思ったより天気は悪くない。
以前から気になっていた、鬼首の禿岳(かむろだけ 1261.7m)に。
確か、花立峠まで、下見に来たことはあったんじゃないかと思う。
手軽に登れて、かつ眺望が良いので、中高年にはポピュラーな山であるようだ。
やっぱり寝坊した。
うだうだ準備して、出発は10:30。
しかも、何かがおかしい。
5分くらい走ったところで、トレッキングブーツを忘れていることに気がつく。
慌てて戻る。ついでに、チャーリー・ヘイデンやマリーザ・モンチのCDを持って出る。
では気を取り直して。4号線に合流しようとしたら、かなりの大渋滞。「GO TO キャンペーン」にせかされた人々が、県内の宿泊施設でも大挙して、利用しようとしているのだろうか?
渋滞回避のため、4号線には乗らず、大郷方面を迂回することにする。
カーナビを新しくしたのだけど。このカーナビは、なんというか、信念を持って、主人をいさめようとする気概に欠けているような気がする。
ナビが指示するところの「最適ルート」を外れたとき、「なりませぬ。」と、頑強に、そのルートに戻そうとするのでなく、「殿が、そう、おっしゃるのでしたら…」と、あっさり、新しいルートを提示してしまうのだ。
部下の態度として、どちらが正しいのが、よく分からない。「さとり世代」とは、こういうものか…。
結局、部下の進言に従い、大和の工業団地の中を抜けて、4号線に合流。渋滞は回避できたようだ。
古川で108号線に折れ、しばらく行った先のコンビニに寄る。
わあ、入漁権や、あゆの友釣り用の鮎まで売っている。ご当地感満載である。
おそらく、もともと地域の食料品店だったのが、フランチャイズ化したものと思われる。
小生が入っていっても、「いらっしゃいませ」の一言もないのがご愛嬌?である。さすがは、殿様商売王国、宮城のお店である。
それはさておき、江合川を越えると、とたんに田舎感が増幅し始める。
川渡、東鳴子と過ぎて、なつかしき鳴子温泉。ずいぶん久しぶりである。
昨今のコロナ禍では、だいぶお客さんが減って、経営的にダメージがあったようだが・・・。
大阪勤務時代、現地の人に、やたらめったら鳴子温泉は古来、温泉番付で「東の横綱」と、喧伝していたのだけど、実は、大人になってから、ほぼ来たことがない。
小学校3~4年生ごろ、親戚一同で、ここの黒湯で有名な高友旅館に泊まりに来たことがあった。
確か夏休み、暑い日であった。午後、一同が大部屋で昼寝してて、余りの暑さに目覚めたら、母親が散歩に行くか、と言う。
姉と、あともう一人ぐらい従兄弟がいたろうか、旅館の周りを散歩していたら、こけしの工房があったのだ。窓の外から、職人さんの作業を見ることができる。
そこで、50歳ぐらいのオジサンが、見事に鳴子こけしに特徴的な、胴体の括れを彫りあげ、丸い首をろくろでキュルキュル差し入れて、彩色前の状態のものを、固唾を呑んで見つめる小生たちの目の前に「どん」と置いた。
思わず取り上げて見てたら、奥からもう一人、職人さんが出てきて、それ、素手で触ったら色が乗らなくなるから、売り物にならないんだよ!とのこと。
困惑していたら、それを彫ったオジサンが、ニコニコして、あげる、と言ってくれたのだった。
そんなことを思い出しつつ、リゾートパークオニコウベスキー場のほうへとハンドルを切る。
いくつかトンネルを抜け、荒雄公園で今はやりのグランピングに勤しむ家族連れを横目に、ゲレンデ方向へ。ここは、冬場はよく、通ったものだが、夏草生い茂るこの時期はまた、違った美しさがある。
コロナの影響で閉鎖されているのか、人影のないスキー場。その脇に伸びる、舗装され、斜面を蛇行する細道を進む。
花立峠に到達。山形県側への道は、土砂崩れがあったとかで閉鎖されている。
5~6台、車が止まっていた。
すでに下山してもおかしくない時刻である。
中年のご婦人2人組が、世間話をしながら降りてきた。
下界の天気はどうだったのかなあ、なんて話しているので、おそらく、頂上では視界不良だったのだろう。
では、13:34、登山開始。
潅木が両側に広がるのみで、すでに景色が素晴らしい。鬼首の盆地も、山形県側も、しっかり見渡せる。
何人かの先客とすれ違う。
こういう時、こんな時間から登山かい?と見咎められないためには、いくつかの工夫がいる。
1 自分は、下山途中であって、ここで休憩しているだけなのだ、を装う方法。
2 ジョギングスタイルで脇をささっと駆け抜け、自分はトレイルランニング崩れ、あるいはタイムトライアル系を楽しんでいるのだ、と思わせる方法。
3 今日、これで2周目なんですが、なにか?と尋ね返す方法。
今日は、2の戦法。登山道はしっかり整備されていて、ラン形式でも問題なさそうな山であるため、人とすれ違うときだけ、ささっと走り抜ける。そもそも、トレイルランなどやったことがないのだから、坂道を疾走するのは、実はかなりキツいのだけれど。
でも、このやり方を敢行したら、みな、ニコニコと挨拶をしてくれた。
下から見上げると、結構急峻に見えるのだけど、歩いてみると、とても優しいお山である。
しばらく、ブナ林を歩いていると、15分くらいで右の展望が開けた。もう5分ぐらい歩くと、目指す頂上も見え始める。
その後も、歩くのが退屈になったのを見計らったかのように、要所要所で展望が両側に開け、飽きさせない。
さらに、あと頂上までどのくらいかなあ、と考えた途端、絶妙なタイミングで頂上が視界に入る。
至れりつくせりなのである。なんとなく、アコムだったか、プロミスだったか、執事役の竹中直人がひそかに色々と手を回して、女子会中のお嬢様の世話を焼くCMを思い出してしまった。
で、ここには○号目、っていう看板が設置されていて、4合目から5合目までは15分ぐらい、と書かれている。これまた親切。
14時過ぎ、5合目。4合目から5合目まで、5分程度で登ったことになる。我ながら良いペースである。
4合目の半ばごろから傾斜がきつくなり始め、ところどころにロープが設置されている。登山道は岩がちになり、滑りやすくもなるけれど、危険というほどでもない。
14:18、7合目を通過。
14:23、8合目。この先、やせ尾根が右側に切れ落ちていて、一際景色が良くなる。
のどかな牧場、その向こうの花渕山、それを這うスキー場の草原。いにしえの、巨大な外輪山を一望できる。
14:32、9合目着。てっきり、ここが頂上かと思わせるような、円い広場がある。
そこに、不動明王様の石造りの祠が安置されていた。
よくよく見ると、「むすび丸」のマスコット人形が置かれている。
よく、風に飛ばされないものである。それにしても、なぜ?
そこから頂上まではもうすぐ。ここの、右側の眺めも最高。
背の低いササ原が、風に波打つ姿が美しい。
その向こうの正面に、栗駒山が蒼く雲間に浮かんでいる。
14:39、頂上に到着。山頂には、でーん、とした石柱が1本、屹立するのみ。
先客が一人いて、小生より少し年上と思われる男性一人。
これから下山するのか、靴紐を結び直しているところであった。
小生と入れ替わるように、「お先に。」と降りていかれた。
山頂に一人。
さえぎるものがない、360度の絶景。
登山口から1時間足らず、特に難所もなく。
こんなにお手軽に、こんな絶景を楽しめる山だったとは。中高年に人気があるはずである。
栗駒山、神室連峰、船形山系、遠くには七ツ森、泉ヶ岳も見える。向こうの、雲間の一際高い山は、鳥海山だろうか。
ガスはすっかり晴れている。この時間に来て、タイミングは最高だった。
ここで遅いお昼。そういえば、頂上まで無休憩・無補給で登りとおしたのだった。
明るい日差しの下、幾多の静止画と、動画を何本か撮って過ごす。
こんなにも、降りたくない絶景に出会ったのは、久しぶりである。
ちょっと肌寒くなってきた。名残惜しいが、パーカーを取り出し、15:08、下山。
来た道を戻る。頂上から、さらに外輪山をぐるっと一周するコースもあるようだ。
チャレンジしたいところだけど、ソロの場合、車をどこに置くかは、思案のしどころだろう。
16時過ぎ、いよいよ日差しはセピアに傾き、木立の色彩がますます魅力的になる。
木々が登山道に影を落とし、それがにわかの風で揺らめき、葉ずえが爽やかに鳴りたてる様には、感動せずにいられない。
おそらく、小生が最後の下山者であろうから、この感興を一人占めしている贅沢さ。
と、思ったら、向こうからストックを2本突いた、60歳ぐらいの男性がニコニコやってきた。小生のような、なんちゃってではなく、本物のトレイルランナーさんであったようだ。
トレーニングウェアに軽装だし、この時間から登るなんて、よっぽどタイムに自信がある方なのだろう。
16:16、登山口手前の、石がごろごろする平地を過ぎ、16:24、登山口着。
じつに静かな、うつくしい山行きであった。
日は暮れかかり、巨大な山体がシルエットで浮かぶ。車を停め、しばし見入る。
手前の緑の草原、そしてススキの群生とのコントラストもまた、美しい。
ありがとう、禿岳。
ありがとう、こけしのおじさん。
この辺りの山も、魅力的であることを再発見。
大柴山、花渕山、そしてその先の須金岳(1,253m)も魅力的だけれど、ちょっと車の置き場所に難儀しそうだ。そこが難点ではある。
帰り道のBGMは、チャーリー・ヘイデンの『Land of The Sun』。
4曲目のバラード「Solamente Una Vez(You Belong To My Heart)」。ゴンサロ・ルバルカバ氏のPfが、さっき寂しげに見送ってくれた、ススキの群れを思い出させてくれて、じいんと沁みたのでした。
(2020.9.21)