本日のテーマ

【繁盛する店】

 

 

以前に、飲食店関係のジャーナリストに同行し、大阪で開催された食博覧会に行ったのですが、いろいろと勉強させていただくことがありました。

 

この経済危機の不況の時代、企業の経営者はいかにこの状況を乗り越えるかに頭を悩ませていることでしょう。

こんな時だからこそ、経営者の能力が試されるのかもしれません。

そこで当時、飲食店に視点を当て繁盛する店を視察してきました。

 

案内していただいたT氏の雑誌にはこのような記事がありました。
ある繁盛している焼肉店の社長の今年の目標は「365日、毎日、焼肉店に行くこと。実際に焼き肉店の席に座ってはじめて、お客様の立場で、その気持ちが理解できるのです。自分がお客として身にしみてわからなかったら、お客様の本当の気持ちは分からない」からだからという。

 

今回案内されたお店は、“屋台の居酒屋”です。
この店はお客様の絶大な支持を得て大繁盛していました。

創業して20数年のこの店は、16:30~21:00までの営業時間に、なんと一日で300~400人が来店していました。

 

ダイアグラム

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T氏は、この店の社長の話をしてくれました。
「店が繁盛したから、拡張して広げるつもりはない。わたしが高級車に乗るようになったらおしまいです…この店の社長は語っていました。この店は社長のお客様に対する姿勢、気配り、サービス精神に惚れ込み、お客が集まってきています。多くの店を取材し、見てきたのは、この居酒屋とは逆のパターンです。店が繁盛するようになるとほとんどの経営者は、店を拡張し、支店を出店していきます。そして高級外車を乗り回し、夜の遊びに更けようになります。すると創業当時にしていたお客様のサービスが低下し、効率化されていくのです。まず、従業員がお客様の名前を覚えなくなり、人と人との交流がなくなって。いくのです。わたしは繁盛できるお店の原点は経営者の経営方針であり、人間の魅力である人間力だと思います……。」

 

わたしが特に印象に残ったのは、最終的には“人間力”という言葉でした。

これはお店に限らず、どのような業界にも共通することです。

 

このお店に来店する誰もがビックリするでしょう。
 社長の接客態度…
 料理の豪華さと量の多さ…
 良心的な低価格…

お客様を思いやる気持ちが伝わってくるのです。

 

まさしく社長のファンが常連客になっていると感じました。

そして、この社長を見ていてこう思うのでした。
「プロとはファンをつくれる人」

 

■ジュール・ルナール(フランスの詩人)の言葉…
「芸術家とは、才能があっても、いつも初心者のつもりでいる人間のことだ」

 

 

本日のテーマ

【喜びの質】

 

 

時として人は、喜びを感じることがあります。
その喜びとは、願うことが叶ったり、欲しいものが手に入ったり、自分にとって良い結果が出た時に起こる感情の表現です。
何を喜びとするかは、その人の持ち備える価値観によって“喜びの質”も違ってきます。

 

シスター渡辺和子氏は著書『「ひと」として大切なこと』の中でマザー・テレサの行いから生じる喜びの質をこのように比較しています。

「…食べるものといったら、チャパティーという野菜を中に入れたメリケン粉を焼いたもの。朝は四時半に起き、お祈りをなさって、それから、みなし子、ハンセン病者、ホームレス、死にかけの人、そういう人の世話を毎日毎日していらっしゃいます。それによってなにが得られているか。お金も名誉もなにも得られない。一方、自分の体は擦り減っていくばかりです。にもかかわらず、働いている人たちの顔は喜びに溢れているのです。今、日本の国で、飽食の時代に、おいしいご馳走を食べ、毛皮のコートに身を包み、外車を乗りまわし、立派な家に住んでいる奥さまに、あの喜びの顔は見られません。その方たちの笑顔というのは、マザー・テレサや、そのシスターたちの笑顔と質が違います。それこそ、どこかの豪華なパーティーに招かれた喜び、誰誰さんよりもっと高価な毛皮を手に入れた喜び、外車を買い替えた喜び、子どもが東大に入学した母親としての誇りの喜び。その喜びと、マザー・テレサのシスターたちが、一人の生き倒れの人がその手の中で『ありがとう』と言って安らかに死んでいく、その顔を見ながら、『ああ、良かった、あんなに辛い思いをして生きてきた人が、死ぬ時に“ありがとう”と言って死んでくれた』『ああ、これで魂を一つ神さまのもとに安らかに旅立たせることができた』と思う時の喜びと同じでないのです。またみなしご子を食べさせてやって、そのお腹をすかした子が嬉しそうにパンを食べている、その姿を見て自然にほころぶシスターたちの喜びの顔、その喜びとは質が違うのですね。皆さん方もなにかの時に考えてみてください。自分の喜びは、どういう質の喜びなのか」

 

 

渡辺和子氏のこのお話は、わたしの胸に響きました。

マザー・テレサやシスターたちの“豊かな心”は、自分ことではなく、人の喜びを自らの喜びにしていました。

これこそ最高の質です。
豊かな国だからこそ、豊さを追求しなければならないことがあるように思います。

 

マザー・テレサは来日したときに言いました。
「日本は本当の豊かさを持っていない…」

また、日頃より「愛の反対は無関心」と言っています。

 

今日の日本に必要なのは、恵まれていることに心から気づき感謝することではないかと思います。

 

 

本日のテーマ

【わたしの毎年の大晦日の習慣】

 

 

早いもので今年も残すところ今日一日となりました。

わたしの毎年の習慣ですが、大晦日に一年を振り返るようにしています。

「一年前の自分はどうだったか?」

 

以前のわたしは大切なことに気づいておらず、その時は…

一年経ってもそう変化を感じることができませんでした。

紙に書き出したり、手帳を見て考えなければ自分の変化を知ることができないほどでした。

しかし、今は違います!

大げさに聞こえるかもしれませんが、

「一年前の自分ではなく、昨日の自分と今日の自分に変化が見出せる」

ようになっています。

 

それは何故か?

その理由をこう感じるのです。

目標を持っていなかった時は、いくら時間が経っても変化を感じられなかったが、目標を持ち進むようになると変化を感じられた。

それは何故か?

目標を持ち、その目標に向かって進んでいると、

過去の自分は、

 〇〇はできなかった―――でも今の自分はそれができるようになった!

 〇〇が分からなかった――でも今は分かるようになった!

そんな結果が出ていたのです。

 

ココで気づきます。

 変われない人は、目標をもっていない…

 変われる人は、目標をもって目標に向かって進んでいる…

 

だからでしょう、日々変わる自分が分かるのです。

 昨日できなかったことが今日できた!

 昨日分からなかったことが今日分かった!

 

この積み重ねが一年経つとどうなるのか?

一年前とは、はっきりと“違う自分”の存在があるのです。

“違う自分”とは何か?

言い方を替えれば、こんな表現になるでしょう。

「成長した自分」

 

成長がハッキリと自覚できるのですから、変化は当然表れるでしょう。

わたしは、またココで気づきます。

「そうか!こうやって自分づくりをすることで、時間の経過と共に人生がつかられていくのだ!」

 

だから、わたしは毎年の大晦日にこう考えるのです。


「年々年をとっていくのではなく、大樹が年輪を刻むがごとく、日々経験を積んでいくことで人生がつくられて行く」

 

木の幹

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■二宮尊徳の言葉…
「積小為大」

(小を積んで大と為すが成功の原点)