だいぶ下がってます。


別に株式投資をしているわけではないのでそんなに困っているというわけではない。

むしろ、ちょっとワクワクしている。


というのも、この一時的な下落が終われば、


あとはあがる。


なんて、ちょっと楽観的すぎるのかもしれないが、うそじゃないだろう。


だって、下がり続けることは絶対にないんだから。

このまま「平均株価がついに15円を切りました!!」なんて、ありえない。


これは買い場でしょ。


そろそろ資産運用も考えないといけない歳だし。

今回はセキと鼻。


いつものことだが、体調が悪いと集中力が散漫になる。


ほんとなんとかならないものか。


だが、絶対に薬は飲まないようにしている。


眠たくなることもその理由のひとつだが、薬が自然の産物ではないこともその理由だ。


とかくこのブログを書いている今であえ、集中力がない。

自分がこれからどんなことをやりたいか。


何度もこのテーマについては考えたし、一部はここにも書いたと思う。


やりたいこととは、特にビジネスや何かに限定せずに、やりたいことを追求するものだ。


なんとなく箇条書きであっさり仕上げたいのでそうする。


・本を出版したい。

・たくさんの会社から取締役として誘われたい。

・学校の経営に携わりたい。

・教師の教育をしたい。

・大学教授になりたい。それだけの発言力を持ちたい。

・学校教育史に名前を残したい。

・学生の起業を応援したい。


定期的に自分の進みたい方向を確認することが大事だと思う。


毎日全ての目標に沿った行動をしているわけではないが、思い出すたびに軌道修正し続けたい。

いやぁ、二日酔いである。


昨夜はなじみのバーにひとりで足を運んだ。


そう、ひとりで入れる店がようやく出来てうれしい。


そこは5月にオープンしたばかりなので、狙いをつけて常連になった。


常連とは良いものだ。


なぜなら私は酒をまったく知らないので、気兼ねなく質問しまくれるし、いわゆる「メニューに載っていないメニュー」を食べられるからだ。


それにしても昨夜はよく飲んだ。


同じく常連の料理人とふたりのバーテンと盛り上がっていた。

当然、店を出た時には太陽が昇った後だった。


ようやく目覚めた今、中途半端に残ったこの一日をいかに有意義に過ごすかを真剣に考えている。

このタイトルをみて何を感じていただけるだろうか。


私は胸が締め付けられる思いがした。


この言葉の裏に隠れている数々の思い。


上手く言葉に出来ないが、とかくやばい。


今の私がいるのも、今の日本があるのも、すべては先祖達のおかげである。


歴史は事実であり、生きる意味だと思う。


たしかに私たちにとって戦争はリアルではない。


しかし、学ばなければならないものだと思う。


戦争だけではなく、日本の歴史を正しく知るべきだと思う。


私は正直、そこまで歴史を勉強していない。


いつもビジネスの本ばかり読んでしまい(やはり関心が強いので)、歴史や宗教の本を読んでいない。


これからは一人前の大人、いや社会人にならなければならないから、これらの本も読もうと思う。




今回も致知からの引用だが、この雑誌は実に心を清くしてくれる。


これを教えてくれた恩師に、心から感謝するとともに、これを親愛なる友人に紹介したいと改めて思う。

「やればできる」


このタイトルでお話を書かれていたのは、三戸学さん。

現在、秋田市立秋田西中学校の数学の教師だ。


この先生、出産時のトラブルから、身体障害者手帳一級一種の脳性マヒとのこと。


その記事の中で、これまでに感じてこられたことなどを読ませていただいたのだが、どこか私にも共感ができる話であった。


「クラスの雰囲気は担任の先生で決まる」


これは私も同じことを感じたことがある。


私は高校2年の1学期、その期末考査でカンニングを実施。

見事に同級生のタレコミに遭い、軽い監獄行きとなったのだ。


これだけなら笑い話で済むところ。


しかし、当時の担任が尋常なヤツではなかった。


簡潔に言うと、私の処分をクラス全員の多数決によって採決したのだ。


いまだにその意図が不明な出来事のひとつである。


結果的に私は停学になったのだが、腑に落ちるわけがなかった。


幸い当時の私は野球と受験勉強という没頭すべきものを見つけていたために、そんなことはさておきといった感じで高校生活を終えた。


ふと大学に入ってこのことを考える時間があったのだが、やはり理解できない。


というのも、私はその一件があってか、教師になるための大学に進学したからである。


自分ならどんなクラスにするだろうか、どんな教師になりたいか。


それを考える上で、実はかなり大きな判断基準となっている出来事である。


実際にはこうして会社の社長をやらせていただいているわけだが、そのときの経験は、今のマネージメントにも活かされているといえなくもないと感じている。


クラスか会社かという違いでしかなく、ひとつの集団をまとめる上で常に考えさせられることだ。


最後に、私は当時の担任のような教員を野放しにしておくわけにはいかないと考えている。

民間企業なら間違いなくモラル不足で窓際か左遷だろう。


だが公務員にはそんな感覚はない。

自分が思うように仕事をこなせばそれでよい。


そんな世界が許されてたまるものか。


教員の世界には市場原理が必要だと感じる。

私は教師を目指し、そのための勉強をした者のひとりとして、教員の世界の不条理を立て直す使命を感じている。


努力をしたものが正当に認められる、そんな資本主義のこの日本では当然あるべき考え方を、教員の人々には感じて欲しい。


三戸さんのような教師の鑑のような人と、何のモチベーションももたない教師を同じ待遇にしているということは、どこかおかしいとはいえないのだろうか。


教育産業に携わる人間として、このことはずっと言い続けて生きたいと思う。

おはよう。


朝6時を会社で迎えました。


とはいえ、別に仕事がたまっていたわけではないです。


実は、ある仕事に熱中して結果的に自ら朝まで居残りしました。


不思議だ。


眠たくない。


一生懸命パソコンに向かって仕事をしていた。

ふと気がついたら太陽が昇っていた。


漫画みたいなシチュエーションだが、現実に起きていた。


もちろん、自主的に残っているから清清しい朝だ。


仕事も目標とおり出来たのでさらに清清しい。


サイバーエージェントの藤田晋社長は長時間労働の話を本の中でされていた。


私もその信者のひとり。


長時間はたらく気力、体力があるのは当然。


長時間没頭できる仕事があることこそが、最高の喜びなのかもしれない。

事務所の模様替えをした。


そのきっかけは恥ずかしながら私が風水の本を読んだからである。


とはいえ、風水の本は一冊しか読んでいないし、その従い方も中途半端である。


まぁ、気分転換になればよいかというのがはじめる前の見解であった。


しかし。


模様替えをやっている途中でふと、すごい発見をした。


とはいえ、私にとっては大発見だが、冷静に考えると普通のことなのであまり期待をしないで読んでいただきたい。



そう、模様替えは従業員の連帯感を再形成するのだ。


模様替えは体力仕事のひとつである。


さらにレイアウトを考えるのは知力仕事である。


そして、そうしたアイデアなどをひとつの形にまとめるという会議のような意味もある。


しかも普段の会議よりも議題が誰にとっても身近で真剣に考える。


結果も形にでるから影響を感じやすい。


そもそも、自分にそのまま影響が跳ね返ってくる。


時には自分の主張をしたり、相手の考えを具現化したりと、従業員は皆対等に意見を出し合う。


また、本棚を運ぶときにも秘密がある。


「そっち持った?いくぞ、せーのっ」


この掛け声。


そう、普段の業務では“息を合わせる”瞬間が少ない。


お互いの目を見て、ひとつのモノを、息を合わせて、目的地に運ぶ。


まさに会社が求むべき理想の集団心理であろう。


そんなことを考えながら終わらせた模様替えは普段では感じられない充実感が得られたと思う。


昨日、ある総合商社に勤める旧友とおよそ6年ぶりの再会をした。


彼とは中学校の塾が同じで、私よりもいつも圧倒的な成績をとっていた。

当然のように地元のトップ校に進学し、あの大学に通ってアメフトをしていた。


要するに最強のやつである。


そう、運動神経も人並み以上ある。

私も高校で野球をしていたので、彼の高校とも対戦したことは多々あったが、彼の活躍は鮮明に記憶に残っている。


要するに最強のやあつである。


とはいえ、天才だとは思わない。

というのも、彼を語る上で人並みはずれた努力を語らずにはいられないからだ。


そう、かれは努力を結果に結び付けている。


その点である意味天才だとも思う。


結果を出す人はかならず努力をしていると思う。

いや、結果を出し“続ける”人は必ず努力をしているといえる。


偶然で結果を出す人もいなくはない。

実際にそれで世間をにぎわせた人は少なくない。


しかし、それがいわゆる一発屋で終わる人は、努力をしていなかったか、途中で止めたか、仕方が間違っていたのだろう。


エジソンは世紀の大発明を連発した。


しかし彼はただ思いついていたのではない。


「1%のひらめきと、99%の努力」が必要であるという言葉を残したように、彼は本当に努力をしたようだ。


誰よりも多くの実験をした。


エジソンについて語る人は多いが、彼よりも多くの実験を重ねた人はいない。


たしかに、電話機だけはベルに先を越された。


しかし、逆を言えば、ベルは電話しか発明できなかった。

(それ以外にも有名な発明品があるのかもしれないが…)


エジソンは誰よりも多くの失敗をした。


だからその先に多くの成功をした。


実に単純である。


世の中には色々な才能を持つ人がいる。


自分はそういう天才的な能力がないので、とにかくエジソンに学ばなければならない。


努力だけは才能がなくてもできるものだと思うから。

IE(=Internet Explorer)の7、ベータ版ですが公開されています。

リンク


これが私に大きなお仕事を。


というのも、私は会社のホームページを自作しているのですが、どうやらこれまでのIE6.xと比べ、タグの読み込みが純粋なわけです。


Firefoxにかなり酷似しているイメージ。

IEもようやくって感じです。


と、そこで。


私の自作サイトはどうも不具合が多く、IE6にだけに合わせて作ったために、Firefoxではうまく表示されないんです。。


つまり、IE7では表示が崩れてしまった。


バラバラ


でもまだ世の中の普及率を考えるとIE6で上手く表示されれば問題ないか。


いや、でもIE7が主流になる日も近いだろう。


そう、サイトの作り直しをしなきゃならん。


IE6でもIE7でも上手く表示されるようにしなきゃならん。


こういうのはプロにお任せしたいところだが、その外注費ももったいないし、これからの時代にウェブがどのようにかかわるかを考えると、すべて手元で管理できるほうが断然有利だろう。


情報管理の融通性、流動性の欠如は致命傷になると考える。


なんて、ホームページみたいな細かい作業が好きなだけなんですけど。