鍋田 | くにすけの独り言

くにすけの独り言

V系音楽からドラマ、野球、家族ネタまでオールマイティで独り言します。

毎度チューリップ赤

 

スマホがおかしくなってきた。
 
30分くらい使い続けると電池があっという間になくなるし、
熱持つし、画面が黄ばんだ感じになるし。
終いには画面が黒くなる。
 
なんなん?
 
機種変更は4年毎。
次回変更は来年の5月。
 
それまで頑張れ!
 
それよりも俺!大切に使え!
すぐ放り投げるのやめれ。
 
 
はい、すみません。
 
 
・・・はい!

 

先日、面白い記事を見つけた。

 

それがこれ。

 

 

こ、ここは・・・!

 

我が地元の記事ではありませんか。

あの頃の青春が蘇ってきます。

 

もう、20年前になりますか。

イニシャルDに憧れてスポーツカー擬きを購入し、

あちこちいじって見た目は走り屋使用の車にして

記事にある場所でドリフト観戦してた。

 

仲のいい同級生も同様にいじくり、

彼はサーキットで運転するぐらいまで

いじくり倒してた。

 

ワテクシともう一人のツレはそこまで

本格的にやるつもりはなかったので

見た目だけ派手にして楽しんだ。

 

当時、TOYOTA車ではセリカが人気で

セリカの姉妹車でカレンって車があり、

その車に一目ぼれ。

 

これね。

これはドノーマルだけど少しいじるとこうなる。

 

 

この状態のカレンを見つけて惚れて購入し、

フルエアロ組んで、リアウイングつけてマフラー変えて見た目は

上の写真とまったく同じ状態にした。

 

見た目は超カッコヨス。

 

でも所詮、カレン。

しかもAT。

 

スポーツカーでも何でもない。

見た目だけを楽しむ車。

 

でもそれが楽しかったんだよね。

 

日曜の朝に珈琲と煙草を味わいながら

名古屋港界隈を爆走するってのがストレス発散というか。

別に走り屋になりたいわけじゃない。

 

でも憧れはあって、同級生と車いじってると

自然とそんな仲間が増えていった。

 

当時はスマホもなかったのでガラケーだけで

情報を得て、上記のニュースになるような場所を

特定して週末にみんなで見に行くというのが一種の

ルーチンになってた。

 

23号を爆走して302号を飛島インターに向かって

走ると小さな橋があり、そこを渡ると一種の

離れ小島状態となり、そこは海運系の

会社ばかりなので夜は誰もいない無法地帯となる。

 

よって、暴走族や走り屋がこぞって集まる。

 

長いストレートがあり、途中途中で大きな

信号のない交差点はドリフトやって下さいと

言わんばかりのスペースになっている。

 

 

これね。

 

何も知らない二十歳そこそこの奴には

たまらんところでした。

道路の脇は見物客の路上駐車の雨あられ。

みんなドリフト見たさに集まってくる。

 

走り屋とギャラリー合わせて100人ぐらいはいたかな。

煙草の吸殻や飲みかけのペットボトルが散乱して

明るい所で見たらカオスな状態。

 

こんな事やってたら当然警察も黙ってなくて。

 

1回か2回はパトカーで見周りにきて、

ギャラリー含めて一斉に逃げ回り、

いなくなるとまた戻るみたいな。

逃げろーってなもんで散っていく様は

違う意味で圧巻(笑)

 

ただここは離れ小島で出入り

出来る個所は2か所しかない。

二か所とも封鎖されたら泳いで逃げるしかなくなる(笑)

 

まぁ、そんな事はなかったけど。

 

でも一度、暴走族が一か所封鎖して出られなくて

焦った事はあったな。

 

慌ててもう一か所から逃げたからよかったけど。

 

暴走族と走り屋は似て非なる物。

 

でもそれも楽しい思い出ですな。

 

兄貴の同級生も走り屋だったので

偶然会って挨拶とかもしたなー。

 

一番凄かったの年末の金城ふ頭。

 

普段ここはドリフトとかやらないけど

年末だけレース上になる。

警察はみんな初もうでの警備でいなくなり

無法地帯の穴場になるらしい。

 

そこは本当にレース上みたいになってて

ただドリフトするだけじゃなくて

早さも競ってたから走り屋キッズには

たまらない場所。

 

しかも年に1回だけの無料レース場な訳だし。

 

今となっては懐かしい思い出で、

もう二度と足を踏み入れる事のない空間。

 

上記のようなニュースになるかもしれないけど

なくなって欲しくはないなぁ(笑)

 

そんな懐かしいお話でした。

 

ほんじゃまたパー