私はプレイヤーとファン、どっち目線で
結弦くんを見ているのかな?と、
きっと両方の目線で見ていると思うと
書いたことがありました
そして結弦くんはプレイヤー目線の方が
嬉しいのかな?と思ったことも
これらの記事の中で書きました
先日発売されたマガジンさんを読んだら
結弦くんがそのことに対して語っていて...
結弦くんもずっと悩んでたんだなあって
アスリートとして
ファンの応援を受け結果を出す側だったのが
プロになり表現を届ける側になったのだから
それは戸惑いを感じても仕方ない...
そのことを思うとファンに対して
幾度となく「何かを感じて欲しい」という
結弦くんの気持ちはすごく分かるし、
競技の頃にそれを口にし始めた頃から
結弦くんの心はすでに表現の世界へと
傾いていたんだろうなと思いました
ファンである私自身はといえば
RE_PRAYツアーが始まった頃
結弦くんの表現や発言に
正直戸惑っていた時があって
RE_PRAY前後では特に
結弦くんの表現への発言だったり、
ショーでの表現を通して強く感じていました
結弦くんを長く応援してきたことで
羽生結弦というアスリートを
「応援する」という自分なりの概念??が
染み付いていたのも大きかったし、
結弦くんのプログラムのひとつひとつにも
思い出もすごくたくさんあって、
大切にしたい気持ちも強すぎて
だからこそRE_PRAYが始まって
最初の頃はなおさらに
その表現(というか、映像)を見ていて
苦しかったんです
それはきっと結弦くんと同じで
「応援と表現」という理由が
根本にあったからなんだろうなと
結弦くんの気持ちを知って思いました
でもあの頃感じていた苦しさは
ツアーが進むにつれて
薄らいでいったというか...
何よりもツアー中の結弦くん、
特に「破滅への使者」を通して
「アスリート羽生結弦」としての結弦くんが
命を輝かせていることをとても感じられた
そして物語として表現するだけでなく
結弦くん自身の命も
「RE_PRAY」という作品の中に
重なっていると感じられたこと...
それが本当に大きかったし嬉しかった
そして今、
ファンの応援を感じられることは
結弦くんの中でもとても大きいことなんだと
改めて知ることが出来たことが
とても嬉しかったです
以前、結弦くんは自分のことを
「素材」と言っていたけれど、
今なら自分のことを何と言うのかな...
表現者、そしてアスリートである
「羽生結弦」って答えて欲しいな
私なりの希望です
また「応援」の息吹を感じてくれて
本当にありがとう、結弦くん
今の結弦くんにとって
これを表現したいという強い想いは
結弦くんを必ずさらなる高みに導く、
そう思っています
そんな結弦くんを
私もありのままの私の目線で
応援していきます
マガジンさん、
貴重なインタ本当にありがとうございました
山口さん、
お身体どうかお大事にしてくださいね