ボトムズ
ボトムズ(低湿地地帯)。
この作品の舞台はテネシー州東部の
サビーン川に沿った森に囲まれた低湿地地帯。
決して豊かではないが、
両親の愛情を受けて育った主人公が少年時代だった
1930年代に起きたある事件を回想する
ジョー・R・ランズデールの2000年の作品。
ホーボーや、半身が山羊で半身が人間のゴート・マンのイメージ等、
結末を暗示させる伏線があちこちにちりばめられ、
当時の南部で生きる少年の目線から、
妹トム(トマシーナ)、父、母、そして祖母と過ごした
事件当時の日々の様子が、
残虐で猟奇的な事件の暗さとは対局の、
繊細な心で心情豊かに描かれていた。
まだまだ黒人への差別が横行していた当時の南部、
その中で、町の治安官として、人としての黒人に平等に接する事を
主人公の前で実践していた父親の運命を狂わせたのは、
結果的に、当時の貧しい白人が抱えていた不満の捌け口
としての人種差別であったが、
本作では、父親の信念は見事復活する。
クライマックスにさしかかり、急に心をよぎったのは、
スチュアート・ウッズが1982年にアメリカ探偵作家クラブ
最優秀新人賞を得た初期の代表作「警察署長」。
「警察署長」でも1920年当時に、黒人差別が日常的だった
南部のジョージア州で初代警察署長となった父親の回顧から
物語がスタートし、本作とはやや違うが、
人を殺すことが正当化されている戦争で、
人を殺す行為に快楽を覚えてしまった一種の戦争の
犠牲者ともいえる「異常者」の、
普段は、普通の人と全く変わらない市井の一般人として
生活しているが、一度芽生えたサディスティックな心が
理性で抑えきれなったときに犯してしまう犯罪が
物語の重要な鍵となっていた。
ジョー・R・ランズデールの作品は初めて読んだが、
スチュアート・ウッズと共に、作風は異なるが、
良質な物語作家としての資質を感じた。
越淡麗
最高気温が30℃を超えることが予想され、
朝から蒸し暑い今日の東京地方。
このような日の晩酌は、グラスの水滴が目に涼しく、
爽やかなのどごしの冷酒が嬉しい。
新潟県農業総合研究所が15年の試験研究の結果
2005年に発表した酒米新品種 「越淡麗」。
全国ブランドの「山田錦」を母に、新潟県で伝統的に
使われていた「五百万石」を父として生まれ、
米粒の形状は山田錦よりやや大きく、
40%以上の高度な精白にも耐えるとされる。
この「越淡麗」を使った越後亀鶴「大吟醸生酒」を
手にいれたのは今週、
日本酒度+3,酸度1.0、アミノ酸度1.4で
抑えた果実香を持ち、すっきりした口当たりは
爽やかで、ほてった体に優しい。</span>
昨日の夕日は、澄んだ空で、白い雲を茜色に染め
燦然と輝いていた。
緑地公園遊歩道で、今週は、ノカンゾウが咲き誇っている。
ゼア・ウイル・ビー・ブラッド
“血は必ず流れる”との意味のこの作品、
ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品に色濃く反映
さえているのは、アメリカ開拓の原点であるピューリタニズムの
対局としての人間のエゴ、「神」に対する冒涜か。
アップトン・シンクレアの小説「石油」(1927年)から構想を得た
この作品は、黄金の20年代ともいわれるアメリカの1920年代
(日本では大正から昭和)のカリフォルニアが舞台。
太古から大地の下に眠っていた石油を掘り起こして得た巨万の富は、
掘り起こした人のみならず、まわりの人の人生をも狂わせる。
自分が隠していた個人的秘密に触れられる、
自分が守ってきた心に土足で踏み込まれる、
個の独立を否定する、
このような力に対して極端な嫌悪感を持つ主人公を演じた
ダニエル・デイ=ルイスの目に役者としての完成度を感じた。
ポール・トーマス・アンダーソン監督は前作の
「パンチドランク・ラブ」でも、エキセントリックな性格を
潜在的に持っている主人公が、日々の生活のなかで小さな棘を
心に堆積し、突然“狂気”として爆発させる姿を描いていたが、
この作品でも、より激しく“狂気”に駆られた人間の不幸な結末を
観客の前に映像として提供している。
自己抑制が出来なく、人を赦すことが出来ない自己に対する
慚愧の念が、人を徐々にアルコール依存性へと追い込んでいく。
主人公の”狂気”の引き金も「神が流した血の一滴」に通じる
アルコールか。
“社会派作家” アップトン・シンクレアの原作が書かれたのは
禁酒法時代の1927年。
「パンチドランク・ラブ」の冒頭シーン同様、
個性的な映像からスタートする本編は
上映時間158分を感じさせない






