駅から会社へ向かう人波の中で、ケータはため息をついた。いつもなら、長身の彼に似合う黒のコートの裾を翻し颯爽と歩く彼が、ポケットに手を突っ込み、うな垂れて歩いていた。
『お早う、どうしたの?元気ないね?』
岡島キョウコが、ケータの背中に優しく手を置き、顔を覗き込んだ。彼女の白い肌によく似合う、淡いピンクのストールを綺麗に首に巻いていた。
『あ、うん。おはよ。ちょっと疲れてるだけかな?』
ケータは、キョウコの顔から目を逸らすように、前を向いて歩き始めた。
『あ、日曜日。取引先との接待だって言ってたよね?カニ食べに行ったんだってー?美味しかった?』
『あ・・・うん。美味しかったよ。ごめんな、時間が無くてお土産買えなかったよ。』
ケータは、土曜日のカナの話に動揺し、接待は上の空だった。
接待と言うよりは、ケータの担当代理店が、全国で3位の売り上げであったことに対しての、お礼を兼ねてのカニ日帰り旅行。
皆無言になる、カニ料理でありがたい・・・と、密かに感謝していた。
『ふーん、つまんない。あ、嘘嘘~。お仕事だもんね、仕方ない。』
キョウコは明るく言って前を向いた。
2人は微妙な距離を保ちながら、会社に向かって歩いていた。
『あ、決算済んだら、うちの実家に来るって言ってたよね。もう、今からお母さん張り切っちゃって。楽しみだ~って、電話する度に言ってくるの。恥ずかしい位。』
キョウコはそう言いながらも、嬉しそうに弾んだ声で言った。
ケータは、突然立ち止まった。
後ろの若いサラリーマンが、スマホを見ていて気づかずケータにぶつかり、舌打ちをした。
『キョウコ・・・』
キョウコが振り返った。
ケータは一呼吸置いて、クビを小さく降ってから、歩き出した。
『キョウコ、今週土曜日って、会えるかな?』
キョウコは嬉しそうに一歩ケータに近づいた。
『うん、いいよ。楽しみにしている。』
ケータはそんなキョウコに向かって微笑んでから、前を向いて歩き始めた。