を会得し実践や活用することも大事です。
わたしの経験では、学んだことを再確認し、記憶する意味でも、学んだことを人に教えるようにしてきました。

人に教えるためには、自分が理解していないと話せませんし、それに人に話すためには自分で復習をしてまとめる必要があります。
その結果、人に話をすることでより学んだことを覚えるようになります。

わたしは、この方法で学んだことを記憶してきました。

 

そもそも教育とは、誰かが知ったこと学んだことを人に教えてきたことです。
人は、教わりながら人に教えてきているのですね。

 

学んだことを教え合うことができる関係は、とてもステキな関係だと思います。

教えることで、自分が学ぶだけでなく、人に気づきを与え役に立つことにもなります。

そんなこともあり、大切な学びをしたときは、“人に教えるのが使命”と、わたしは考えるようにしています。


“知ったことを人に教えることの大切さ”を、ある人から学びました。

 

江戸の封建社会の時代から、明治へ移る激動の時代を生き抜いた石川理紀之助(いしかわりきのすけ)という人がいました。
秋田県で貧しい農村の農家経済の指導者として明治から大正初期にかけて農村の救済と農業振興に生涯を捧げた人です。

 

有名な言葉で、「井戸を掘るなら水が湧くまで掘れ」があります。

この言葉を、福田元首相が国会での方針演説に、石川理紀之助のこの言葉を引用した話は有名です。

 

石川理紀之助はこう教えているのでしょう。
「さまざまな困難の中をあきらめずに、全力で努力をし、貧困に苦しむ農村を復興させた、石川理紀之助の精神は、学ぶこと、そして実践することの大切さを後世に教えてきました。まず、自分が学び人に教えること…」

 

 

■石川理紀之助の言葉…
「知りたることを人に教えざるは借りたお金を返さざるごとし」